Case4.沙羅の場合

 翌日。
「!」
 早速沙羅は、遠巻きにされて検査室から出てきた少女を見かけた。
すれ違う直前、沙羅は少女に向かって、声を掛ける。
「おはよう!」
「!」
 びくっとして、はじかれたように少女は顔を上げた。能面を被ったように今まで無表情だった顔に、初めて感情らしい驚きの表情が浮かび、沙羅はわけもなくうれしくなる。
 少女だけでなく、付き添いの研究者らしき職員までもが、驚いた様子だった。
「かわいいポーチだね、それ。なんていう花?」
 だがしかし、次の沙羅の言葉に、少女は再び表情を消すと、冷たく言い返す。
「かすみ草。そんなことも知らないの?」
 だが、その顔にはどこかむすっとした気配も見られ、彼女が感情を示してくれたことにすっかりうれしくなった沙羅は言った。
「ねえ、この後時間ある? 工作ルームでいっしょにネームプレートでも作らない? 私、あなたの名前知らないし」
「えっ? だっ、だってその……あそこには、子供が……」
「大丈夫、ほかの子たちなら、今アニメの上映会でいないの」
 満面の笑みで、手を取って誘う沙羅に対し、今度は少女の顔に困惑が表れた。どんな顔をしても嬉しそうにしている沙羅に、どうしたらいいかわからなくなったらしい。
 結局、あれやこれやで押されて、少女は沙羅に手を引かれ、工作ルームに向かっていた。

「……あんた、屋上にいた人でしょ」
「うん。沙羅っていいます。よろしくっ」
 元気いっぱいに挨拶してみせる沙羅を見もせず、少女は黙々と、手を動かしてボードに飾りを接着していた。
「うわっ、すごいっ! この切り紙レベル高い! すごいねぇ……。どうやったらこんな細かい模様作れるの?」
「別に……頭で思い描いた通りに切ればできるでしょ」
「下書きもなしで? やっぱすごいよっ。ね?」
 何を言われてもめげずに話しかけてくる沙羅を見て、少女は言った。
「……いやじゃないの。こんな無愛想で、仏頂面してるやつ」
「どうして? だってあなた、とってもかわいいし。その年とは思えないくらい、小物や飾りのセンスもいいし、手も器用だし」
「かっ……」
 一瞬うろたえるように視線を泳がせた少女は、げほんげほんと咳をした。
「あっ……大丈夫? そっか、研究棟にいるくらいだもん、あまり無理はしない方がいいのよね」
 その言葉に、少女は固まった。さきほどとは一転、答えを怖れるような視線を沙羅に向け、言葉を発する。
「あの時も聞いたけど……怖くないの」
「? 全然。だって、あなた自身が周りに危害を与えたり、迷惑かけたりしたことなんて、一度もないもの。いい子そうだし。そうでしょ?」
 その言葉に、はさみを握った少女の手が止まる。しかし、何事もなかったように、その手は滑らかに動きだした。
「これで飾り付けは終わりね……。あっ、そうだ、一番大事な名前入れてないじゃない。おなまえは、なんていうの?」
 ニコッとして問いかける沙羅に、少女は冷たい目を向ける。
「あんた、私の年勘違いしてるでしょ?」
「……え?」
「私一応、十三だから」
 ぽかん、と口を開いた沙羅から、ふん、と顔をそむけると――
 少女は、ばらけていた木製の文字パーツから、三つのひらがなをぞんざいに手に取った。

**********

「はぁぁぁあっ!? 宮内総合病院に潜入するぅ!?」
 所変わってこちらはアジト。潮の絶叫が響き渡ったところである。
「うん、君たちには、ここに潜入して、機密データを盗み出してもらうよ☆」
「いや、さりげなく星付きで言ってんじゃねぇよ! 何最高難度のことさらっと二つくらい要求してんだよ!」
 荒ぶる潮を横に見て、黄乃は首を傾げる。
「そんなに、難しいの?」
「聞け、黄乃! いくらお前が任務やアジトの生活に慣れてきたといってもな、こいつはけた違いだぜ」
「月部は実質政府の管理下……セキュリティも防犯対策も、帝都四区域の中で一番厳しいところだもんね。さすがに僕の聖氷結弾砲エターナル・プリズム・キャノンでも、通じるかどうか……」
 潮の言葉に、紫蘇が即座にうなずく。下ろしたフードから、長いウサ耳がてろんと垂れ下がっていた。
 焔が、燕に尋ねた。
「燕さん。そこに潜入したら、俺たちに何のメリットがあるんですか?」
「そーだ! データが欲しいのはあんただろ!」
 ぎゃあぎゃあ言う潮を制して、燕は意味ありげに片目を閉じた。
「まぁ、そう焦らずに。ヒントをあげよう。宮内総合病院といえば?」
 視線を向けられた黄乃は、えっ、と背筋を伸ばす。
「ええと、ええと……すっごく、大きい病院? 僕も、行ったことないけど名前だけは知ってて……」
「その通り。じゃあ、月部でも大きな範囲を占めるその病院が、そこまで権力を牛耳るほど大きくなった原因は何かな?」
 それは、黄乃にはまったくわからなかったので、助けを求めて回りを見る。
「あ? んなもん、背後で政治家が献金だの何だのやってるんだろ?」
「きっと、闇の世界の帝王との契約だ。禁断の薬と魔術を使用し、人々から憂いの心を取り除くことでその信仰を……」
「優秀な医師が多いから、じゃないんですか」
 三者三様の答えに、燕はふふ、と笑うと、
「実は、紫蘇クンのが当たらずとも遠からず、だね。人々の病気を治して、圧倒的な信頼を得られるのは、悪魔や魔術のせいじゃなくて?」
「何か他ではできないことをやってるから……そうか!」
 いち早く回答にたどり着いた潮を見て、燕は感心したようにうなずく。
「さすが潮クン。手も早いけど頭の回転も速いね」
「うっせーよ。あのな、お前ら。宮内総合病院ってのは、腫瘍の研究と治療で有名なとこなんだ」
 潮の言葉に、黄乃の学校でのかすかな知識がちかちかと反応する。
「腫瘍、って……携帯症候群ケータイシンドロームから始まった、原因不明の脳の悪性腫瘍のこと?」
「そ。ま、今は電磁波なんて何からでもどっからでも出っから、携帯だけの騒ぎじゃねーが……。ここ数年、中高年の脳腫瘍・脳卒中での死亡が圧倒的に多いのは、電磁波の影響ってのが裏での定説だな」
「えぇっ!? そうなのっ!?」
 驚く黄乃に、潮は真面目な顔で頷いた。後を引き取って焔が続ける。
「ただ、黄乃が今初めて知ったように、電磁波が原因というのは、世間一般の認識ではないし、ましてや学校などでは教えてもらえない。証拠が弱いというのが政府の言い分だが……海外では、子供への電磁波の影響を防ぐため、幼少期のスマホの所持を禁ずる法律もあるくらいだ」
 息を飲む黄乃の傍で、紫蘇は気付いた。
「そっか、附属病院に患者が多く集まるのは、腫瘍や電磁波の研究のエキスパートだから……」
「よくわかったね、紫蘇クン♪ さて、その病院からデータを盗むということは?」
「……僕たちの能力のことが、わかるかもしれない?」
 ぽつりと言った黄乃に、全員が注目する。集まった少年たちの顔は、期待と興奮で輝いていた。
「よっしゃー! そうと決まれば作戦会議! あ、でもいつもの部屋はナシな」
「現金だな、潮は……。念には念を入れてプランを練るが、万が一の時は俺も出れるように、スケジュールを調整しよう」
「ほんと!? 焔兄も一緒に来てくれるの!? よしっ、これは僕も悪の下部達の準備を完璧にして、いざ応じる偽りの大天使フェイク・ガブリエルとの決戦を…」
 おのおの、気合が入ったメンバーを見て、黄乃もわくわくした気分が湧き上がってくるのを感じる。
(本当は悪いことのはずなんだけど…でも、いいなぁ、仲間と一緒に、自分で決めてこういうことができるって。)
「そうだ、今回の作戦には、黄乃クンもメインメンバーで参加してもらうよ☆」
 燕の言葉に、全員が顔を上げる。ひとり黄乃は、仲間といられる感慨にふけっていたようで、反応が遅れた。
「……えっ、ぼ、ぼくっ?」
「そう。だいぶクラッシャー能力も制御できるようになってきたみたいだしね? 少なくとも、暴発はなさそうだ」
「やったな、黄乃!」
「俺たちと外で暴れ回れるぜ!」
「おめでと。特訓の成果じゃない?」
 次々声を掛ける、焔、潮、紫蘇に、黄乃は目を潤ませながら、大きくうなずいた。
「うんっ! 僕、僕っ、がんばるから……!」
 わぁわぁと作戦を練り始める彼らを後ろに、自動扉から立ち去りかけた燕は、扉が閉まる直前、ぽそりと呟いたのだった。
「これで、また一つ、計画が加速する……。〝あの子〟を呼び出す鍵にも、なってくれるんじゃないかな? ……」

*****

 しんと静まり返った、夜の病室。
 煌々と蛍光灯が灯る部屋の扉の外に、人気はない。
 夜、眠る前にぎゅっとぬいぐるみを抱きしめていた少女は、今日はそうせずに、ベッドに取り付けられた机に載ったものを、そっと撫でた。
 昼間、沙羅と共に作った、木製のネームプレート。紙で作った飾りや、ミニチュアの小物、造花などが飾られた、落ち着いた趣味のそれには、「いづみ」と少女自身の名前が貼られている。
(なんだったんだろ、あの人……)
 妙に人懐っこくくっついてきた沙羅の笑い声が、いづみの頭から追いやれない。静かに眠りたいのに、とんだ迷惑だと思いながらも、頬が静かに緩んでいることを、いづみは自覚していなかった。
(ま、いっか……)
 実験台として、閉じ込められている自分を、怖がらない人間。沙羅に出会って、いづみは打ち消されていた小さな希望を、取り戻した。
(もしかしたら、あの人なら私といてくれる? まさかね……)
 自分の周りから去って行った、同時に、自分の体を介するデータ欲しさに集まってきた人間を思い、いづみは嘲笑を浮かべる。
 馬鹿馬鹿しい想像を消さんとばかりに、部屋の明かりを消した。
(それでも、もし願いを……叶わなくても、願いをかけられるならば……)
 ベッドに腰掛けたまま、明かりを消しても眠らない、自分とつながるコードの先の解析図をちらりと見て、いづみは窓の外を見上げた。
 ブラインドからのぞく、三日月の明かりに、いづみが小さく告げた言葉は、彼女の耳以外には届かないのだった。

「――私を、助けて」

to be continued……?
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