Case2.潮の場合

 悪質な電磁波を発する、すべての電磁機器の機能停止。
 それが、黄乃とそう年の変わらない少年たちが立ち上げた、組織の目的だった。このネットワークとハイテク機器に支配された、国の中心とも言える帝都に対し、それは反旗を翻す行為。要するに、テロ行為だ。
 それだけでも目を白黒させていた黄乃に、さらに追い打ちを掛けた話が、「この組織に属するメンバーは、特殊能力を所持している」というもの。
「一説によると、電磁波によるものらしいんだがな」
 と、あの日集まった場で、焔が黄乃に説明してくれた。
「詳しいことは、よくわかっていないんだ。ただ、電磁波を大量に、長期間浴び続けることによって、何らかの影響を受けたんだろうとしか。最近の子どもの、髪の色と同じだな」
 少し、困ったように目を伏せる焔。黄乃は、そっぽを向いた紫蘇に視線を移して、その意味を悟る。
 事実、黄乃は紫蘇の髪の色を見て驚きはしたものの、今の時代において、それほど珍しい事ではない。黄乃のクラスにも、染めてもいないのに、従来の市民とは異質な髪の色をした子が二、三人いた。
「! じゃ、じゃあ、僕が警察に追われたっていうのも、そのっ……」
「クラッシャーも、電磁波による障害の一つじゃないかと思っているよ。ただ、奴らは……電磁警察は、原因究明もしないで、ただ危険だからと、クラッシャーを排除するのに必死になっている」
 ぽつりと呟く焔の横顔は、寂しそうだ。
「今回、君を連れて来るようにっていうのは、ある人の指示だったんだけど……そうじゃなくても、居場所がないんだろう? だったらここにいたらいいよ。もしかしたら、君の能力のことも、何か分かるかもしれない」
 テロ同然の組織に賛同するかどうかはともかくとして、身寄りがないのは事実なので、黄乃はしばらく、地下にある彼らの基地に、滞在することになったのだった。

「うわぁぁぁぁっ、ひぃぃぃぃぃ……」
「バカっ! 隠れてばっかいてないで戦え! 投げるんだよっ!」
 シミュレーションルームの中で、黄乃は震えていた。総監督ポジションにいる潮から、怒号が飛ぶ。
 ヒアリングと、クラッシャー。
 それが、黄乃に付けられた能力の名前だった。
 クラッシャーは勿論のこと、過去・未来・現在関わらず無自覚に「音」が聞こえて(見えて)しまうヒアリングも、何のきっかけもなく突如起こるものなので、全く使い物にならない。
 自力で制御する訓練より、まずは基礎的な防衛術を身に付けて、万が一の時に何とか逃げられるようにするのが先決だと、焔は判断したのだが……
「くそ、なんでこいつのコーチが俺なんだよ!」
 シミュレーションが終わり、壁から乱れ撃ちのように放たれていたビーム光が消える。足をがくがくさせながらうずくまる黄乃と、全く進歩しない彼に冷たい視線を向けて呆れ果てたため息をつく潮。これが、訓練後のいつもの光景となりつつあった。

「あ、あのあの、ごめんなさ……」
「……ッ、ふざけんじゃねぇぞ!」
 シミュレーションルームを出て、いつも、黄乃に見向きもせず去っていく潮だったが、今日は違った。ものすごい速さで距離を詰める潮から身を引く前に、黄乃は思いっきり、肩を壁に叩きつけられる。
「謝って何とかなるとか、甘ったれた考え持ってんじゃねぇ。お前は、へこたれてしゅんとして、そうやってしおらしくしときゃ何とかしてもらえる環境にいたのかよ? ……そーゆー奴、マジムカつく」
 ぐっ、と押さえた肩を解放され、黄乃はその場に座り込んだ。ゲホゲホと咳き込んで、息を吐く。汗でべったりのシャツに、また一筋、雫が流れて染みを作った。
「……お前見てるとイライラするんだよ。できないから謝るんじゃない。謝るくらいなら、それだけの努力をやってからにしろ! ぺこぺこしときゃどうにかなるなんて思ってんじゃねぇぞ!」
 冷たい視線で黄乃を見下ろした潮は、氷のような声を放った。
「……ここにいる意志がないなら、出てけ。迷惑だ」
 涙でかすむ黄乃の視界に、潮の後姿が見える。
(たしかに僕は、何もできない、足手纏いだ。……けど)
 望んでこの場所に、来たわけではないのに。
どうして、自分だけこんな酷い仕打ちを受けなくてはならないのか。そう思うと、黄乃の頬に、すっと一筋、涙が零れた。

「……」
 潮に叩きつけられた肩が、まだ痛む。更衣室で着換え、湿布を張った肩のあたりを押さえて、じんじんした痛みに黄乃が耐えていると、
「黄乃! ……いた。よかった。探したよ」
 ぷしゅうと扉が開いて、顔を上げた先にいたのは、焔だった。この場所で、唯一自分に優しく接してくれる存在に出会えた黄乃は、ほっと頬をほころばせる。腰を浮かせ掛けた瞬間、また体が痛んだ。
「いてて……」
「あ……大丈夫か? ……訓練の調子はどうだ」
「……正直なところ、だいぶキツい」
 弱弱しく黄乃が微笑んでみせると、焔が心配そうな顔を向ける。
「……ぼくは、潮くんに嫌われているんだよね」
「……え?」
 うつむいて、ぽつりともらした黄乃に、焔が意外そうな声を上げた。
「黄乃は、そう思ってるのか」
「だ、だって、絶対そうだよ! あんなに厳しい訓練して、……そ、そりゃあ、僕だって、いくじなしで何もできてないことはわかってる、けど」
 右の指を左手で握りしめながら、黄乃は少しずつ、今日のいきさつを話した。しばらく耳を傾けていた焔だったが、やがてこう言った。
「潮は、……あいつは、多分、本当に嫌いな奴に、怒鳴ったりしない」
 驚いた黄乃が顔を上げると、焔の微笑とかち合う。
「だ、だけど、いるとイライラするって言われるし……出てけって」
「ははっ。あぁ、ごめん。それは……」
 焔が言いかけた時。焔の端末のアラートが鳴る。
「もしもし? あぁ、潮? え? ……ああ」
 ちらり、と黄乃を見て、焔が指示を飛ばし、通信を切る。
「緊急だ。丁度今、紫蘇がいないし、黄乃、手伝ってくれないか」
「えぇっ?! で、でもさ、僕……」
「大丈夫、潮が持ってきた荷物を受け取るだけだから」
 そう言って、焔は目の前の端末画面に、指定箇所を映し出した。

(えぇっと、こっちに曲がって、次は、右、右、左……)
 忘れないよう、基地の外の通路を、唱えながら黄乃は走る。
(よ、よかった、着いた……)
 ぎぃ、と重い音を立てる扉を開けると、そこはビルの裏手のような場所だった。道路を挟んだ向かい側の生垣が、風に揺れている。
「ここで待っていれば、潮くん来るんだよね……」
 と、その時。潮が息を切らせて走って来るのが遠目に見えた。黄乃の姿を発見して、早速苦り顔になる。
「お前かよ、迎えに来たの」
 恐縮しきりの黄乃に、鞄ごと、ぽいっと潮が荷物を放り投げる。
「大事なモンは、そん中に入ってる。じゃ、俺これから別ルートだから」
 黄乃が何かを言う間もなく、潮が走り出す。そっけない態度に、
(焔くんはあぁ言うけど、やっぱり嫌われてるんじゃないかな……)
 黄乃が背を向けて扉を閉めかけた瞬間。がきん、と、音がした。
(……え?)
 まるで、遠くの音が、近くで聞こえたような、奇妙な感覚。慌てて振り返ると、100mほど先で、潮が座り込んでいるところだった。
(転んだ……? ううん、違う!)
 何かに足を取られて、動けないようだった。引っ張ったりもがいたりしているが、なかなか取れそうにない。黄乃のイヤホンが着信音を立てる。
『黄乃?! 焔だ。俺、あそこが電子トラップの多発地帯だって、お前に伝えたか?!』
「え、今初めて聞いた……ていうか! 潮くんが、今そのトラップにかかってるみたいで、このままだと……」
『何?! いや、あいつ、小型のボムはいつも持って……』
「荷物ならここに……」
『あの野郎……! 常々予備を持ち歩けって言ってるのに!』
 彼には珍しく苛立った焔の声が、飛び出しかけた黄乃を制する。
『黄乃! お前はまだ、そこを出るな! まだ状態が安定してないんだ、街に影響が出ると、厄介なことになる』
「だけど、このままじゃあ……!」
 ただでさえ、危険なミッションの最中なのだ。もし、電磁警察が来たら、潮はすぐに捕まってしまう。
(何か手は…!)
 この場から動かずに、潮に武器を届けられる何か。黄乃は、とにかく潮の荷物の中身を、無我夢中で漁っていた。
(あった、これっ!)
 望んでいたものを見つけて、黄乃はぱぁっと目を輝かせる。鞄の奥に入っていたのは、戦闘向けにアレンジされたラジコンカーだった。
(よくわからないけど……えいっ!)
 リモコンを手にして、レバーを押す。思いの外速いスピードで、車は勢いよくギアを回転させ走り出した。それに気付いた潮から、通信が入る。
『黄乃! 俺の足のところで、右端の赤いボタン押せ! ちっちゃいやつ!』
「了解!」
 ぐっと先を見据え、狙いを定めて、黄乃がボタンを押した瞬間。ばちばちと火花が散り、小爆発が起こる。
「爆発ヲ 探知シマシタ」
「……え? うわぁぁぁぁっ」
 黄乃が声の方を見ると、そこには警察犬型のロボが待ち構えていて……
『黄乃! 俺は大丈夫だ! さっさと奥に引っ込んでろ!』
 潮の通信を受け、黄乃は大慌てで、荷物ごと撤退したのだった。
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