Case3.紫蘇の場合
地下のアジトに、とたとたと足音が響く。籠に盛られたいっぱいの洗濯物を抱え、前が見えていないらしい少年は、不慣れな足取りで、よたよたと一人光の差さない廊下を歩いていた。
(重っ! 重い……こんな思いの、普段みんな運んでるのかなぁ……まったく、僕がいるからって貯めこみすぎだよ。洗濯室、どっちだっけ……)
少年の名前は、黄乃 。とある事情で追われる身となり、実家を飛び出して、電磁波の根絶を狙うという謎の組織の、地下アジトに身を寄せていた。
そんな彼が、何故このアジトにおける家事をやっているかといえば、他のメンバーが皆現役の学生であり、家庭もあり、実際ここへは通いの形を取っているからである。
(よく、あんな器用な真似できるなぁ……)
よっと、と黄乃は、アイロン台の上に洗濯籠を置く。
(みんなの家は、ママップを導入してないって言ってたけど、それでも見守り機能とか、学校からの無断通信追跡はあるみたいだし……きっとうまくデータごまかして、学校でも家でも立ち回ってるんだろうな)
少々背伸びをして、黄乃は洗剤を手に取った。
自分では機会を壊すことを知って以来、洗濯は、寮全体のクリーニングサービスに出していた黄乃のことである。ドラム式の洗濯機を扱うこと自体、子供の頃以来だった。ここなら黄乃の無意識の電波妨害が干渉しにくいし、万が一壊しても大丈夫と、焔と潮に太鼓判を押され、電化製品を扱うのと同様に、今まであまりしなかった家事を練習することにしたのだ。
(こっちの洗剤は……どれに使っても大丈夫なやつだよね。で、ここの穴に入れて……と)
教わったとおり、そろそろと液体洗剤を入れたあと、洗濯機のスイッチを押す。ぐおんぐおんと、音を立ててドラムが回り出した。
(動いた……)
当たり前のように機会が動いたことに、ほっと安堵と達成感を覚えて、黄乃は額の汗をぬぐう。隣の乾燥機を見て、気が付いた。
「あ、そうだ、こっちも出して畳んでおかなくちゃ」
意気込んだ黄乃は、乾燥機の扉を開け、中身を取り出す。抱えられるだけ取り出して、とりあえず籠に入れようと思い切り向きを変えた瞬間。
「へ? うわぁっ!」
アイロン台のコードにつまづき、バランスを崩す。転びかけた瞬間手をついたせいで、台ごとひっくり返すと共に、洗濯物が派手に舞い散った。
「わわわ、早く片付けない……と、ひゃっ!」
壁に立てかけてあったモップが、バランスを崩して倒れてくる。びくっと黄乃が身をすくめた瞬間、動揺が伝わったのか、扉を開けたままの乾燥機が何故か急に作動し、残りの洗濯物をぶわっと吐き出した。
「……」
濡れた洗濯物と乾いた洗濯物、両方が宙に散乱する中で、黄乃が呆然としていると、足音がして、小柄な人影がひょっこり顔をのぞかせた。
白や淡色のタオルが舞い散る向こう側に、すっぽりとフードに身を包んだ、紫の髪の少年がいた。年は、黄乃と同じ中学生くらい。首を傾げると、そのフードに付いたウサギの耳が、ひょんとなびくように揺れる。
「……ただ洗濯を頼んだだけなのに、どうしてこんな惨状になるの?」
ここの組織の一員――紫蘇 が、通学鞄を肩に、呆れたように立っていた。
「あ、ありがと、その……」
「君って本当に不器用だよね。ほんとに、燕 さんや潮兄たちが選んだ器とも思えないよ」
結局、洗濯物のやり直しを手伝った挙句、籠二つに分けた洗濯物の半分を持ってくれた紫蘇に、黄乃はおずおずと礼を言った。女子ほども長い紫色の髪と、フードに覆われて、紫蘇の表情は窺いにくい。籠を持ったまま、黄乃はそっと、自分よりわずかに背の高い彼を覗き込んだ。
「……何?」
「え? ふわっ、あの、そのっ、ごめんなさい……」
このアジトに来てから今まで、黄乃は紫蘇とろくに喋ったことがない。せいぜいが「あれやっといて」とか「これ手伝って」とかの指示系で、会話がないため、何を話したらいいかがわからないのだ。
(紫蘇くん、焔くんや潮の前ではよく喋るのにな……)
全員揃って団らんしている時には脱いでいるフードも、今は被っている。フードの後ろ姿が、頑なに自分を拒否しているように見えて、黄乃はやや寂しい思いをしていた。その頭に視線をやり、黄乃は立ち止まる。
「……何?」
涼しげだった紫蘇の顔に、わずかに表情らしい表情が浮かぶ。立ち止まった黄乃に合わせて、紫蘇は怪訝そうに振り返った。
じーっと黄乃が視線を注いでいたそれ は、紫蘇が向きを変えたと同時に、ひゅるんと翻って見えなくなる。
「ううん。なんで、うさぎの耳……なのかなぁって」
「!!」
自分の言葉にここまで狼狽した紫蘇を、黄乃は初めて見た。傍には黄乃しかいないというのに、助けを求めるように、フードの下で顔と視線をわたわたとあちこちに彷徨わせる紫蘇。
「そっ……そんなの関係ないだろ! ぼ……僕は意外と気に入ってるんだっ!」
「ほ~う、気に入ってるって?」
第三の声が聞こえてきて、黄乃と紫蘇はぎくっと立ち止まった。二人同時に肩が跳ね上がった反応がおそろいで、何ともおかしい。
「へぇぇ、嬉しいよ。僕が面白半分で用意した衣装を、そこまで気に入ってもらえるとはね」
「つっ……燕さん!?」
黄乃がびっくりして振り返ると、そこには黒スーツで固めた燕が立っていた。
「やぁ、黄乃クン。久しぶりだね。こないだ、捨ててしまったデバイスの代わりを供給した時以来かな?」
潮曰く、この組織の「スポンサー」だという燕は、ときどきふらっと現れては消える、謎の人物だった。黄乃が逃げる際に捨ててきた身分証付きのデバイスの代わりに、なくては不便だろうと新しい通信機を与えてくれたり、メンバーに様々な技術や道具を与えていたりと、何かと有益に働いてくれてはいるのだが、その仮面のような笑顔の下に隠された本心が、何とも窺い知れない。とりあえず、黄乃はぺこりと頭を下げたが、
「なっ……! 何っ、面白半分って! あ、あれは通信機能が増幅するからって、トランプの罰ゲームにあんたが無理矢理っ……!」
紫蘇は泡を食ったように、会うなり燕に反論していた。
「あれ? 僕そんなこと言ったっけ? うっかり口が滑っ・ちゃっ・た☆」
「誤魔化さないでくれる! 僕ものすごく真に受けて着てたんだけど!」
「え? でも気に入ってるんだろう? 紫蘇クン。僕は、真摯に君たちのために開発した技術が、役に立ってくれてうれしいよ」
「だから! 違うんだって! 誤解! 僕は全然好んで着てるわけじゃないから! だ、だいたい、ウサギなんかの耳じゃない! これには、神聖なるアルミラージの加護が……」
「アルミラージ? あのユニコーンのなりそこないみたいな奴かい? ふぅ、その手の知識ばっかり豊富なんだから、紫蘇クンは……」
「僕に幻獣図鑑を持たせたあんたに言われたくないんだけど!」
どこかしら黒い笑みをちらちら滲ませながら話す燕に相手をされていると、紫蘇は上手いように翻弄されている、ただの子供にしか見えない。
(なんだか、今日は紫蘇君の意外な一面を見れた気がする……)
どことなく微笑ましい気持ちになりながら、黄乃は二人の後を歩いた。
(重っ! 重い……こんな思いの、普段みんな運んでるのかなぁ……まったく、僕がいるからって貯めこみすぎだよ。洗濯室、どっちだっけ……)
少年の名前は、
そんな彼が、何故このアジトにおける家事をやっているかといえば、他のメンバーが皆現役の学生であり、家庭もあり、実際ここへは通いの形を取っているからである。
(よく、あんな器用な真似できるなぁ……)
よっと、と黄乃は、アイロン台の上に洗濯籠を置く。
(みんなの家は、ママップを導入してないって言ってたけど、それでも見守り機能とか、学校からの無断通信追跡はあるみたいだし……きっとうまくデータごまかして、学校でも家でも立ち回ってるんだろうな)
少々背伸びをして、黄乃は洗剤を手に取った。
自分では機会を壊すことを知って以来、洗濯は、寮全体のクリーニングサービスに出していた黄乃のことである。ドラム式の洗濯機を扱うこと自体、子供の頃以来だった。ここなら黄乃の無意識の電波妨害が干渉しにくいし、万が一壊しても大丈夫と、焔と潮に太鼓判を押され、電化製品を扱うのと同様に、今まであまりしなかった家事を練習することにしたのだ。
(こっちの洗剤は……どれに使っても大丈夫なやつだよね。で、ここの穴に入れて……と)
教わったとおり、そろそろと液体洗剤を入れたあと、洗濯機のスイッチを押す。ぐおんぐおんと、音を立ててドラムが回り出した。
(動いた……)
当たり前のように機会が動いたことに、ほっと安堵と達成感を覚えて、黄乃は額の汗をぬぐう。隣の乾燥機を見て、気が付いた。
「あ、そうだ、こっちも出して畳んでおかなくちゃ」
意気込んだ黄乃は、乾燥機の扉を開け、中身を取り出す。抱えられるだけ取り出して、とりあえず籠に入れようと思い切り向きを変えた瞬間。
「へ? うわぁっ!」
アイロン台のコードにつまづき、バランスを崩す。転びかけた瞬間手をついたせいで、台ごとひっくり返すと共に、洗濯物が派手に舞い散った。
「わわわ、早く片付けない……と、ひゃっ!」
壁に立てかけてあったモップが、バランスを崩して倒れてくる。びくっと黄乃が身をすくめた瞬間、動揺が伝わったのか、扉を開けたままの乾燥機が何故か急に作動し、残りの洗濯物をぶわっと吐き出した。
「……」
濡れた洗濯物と乾いた洗濯物、両方が宙に散乱する中で、黄乃が呆然としていると、足音がして、小柄な人影がひょっこり顔をのぞかせた。
白や淡色のタオルが舞い散る向こう側に、すっぽりとフードに身を包んだ、紫の髪の少年がいた。年は、黄乃と同じ中学生くらい。首を傾げると、そのフードに付いたウサギの耳が、ひょんとなびくように揺れる。
「……ただ洗濯を頼んだだけなのに、どうしてこんな惨状になるの?」
ここの組織の一員――
「あ、ありがと、その……」
「君って本当に不器用だよね。ほんとに、
結局、洗濯物のやり直しを手伝った挙句、籠二つに分けた洗濯物の半分を持ってくれた紫蘇に、黄乃はおずおずと礼を言った。女子ほども長い紫色の髪と、フードに覆われて、紫蘇の表情は窺いにくい。籠を持ったまま、黄乃はそっと、自分よりわずかに背の高い彼を覗き込んだ。
「……何?」
「え? ふわっ、あの、そのっ、ごめんなさい……」
このアジトに来てから今まで、黄乃は紫蘇とろくに喋ったことがない。せいぜいが「あれやっといて」とか「これ手伝って」とかの指示系で、会話がないため、何を話したらいいかがわからないのだ。
(紫蘇くん、焔くんや潮の前ではよく喋るのにな……)
全員揃って団らんしている時には脱いでいるフードも、今は被っている。フードの後ろ姿が、頑なに自分を拒否しているように見えて、黄乃はやや寂しい思いをしていた。その頭に視線をやり、黄乃は立ち止まる。
「……何?」
涼しげだった紫蘇の顔に、わずかに表情らしい表情が浮かぶ。立ち止まった黄乃に合わせて、紫蘇は怪訝そうに振り返った。
じーっと黄乃が視線を注いでいた
「ううん。なんで、うさぎの耳……なのかなぁって」
「!!」
自分の言葉にここまで狼狽した紫蘇を、黄乃は初めて見た。傍には黄乃しかいないというのに、助けを求めるように、フードの下で顔と視線をわたわたとあちこちに彷徨わせる紫蘇。
「そっ……そんなの関係ないだろ! ぼ……僕は意外と気に入ってるんだっ!」
「ほ~う、気に入ってるって?」
第三の声が聞こえてきて、黄乃と紫蘇はぎくっと立ち止まった。二人同時に肩が跳ね上がった反応がおそろいで、何ともおかしい。
「へぇぇ、嬉しいよ。僕が面白半分で用意した衣装を、そこまで気に入ってもらえるとはね」
「つっ……燕さん!?」
黄乃がびっくりして振り返ると、そこには黒スーツで固めた燕が立っていた。
「やぁ、黄乃クン。久しぶりだね。こないだ、捨ててしまったデバイスの代わりを供給した時以来かな?」
潮曰く、この組織の「スポンサー」だという燕は、ときどきふらっと現れては消える、謎の人物だった。黄乃が逃げる際に捨ててきた身分証付きのデバイスの代わりに、なくては不便だろうと新しい通信機を与えてくれたり、メンバーに様々な技術や道具を与えていたりと、何かと有益に働いてくれてはいるのだが、その仮面のような笑顔の下に隠された本心が、何とも窺い知れない。とりあえず、黄乃はぺこりと頭を下げたが、
「なっ……! 何っ、面白半分って! あ、あれは通信機能が増幅するからって、トランプの罰ゲームにあんたが無理矢理っ……!」
紫蘇は泡を食ったように、会うなり燕に反論していた。
「あれ? 僕そんなこと言ったっけ? うっかり口が滑っ・ちゃっ・た☆」
「誤魔化さないでくれる! 僕ものすごく真に受けて着てたんだけど!」
「え? でも気に入ってるんだろう? 紫蘇クン。僕は、真摯に君たちのために開発した技術が、役に立ってくれてうれしいよ」
「だから! 違うんだって! 誤解! 僕は全然好んで着てるわけじゃないから! だ、だいたい、ウサギなんかの耳じゃない! これには、神聖なるアルミラージの加護が……」
「アルミラージ? あのユニコーンのなりそこないみたいな奴かい? ふぅ、その手の知識ばっかり豊富なんだから、紫蘇クンは……」
「僕に幻獣図鑑を持たせたあんたに言われたくないんだけど!」
どこかしら黒い笑みをちらちら滲ませながら話す燕に相手をされていると、紫蘇は上手いように翻弄されている、ただの子供にしか見えない。
(なんだか、今日は紫蘇君の意外な一面を見れた気がする……)
どことなく微笑ましい気持ちになりながら、黄乃は二人の後を歩いた。