すばらしき恩寵
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町に出て、咲良のために菓子を買った。
立体的な三角の形に折られた懐紙の中には色とりどりの金平糖が入っている。その三角を、鈴に赤い紐を通した装飾がぐるりと回って蝶結び。
持つたびにカランと音を立て鳴く様は、まるであいつが笑うような感じがして胸が高鳴るのだ。
「なあこれ」
「なにそれ」
夕食前、俺たちは裏山で待ち合わせをしていた。
恋仲となり、ついに五年生に上がった俺たちは、邪魔が入らないようにいつもここで会っている。山間にぽっかりと空いた穴のような場所。秋口の寒い時期だがよく陽の当たるそこは、昼寝にちょうど良さそうなところだ。
後からやってきた咲良の目の前に例のそれを差し出すと、彼女は不思議そうな顔をした。珍しい包装だし、そんな顔をするのも仕方ない。
彼女の可愛い両手で作られた器の上に、珍しい包装のそれを置く。それから俺は開けてみて、と目で促した。
彼女はゆっくりと紐をほどき俺に手渡すと、中身を確認してすぐに目を輝かせて感嘆の声をあげた。
「金平糖よね、これ。ずっと食べてみたかったの。こんなにキラキラして素敵だったのね」
彼女は贈り物のそれと同じぐらい目を輝かせた。
金平糖は、最近町で流通しはじめたもの。
南蛮からきた菓子らしく、高級品ではあるが、可愛らしい見た目から人気が高い。
数月分の娯楽は我慢したが、そんなの構うものか。咲良が俺と二人で町に出かけるたびに羨ましそうに金平糖を見つめているのを知っていたし、今の嬉しそうな顔を見れただけでその出費は少しも痛くもなかったと思える。
咲良と思いが通じあってから早いことに一年と少しがすぎた。
俺は彼女に一目惚れしたのだ。
一つに束ねられた彼女の髪は太陽にすかしても黒く、瞳は硝子の玉のように光を反射する。肌は、夏の日差しを少しも知らないかのように透き通って白く、誰が見ても美しいと思うような容姿であった。
学園へ来てすぐの初めて出逢った時、ほんとうに幻術か何かにかかったみたいに、まずその美しさに虜になったのだ。
まだ男女、忍たまとくのたまといった柵などなかったあの頃。見かける度に目が勝手に咲良を追いかけてしまっていた。
日に日に想いは募っていく。
彼女の香りはどんなだろう。どんな優しい声の持ち主なのだろう。きっと高貴で可憐な百合の花のような人なのだろう。彼女は自分とはちがう遠いところにいるような人だと思っていた。
しかし、あいつの好いところは見かけではななかった。最初こそその外見が好きだったが、あの日を境にそのイメージが少しずつ変わり始めたのだ。
三年になった頃のある昼下がり。
俺は飼育小屋でいつも通り作業をしていた。掃除に餌やり、小屋の補修などやることはたくさんある。
仕事がほとんど終わって一息つこうと思って岩に腰掛けた時、桃色の忍び装束がこちらへ走ってくるのが見えた。何年生だろう。どこへ行くのにそれほど急いでいるのだろうかと不思議に思った。
だんだんと近づいてくる女を見ると、それはなんと想い女である永藤咲良ではないか。
咲良は俺の前まで来て止まり、腕に抱えていたものを見せた。
そこには足から血を流し、その白い毛を赤く染めた兎がいた。傷が新しいのか血はまだ鮮やかなままだ。
「こ、この子……お願い、助けて……お願い、竹谷くん」
彼女は息絶え絶え、涙を流しながら声を絞り出して俺に訴えきた。
この兎をどこで見つけたのか。一体何があったのか。聞きたいことはたくさんあったが、必死な彼女の願いを叶えるために俺は動いた。
兎の怪我は骨折と、なんらかの刃物によってできた傷からの出血だった。普通に生活していればこんな怪我をすることはない。
まず傷口をそっと洗い、止血をして包帯と適当な木の棒で支えをつくる。処置の間、彼女はずっと泣いていた。しかしやがてその涙も枯れてしまい、虚ろな目で俺の手元を見つめていた。
「何があったんだ」
一通りすべきことが終わったので、極力優しく聞こえるような慰めるような声でそう尋ねた。
咲良は泣き腫らした目で俺を捉える。またじわりと硝子玉が滲んでゆく。彼女はそこに溜まった涙を拭って話を始めた。
「……罠を仕掛ける練習をしてたの。途中で材料が足りなくなって。それで、取りに行って。その間、わたし、途中まで組み立てた罠を放置したの。どうせここには誰もこないだろうからって。そうしたら、材料を持って戻ってきたとき、この子が」
また大粒の涙が彼女の瞳から溢れた。ついにそれは止まることなく流れ続ける。
なるほど。ではこの兎を傷つけたのは他ならない彼女ということになる。意図せずともその結果を生み出した原因は彼女なのだ。
「そうか。何かを傷つけようという気持ちがないのなら、制作中の危険度が高い罠を仕掛けたままそこを離れるのは浅はかだな。後輩たちがそこを通ってもおかしくなかった。そのことはもう一度きちんと反省してほしい。けれど、この兎を真っ先に俺のところへ連れてきてくれてありがとう。おかげでこの兎は助かるから」
彼女はこの兎に対して申し訳なさや自分の管理の不届きの責任をきちんと感じているのだろう。
それにこの子を助けたいと懸命だったのだ。服が血で濡れることもいとわず、そこそこある距離をあの速さで走ってやってきたのだから。
その辺を踏まえると、これは俺が決めることではないが、赦されるに値するのではないかと思う。
俺の言葉に感極まったのか、彼女は嗚咽を漏らしながら泣き始めた。途切れ途切れに出る喉に引っかかったような声が苦しそうだ。
そう思って、俺は咲良を抱きしめ、背中を優しく叩いてやったのだ。
「そろそろ食べてみたらどうなんだ」
しばらくの間きらきらに魅入っていた彼女に声をかけた。すると困り顔を浮かべながら答えた。
「もったいない気がして」
「食べないと意味がないだろう、食べ物なんだから」
でも俺の贈り物が減ってしまうことを、もったいないと思ってくれるのはとても嬉しい。
数月分の努力、それは俺の一部そのもので。彼女が大切そうに見つめて抱えるのは、まるで俺がそうされているのと同じような気がしたから。
つくづく俺は咲良に愛されているのだなあというくすぐったいような気持ちが、胸にどっと押し寄せた。
「なあ咲良、南蛮の求婚にはある風習があって____」
ある風習。
海の向こうの、もっと遠いところでは、求婚の際に指飾りを贈る。
その指飾りには「二人が永遠に結ばれていますように」という意味があるのだ。
この国では「苦も死もあなたとともに」という意味合いで男性から女性に櫛を贈るが……俺は永遠に結ばれるという言葉が、胸にすとんと落ち着いてしっくりきて、とても好きなんだ。死を超えてもずっと、咲良と一緒にいられるような気がして。
「____だから、その、左手を出して」
きょとんとしたままの彼女の左手を自分の右手で取る。赤い紐を握った左手が一気に汗ばんできた。喉が渇いて、きちんと声が出るかわからない。大きく息を吸ってうるさい心臓をなだめる。
もう時間がない。すすきが茜色に染まり始め、夜の闇がすぐそばに来ていることを知らせている。今日最後の日の光が俺の背中を押して、やっと決心がついた。
「お前が望むのならば、来年も再来年も、十年後ももっとその先も。今日と同じ日に咲良宛に金平糖を贈ると約束しよう。だから永遠に、俺のそばにいてください」
左手にしまい込んでいた紐を彼女の左手薬指に蝶々結びにしてくくりつけた。鈴が揺れて小さく音を立てる。
「優しくて、美しい貴女を心から愛しています。卒業までまだ時間はあるけれど、二人でこの門から出て行く日がきたら、どうか俺と結婚してください」
咲良を見つめると、硝子の瞳と目があった。
あのときから、気高く汚れの知らない白い花のような人だと思っていた彼女にも、間違いを起こすこともあれば何かを傷つけてしまうこともあるのだと知った。それでも、どんなに小さなものにでも慈しみの心で優しさをわける姿がこの上なく素晴らしく、また愛しいのだと気づいた。
この人だから、一生を添い遂げようと思えた。
木々の葉が風を合図に一斉に揺れ始める。その音はまるで世界のうち、俺と咲良の二人だけを祝福してくれているようだった。
立体的な三角の形に折られた懐紙の中には色とりどりの金平糖が入っている。その三角を、鈴に赤い紐を通した装飾がぐるりと回って蝶結び。
持つたびにカランと音を立て鳴く様は、まるであいつが笑うような感じがして胸が高鳴るのだ。
「なあこれ」
「なにそれ」
夕食前、俺たちは裏山で待ち合わせをしていた。
恋仲となり、ついに五年生に上がった俺たちは、邪魔が入らないようにいつもここで会っている。山間にぽっかりと空いた穴のような場所。秋口の寒い時期だがよく陽の当たるそこは、昼寝にちょうど良さそうなところだ。
後からやってきた咲良の目の前に例のそれを差し出すと、彼女は不思議そうな顔をした。珍しい包装だし、そんな顔をするのも仕方ない。
彼女の可愛い両手で作られた器の上に、珍しい包装のそれを置く。それから俺は開けてみて、と目で促した。
彼女はゆっくりと紐をほどき俺に手渡すと、中身を確認してすぐに目を輝かせて感嘆の声をあげた。
「金平糖よね、これ。ずっと食べてみたかったの。こんなにキラキラして素敵だったのね」
彼女は贈り物のそれと同じぐらい目を輝かせた。
金平糖は、最近町で流通しはじめたもの。
南蛮からきた菓子らしく、高級品ではあるが、可愛らしい見た目から人気が高い。
数月分の娯楽は我慢したが、そんなの構うものか。咲良が俺と二人で町に出かけるたびに羨ましそうに金平糖を見つめているのを知っていたし、今の嬉しそうな顔を見れただけでその出費は少しも痛くもなかったと思える。
咲良と思いが通じあってから早いことに一年と少しがすぎた。
俺は彼女に一目惚れしたのだ。
一つに束ねられた彼女の髪は太陽にすかしても黒く、瞳は硝子の玉のように光を反射する。肌は、夏の日差しを少しも知らないかのように透き通って白く、誰が見ても美しいと思うような容姿であった。
学園へ来てすぐの初めて出逢った時、ほんとうに幻術か何かにかかったみたいに、まずその美しさに虜になったのだ。
まだ男女、忍たまとくのたまといった柵などなかったあの頃。見かける度に目が勝手に咲良を追いかけてしまっていた。
日に日に想いは募っていく。
彼女の香りはどんなだろう。どんな優しい声の持ち主なのだろう。きっと高貴で可憐な百合の花のような人なのだろう。彼女は自分とはちがう遠いところにいるような人だと思っていた。
しかし、あいつの好いところは見かけではななかった。最初こそその外見が好きだったが、あの日を境にそのイメージが少しずつ変わり始めたのだ。
三年になった頃のある昼下がり。
俺は飼育小屋でいつも通り作業をしていた。掃除に餌やり、小屋の補修などやることはたくさんある。
仕事がほとんど終わって一息つこうと思って岩に腰掛けた時、桃色の忍び装束がこちらへ走ってくるのが見えた。何年生だろう。どこへ行くのにそれほど急いでいるのだろうかと不思議に思った。
だんだんと近づいてくる女を見ると、それはなんと想い女である永藤咲良ではないか。
咲良は俺の前まで来て止まり、腕に抱えていたものを見せた。
そこには足から血を流し、その白い毛を赤く染めた兎がいた。傷が新しいのか血はまだ鮮やかなままだ。
「こ、この子……お願い、助けて……お願い、竹谷くん」
彼女は息絶え絶え、涙を流しながら声を絞り出して俺に訴えきた。
この兎をどこで見つけたのか。一体何があったのか。聞きたいことはたくさんあったが、必死な彼女の願いを叶えるために俺は動いた。
兎の怪我は骨折と、なんらかの刃物によってできた傷からの出血だった。普通に生活していればこんな怪我をすることはない。
まず傷口をそっと洗い、止血をして包帯と適当な木の棒で支えをつくる。処置の間、彼女はずっと泣いていた。しかしやがてその涙も枯れてしまい、虚ろな目で俺の手元を見つめていた。
「何があったんだ」
一通りすべきことが終わったので、極力優しく聞こえるような慰めるような声でそう尋ねた。
咲良は泣き腫らした目で俺を捉える。またじわりと硝子玉が滲んでゆく。彼女はそこに溜まった涙を拭って話を始めた。
「……罠を仕掛ける練習をしてたの。途中で材料が足りなくなって。それで、取りに行って。その間、わたし、途中まで組み立てた罠を放置したの。どうせここには誰もこないだろうからって。そうしたら、材料を持って戻ってきたとき、この子が」
また大粒の涙が彼女の瞳から溢れた。ついにそれは止まることなく流れ続ける。
なるほど。ではこの兎を傷つけたのは他ならない彼女ということになる。意図せずともその結果を生み出した原因は彼女なのだ。
「そうか。何かを傷つけようという気持ちがないのなら、制作中の危険度が高い罠を仕掛けたままそこを離れるのは浅はかだな。後輩たちがそこを通ってもおかしくなかった。そのことはもう一度きちんと反省してほしい。けれど、この兎を真っ先に俺のところへ連れてきてくれてありがとう。おかげでこの兎は助かるから」
彼女はこの兎に対して申し訳なさや自分の管理の不届きの責任をきちんと感じているのだろう。
それにこの子を助けたいと懸命だったのだ。服が血で濡れることもいとわず、そこそこある距離をあの速さで走ってやってきたのだから。
その辺を踏まえると、これは俺が決めることではないが、赦されるに値するのではないかと思う。
俺の言葉に感極まったのか、彼女は嗚咽を漏らしながら泣き始めた。途切れ途切れに出る喉に引っかかったような声が苦しそうだ。
そう思って、俺は咲良を抱きしめ、背中を優しく叩いてやったのだ。
「そろそろ食べてみたらどうなんだ」
しばらくの間きらきらに魅入っていた彼女に声をかけた。すると困り顔を浮かべながら答えた。
「もったいない気がして」
「食べないと意味がないだろう、食べ物なんだから」
でも俺の贈り物が減ってしまうことを、もったいないと思ってくれるのはとても嬉しい。
数月分の努力、それは俺の一部そのもので。彼女が大切そうに見つめて抱えるのは、まるで俺がそうされているのと同じような気がしたから。
つくづく俺は咲良に愛されているのだなあというくすぐったいような気持ちが、胸にどっと押し寄せた。
「なあ咲良、南蛮の求婚にはある風習があって____」
ある風習。
海の向こうの、もっと遠いところでは、求婚の際に指飾りを贈る。
その指飾りには「二人が永遠に結ばれていますように」という意味があるのだ。
この国では「苦も死もあなたとともに」という意味合いで男性から女性に櫛を贈るが……俺は永遠に結ばれるという言葉が、胸にすとんと落ち着いてしっくりきて、とても好きなんだ。死を超えてもずっと、咲良と一緒にいられるような気がして。
「____だから、その、左手を出して」
きょとんとしたままの彼女の左手を自分の右手で取る。赤い紐を握った左手が一気に汗ばんできた。喉が渇いて、きちんと声が出るかわからない。大きく息を吸ってうるさい心臓をなだめる。
もう時間がない。すすきが茜色に染まり始め、夜の闇がすぐそばに来ていることを知らせている。今日最後の日の光が俺の背中を押して、やっと決心がついた。
「お前が望むのならば、来年も再来年も、十年後ももっとその先も。今日と同じ日に咲良宛に金平糖を贈ると約束しよう。だから永遠に、俺のそばにいてください」
左手にしまい込んでいた紐を彼女の左手薬指に蝶々結びにしてくくりつけた。鈴が揺れて小さく音を立てる。
「優しくて、美しい貴女を心から愛しています。卒業までまだ時間はあるけれど、二人でこの門から出て行く日がきたら、どうか俺と結婚してください」
咲良を見つめると、硝子の瞳と目があった。
あのときから、気高く汚れの知らない白い花のような人だと思っていた彼女にも、間違いを起こすこともあれば何かを傷つけてしまうこともあるのだと知った。それでも、どんなに小さなものにでも慈しみの心で優しさをわける姿がこの上なく素晴らしく、また愛しいのだと気づいた。
この人だから、一生を添い遂げようと思えた。
木々の葉が風を合図に一斉に揺れ始める。その音はまるで世界のうち、俺と咲良の二人だけを祝福してくれているようだった。