カードの精霊たちの日常

「ん?またアイツか・・・」

用事を終えたブラック・マジシャンが屋敷に戻ると、最近何度か見かける男が屋敷の前で佇んでいた。
黒の長ラン、菱形のような模様が並んだ金プレートのエンブレムとそこから伸びる長い鎖、そして内向きに曲がっている魔術師の帽子。
魔術師でありながら拳で戦うという、少し変わったこの男の名前はガガガマジシャン。
最近、ブラック・マジシャン・ガールが屋敷に連れ込んでいるガガガガールの先輩にして恋人だ。
どういう用件で屋敷に来たのかなんとなく見当がついたブラック・マジシャンは苦笑しながら息を小さく吐くと声をかけた。

「上がって行くか?」

こちらの存在に気付いたガガガマジシャンは、しかし首を横に振ると静かに「いえ・・・」とだけ答えた。
やはりそう来たかと予想していたブラック・マジシャンは次なる問いを投げかけた。

「後輩の子が心配か?」
「・・・それから、迷惑をかけていないかと・・・」

やはりか、と心の中で呟いてブラック・マジシャンはまた苦笑した。

「むしろ迷惑をかけているのはこちらだ。悪いな、私の弟子がお前の後輩をいたく気に入って毎日のように連れ込んで。あまり引っ張り回すなと注意しておこう」
「いえ、アイツも喜んでいるので・・・それにここは安全だ」
「誰かに狙われているのか?」
「俺のとばっちりを受けて不特定多数に」
「成る程、こちらと同じ事情という訳か」
「お弟子様も?」
「例外ではない」

マスターである遊戯たちの住む現実世界のデュエルで負けたから、カードに宿る精霊たちが住むこちらの世界でも返り討ちにされたから、そんな理由で襲って来るモンスターは珍しくない。
名の知れたモンスターであればあるほどそれは顕著になり、ブラック・マジシャンやブラック・マジシャン・ガールも例外ではない。
時折隙を伺って襲撃してきてはそれを返り討ちにしている。
襲って来る敵が上述したような理由でちゃんとそれぞれにターゲットを絞ってくれていれば、だが。

「ここで立ち話もなんだ。屋敷・・・はガールたちが騒がしくしてしまうな。私の行きつけの喫茶店に連れて行ってやろう。ついて来るといい」
「ありがとうございます」

ガガガマジシャンはちゃんと頭を下げると大人しくブラック・マジシャンの後をついて行った。
不良の男だと聞いていたがこういう所の礼儀はちゃんとなっているのだとブラック・マジシャンは内心感心するのであった。






二人が訪れた喫茶店の名は『ハッピーガーデン』。
ディアンケトが店長を務める癒しの喫茶店だ。
店内に控え目に流れる耳に心地よい音楽、生命力に溢れる美しい観葉植物たち、涼やかな水の音、まさに癒しの空間と呼ぶに相応しいこの店はブラック・マジシャンのお気に入りだ。
たまにぶらりと寄っては一服していたりする。
さて、店員に案内されて窓際の席に座る事となった二人だが、実はディアンケトから店員への指示である事を知らない。
眉目秀麗で人気の高い有名人のブラック・マジシャンと、整った顔立ちを引き立たせる顔の傷と名の知れた不良というワルな雰囲気を纏うガガガマジシャン、という色々な意味で回りの目を引きつける二人を外からよく見える席に座らせれば女性客が釣られて入店してくるというのが狙いだ。
事実、店には現在進行形で女性客が続々と入店している。
しかしそんな店長の思惑など知る由もなく二人はメニューを注文する。

「私の奢りだ、好きなものを頼め」
「では・・・昆布茶で」
「意外に渋いな・・・お前のような今どきの若いのは炭酸系の飲み物を好むと思っていたが」
「勿論そういうのも好きですが自分は茶も好きなんで」
「そうか」

今どき珍しい若者だと思いながらブラック・マジシャンは『ブルーアイズマウンテン』というコーヒーも注文して話の続きを再開するのであった。

「先程の話の続きだが・・・ガールの場合はガールの分に加えて私の分も含まれている」
「つまり?」
「私相手では勝つ見込みがないと考えてターゲットをガールに変えるんだ。本命ではないがその本命に近い存在を殺せれば幾分か腹の虫が収まると言ってな」
「・・・俺と全く同じ事情です」
「やはりか」

だからこうして毎日のように屋敷の前に来てはおかしな輩がガガガガールを襲っていないか見張りに来ていたのか、とブラック・マジシャンは己の解答に丸をつけた。

「心配せずともあの屋敷は私とガールの二人で張った結界があるからおかしな輩は入ってはこれん。それにガールも不意打ちを喰らわなければそのような輩に負ける事は決してない」
「もしかして不意打ちを喰らった事が・・・?」
「あぁ、ある・・・一度だけな」

ブラック・マジシャンは重い溜息を吐いて苦虫を潰したような表情を浮かべると窓の外に視線を向けた。
つられてガガガマジシャンも青く澄み渡る空に視線を向け、若いドラゴン族が悠々と空を泳ぐ姿をなんとなしに目で追いながらブラック・マジシャンの話に耳を傾ける。

「薬の調合実験で使う材料を調達しに森へ行った時に不意打ちでやられたんだ。帰りが遅いと思って様子を見に行ったらガールが全身に酷い傷を負って倒れていた」
「・・・」
「弟子の酷い姿に私は我を忘れて魔法を放った。そして気付いたらそのモンスター諸共辺り一帯の森は消し炭になっていた」
「噂の『白昼の暗黒事件』・・・」
「そんな名前がつけられているのか?」
「かの有名なブラック・マジシャンの本気だとまことしやかに囁かれ、皆恐れています。更に自然の精霊たちの話によると草木が芽吹くのを拒否しているとか」
「大袈裟だな・・・とも言えんか・・・」

気まずそうに目を逸らしつつ運ばれたコーヒーを一口飲む。
あの時は本当にショックと怒りで頭がおかしくなりそうだった。
通常、この世界に住まうモンスターたちに死は訪れない。
だが死ねないからこそ気を失うでもしなければ永遠にも似た苦痛を味わう事になるのだ。
デュエル以外で愛弟子の―――ブラック・マジシャン・ガールの痛ましい姿を目にして取り乱さずにはいられなかった。
本人の性格を表すように跳ねている金色の髪は乱れ、白くて瑞々しい肌は切り裂かれ血に塗れ、笑顔の多い表情からそれらは一切消え失せて代わりに死に直面した弱々しいものが浮かんでいた。
しかもそのモンスターは直接的にはブラック・マジシャン・ガールに恨みはなく、本命はブラック・マジシャンであるときた。
堪忍袋の緒が引きちぎれるのも仕方ないというもの。
だから最上級の攻撃魔法を唱えてしまい、辺り一帯を焼け野原にしてしまった。
その後なんやかんやと事後処理に追われたが、七日間昏睡状態だったブラック・マジシャン・ガールをただ傍で目を覚ます事を祈るしか出来ない時間に比べたら大した事はなかった。
その後に目を覚ましていつも通りの弟子に戻った時はどれだけ安心した事か。
あんな思いはもう二度とごめんである。

「あれ以来私はガールに素材を調達しに行く時は他の者を同行させるようにと言いつけた。流石のガールもそれには反対しなかったようで大人しく従ってくれた」
「怖い思いをされた結果でしょうね」
「ああ。あの一件から魔術や戦いの訓練にもより一層励むようになってな。怖い思いをしたのは勿論だが戦力外とみなされる事の方がガールには辛いんだそうだ」
「立派だと思います」
「それと同じくらい実験にも励んでほしいものだがな・・・」

溜息を漏らしてぼやきながらブラック・マジシャンはコーヒーをまた一口飲み、ガガガマジシャンも同じタイミングで昆布茶を喉に流し入れる。
と、そこで今度はガガガマジシャンがガガガガールについて話し始めた。

「俺の後輩も似たようなもので・・・俺に負けた奴らがお礼参りだとか人質にだとか宣って後輩を囲んで来ます。後はまぁ、手酷く振られた恨みもあるようですが・・・」
「それは別の意味でお前にも返ってきてるんじゃないか?」
「慣れてます」
「そうか」

なんだろう、サラッと惚気られたような気がしてブラック・マジシャンは少し釈然としない気持ちになった。

「軟な奴ではないので簡単にやられる筈はないのですが・・・」
「まぁ、心配だろうな。良ければ転移魔法を教えておくが」
「お願いします」

ガガガマジシャンが小さく頭を下げたタイミングで二人の持つ携帯が同時にメッセージをキャッチして震えた。
二人して携帯を取り出して確認してみれば目下話題となっている弟子と後輩からのメッセージだった。

『ガガガちゃんとクッキーを焼きました!早く帰ってきてくださいね!』

『ガール先輩とクッキーを焼きました!後で届けに行きますね。でも出来れば迎えに来てほしいな~?』

「後輩がお弟子様とクッキーを作ったそうで」
「・・・・・・クッキー、か・・・」

携帯をしまうとブラック・マジシャンはテーブルに肘を突いて頭を乗せ、重く細く長い溜息を吐いた。
それを後輩が迷惑をかけたのだと感じたガガガマジシャンはすぐに謝罪の言葉を口にした。

「すいません、後輩がご迷惑を・・・」
「違う、お前の所為ではない。それに謝るのはこちらだ」
「というと?」
「ガールはカードの精霊として時間が長い割に中身はまだまだ子供でな・・・今でも子供のするような真似をしばしばする事がある」
「つまり・・・」
「純粋にクッキーを作ったとは思えん。今日は調合実験をすると言っていたので尚更普通のクッキーを作った可能性は極めて低い。それに私への気持ちを隠さない子だ、クッキーに何を入れたか大体見当がつく」
「・・・それでいうと俺の後輩もそういったものにノリノリな奴でもしかしたら発案、或いはそういうページを見つけたのがアイツの可能性が大いにあります・・・たまに仕込まれてヤバかった時があるので」
「似たもの同士だな・・・お前も私も、ガールも後輩も・・・」
「えぇ、まぁ・・・」

ブラック・マジシャンは疲れたように力なく笑い、ガガガマジシャンは息を吐くと同時に肩の力を抜いて項垂れる。
二人の頭には一つの光景がありありと浮かんでいた。
ガガガガールが媚薬系のページを見つけてブラック・マジシャン・ガールに話を持ち掛け、それにブラック・マジシャン・ガールが喜んで飛びついて二人で調合を始める・・・と。
その先を考える気力はもうなかった。
痛む頭を抑えながらブラック・マジシャンは懐から綺麗な赤ピンク色の液体の入った小瓶をガガガマジシャンの前に差し出した。

「これは・・・?」
「持って行け、解毒剤だ。大抵の薬には効果がある。クッキーを口にする前に必ず飲め。それでも効果が薄いようならすぐに私に連絡しろ。解毒剤を用意して持って行ってやろう」
「ありがとうございます・・・」

天の宝にも見える解毒剤の小瓶をガガガマジシャンは大切そうに懐にしまうと少し冷めた昆布茶を飲み干すのであった。







そしてその日の夜、ガガガマジシャンのアパートでは試練が訪れていた。

「はい先輩、あ~ん?」

星の形をしたクッキーを指先で摘まみ、後輩のガガガガールが迫ってくる。
本当に食べなければならないのか?と暗に目で訴えてもガガガガールはニコニコとした笑顔を崩さずにガガガマジシャンが口を開けるのをひたすら待っている。
静かに音を出さないように小さく溜息を吐いてからガガガマジシャンはそのクッキーを口の中に迎え入れて咀嚼した。

「・・・」
「どうですかどうですか?美味しいですか!?」
「・・・・・・ああ」

短く答えてもガガガガールは期待に満ちた瞳をこちらに向け続けている。
もうこれだけでクッキーに何かを仕込んだのを察せられる。
ブラック・マジシャンと話をしていなければ、ブラック・マジシャン・ガールと一緒に作った物なら安心して大丈夫だろうとある程度気を許してまたとんでもない事態になっていた事だろう。
今の所、体に異常も起きていないしブラック・マジシャンがくれた解毒剤はその効果をしっかりと発動しているのが窺えた。

「おっかしーなぁ・・・とりあえずもっと食べて下さい!先輩の為に焼いたので!」
「・・・」

「おっかしーなぁ」というセリフは聞かなかった事にしてやってガガガマジシャンはクッキーを二枚、三枚と食べていき、最終的には全てを平らげた。
結果、何事もなくおやつタイムは終了するのであった。
平然としているガガガマジシャンを訝し気に見上げながらガガガガールは尋ねる。

「先輩、何かないんですか?」
「何かとは何だ」
「何かですよ!こう、私の事がだ~いすき!とか、今すぐ押し倒した~い!とか!そーいうのないんですか!?」
「ない」
「あれ~?おっかし~な~。確かにガール先輩と二人で成功を確認した筈なのに・・・」

ぼやきながらガガガガールは愛用の携帯を取り出すとブラック・マジシャン・ガールへ電話をかけた。

「・・・あ、もしもし?ガール先輩?なんか媚薬が全く効いてないみたいなんですけど・・・・・・えっ!?師匠の人が解毒薬を!?そんな~!」

よくもまぁ仕掛けられる側の人物を前にそんな会話が出来たものだな、とガガガマジシャンは内心呆れた。
そして同時にブラック・マジシャンと自分の予想は当たっていたのだと確信する。
全く嬉しくないが。
ガガガガールはその後、二言三言ブラック・マジシャン・ガールと会話をして通話を切り、頬を膨らませてガガガマジシャンを睨みあげた。

「酷いじゃないですか先輩!先に解毒薬を飲んでおくなんて!!」
「媚薬を仕込む方がよっぽど酷いと思うぞ」
「折角ガール先輩と二人で一生懸命作ったのに~!」
「ガール先輩に変な話を持ち掛けたのはお前だな?」
「だって調合の本を読んでいいって言ってたから適当に読んだら媚薬のページがあったんだもん。それでガール先輩に作ってみましょって持ち掛けたらガール先輩もノリノリで作ろうって言ってくれたし」
「そんな話を持ち掛けるな」

軽く小突いてやれば「いった~い!」と大袈裟に喚かれたがこの際無視する。
可愛い後輩であるが本当に油断も隙も無い。
今頃叱られているであろうブラック・マジシャン・ガールに心の中で謝罪と合掌をする。

「ところで先輩、今日はもう夜も遅いんで泊ってってもいいですか?」
「・・・好きにしろ」
「そうこなくっちゃ!」

体当たりでもするように勢いをつけて胸に飛び込んでくるガガガガールをのけ反りそうになりながら受け止める。
媚薬なんて小細工をせずにこうやって正面から来てくれればいくらでも受け止めてやるのに、なんて思いながら薄い金色の髪を優しく撫でた。






一方、ブラック・マジシャンの屋敷では・・・

「どうしてお前はこんな物ばかり作って成功するんだ!この馬鹿者!!」

ごちん!という音が響きそうなげんこつがブラック・マジシャン・ガールの頭に直撃してブラック・マジシャン・ガールは「いた~い!」と涙目になりながら直撃した頭を両手で抑える。
こちらは正真正銘の大袈裟ではない痛みの声だった。

「でも私にしては珍しく成功したんですよ?褒めて下さいよ!」
「褒められるか!邪な気持ちで作られたものを褒められる訳がないだろう!!言い訳してないでさっさと片付けろ!」
「はぁーい・・・」

不満そうに頬を膨らましながらブラック・マジシャン・ガールは出しっぱなしだった実験用器材を片付け始めた。
怒り疲れて盛大に溜息を吐くブラック・マジシャン。
ふと、何かを書いたメモが視界の端に入ったので手に取って内容を確かめた。
メモに書かれていたのは材料の名称の羅列だった。

「このメモは何だ?」
「あ、それ切らしちゃった材料のメモです」
「媚薬なんか作るからだ」
「媚薬以外にも真面目な実験をして切らしちゃったんですよー!」
「いつ取りに行くんだ?」
「明日にでも行こうかな~って思ってます。まだ同行者は見つかっていないんですけどね」
「ふむ・・・ならば明日は私が同行してやろう」
「本当ですか!?」

本を棚にしまうのと同時にブラック・マジシャン・ガールはバッとこちらを振り返ってキラキラと喜びに輝いた瞳をこちらに向けて来た。
そしてパタパタとこちらに駆け寄ってくると興奮気味に言葉を続けた。

「本当に、本当に一緒に行ってくれるんですか!?」
「あぁ、明日は丁度何もない日だからな。たまにはついて行ってやろう」
「やったー!絶対に約束ですよ!」
「分かっている。朝から行くからお前も寝坊しないようにな」
「はい!あ、そうだ!折角二人で出掛けるんだからお弁当作って行かなきゃ!」
「ピクニックに行く訳じゃないんだぞ」

呆れて言っても嬉しそうに興奮しているブラック・マジシャン・ガールの耳に届く事はなかった。
それでもこうやって純粋に喜んで好意を向けてくれるのは悪い気はしない。
それだけにこの媚薬入りクッキーがなんとも惜しい存在だ。
媚薬などという余計な調味料なんぞ入れずともそれは十分にブラック・マジシャンの心を掴むというのに。

「私は先に部屋に戻っている。お前も片づけが終わったら寝るんだぞ」
「はーい。あ、お師匠様、そのクッキーは私が処分を――――」
「解毒剤を飲んでから食べる」
「・・・えへへ、どうぞ召し上がって下さい!」

とびっきりの笑顔で見送るブラック・マジシャン・ガールを振り返る事なくブラック・マジシャンは部屋を出て行った。
その時の口元には穏やかな笑みが称えられていたという。




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