Case2.潮の場合
「……礼、言っとく」
「え?」
基地に帰って黄乃と対面したとき、やや沈黙があって後、潮はそう言った。顔や腕など、爆発で火花が散ったときの火傷が手当されている。ちなみに予備用の機器を持っていなかったことは、後でみっちり焔に叱られた。
「お前のヒアリングの能力、なんだろ? トラップの音を聞きつけたの」
もちろん黄乃には全然そんな自覚がなかったが、思い返せばあの時、奇妙な音を聞きつけたような気がした。
「そんなの、たまたま偶然だよ。……それに、ごめん。ラジコン、勝手に操作して、壊しちゃって……」
黄乃の予想に反して、潮は静かに首を振っただけだった。
「俺、メカいじるの好きだから。あれくらい、すぐ作れる。それに、咄嗟の判断にしては機転が利いた方だった。お前、外出たら何やらかすか分からないしな」
あのラジコンだって、それなりの操作技術が必要なのにやけにまっすぐ向かってきた事だし、とニヤニヤ顔で潮に言われ、黄乃は初めて自分が能力を発動させていたことを知る。初めて、二人して声を上げて笑い合った。
「……俺さ。情制校通ってんだ」
潮の思いがけない言葉に、黄乃の目が丸くなる。
情報統制機関設立校。月部の特殊学区にある、政府のエリートを育てるための学校だ。最先端の教育設備と優良な教員の元、生徒たちには、頑張れば政府官僚、悪くても大企業への就職くらいは約束されている。
「……ん? いや、待って? それはおかしくない? 国のエリートを目指す人が、帝都に反逆なんか、しちゃ駄目でしょ」
冷や汗だらだらになりながら反論する黄乃に対し、潮は目を細めた。
「別にいいんだ。俺の意思で行ってるわけじゃない。……いや、半分は俺の意思、というか、断れないというか……」
はぁ、と潮は息をついた。彼にしては歯切れの悪い返事だ。
「俺の母さんが、勧めたんだよ。もうそりゃ、しつこいぐらいに……その時の俺は、深く考えてもいなかったからな。ほいほい受験して、入って……現実を知った」
(いや、あんな恐ろしい倍率のところ、ほいほい勉強した程度で入れるものじゃないと思うんだけど……)
心中でつっこみながらも、潮の暗い表情に、黄乃は口を閉ざす。
「エリートだの何だの言って、実際は、機械仕掛けの人間を育ててるだけだ。いくら発展的なカリキュラムだの体制だのと口では言ったところで、この国特有のお堅い思考からは抜け出せない。あそこにいる奴らはな、そういうぬるい環境で、傷舐め合ってぬくぬく安心していられる、そういう奴らだ。そして、結局あいつらの行く末は……わかるだろ?」
こくり、と黄乃は重々しくうなずいた。
「……僕の両親も、公務員だったんだ」
「知ってたよ。お前を連れて来る前、一通りのデータはもらった」
はぁ、という、潮のため息の音。
「バカみてぇと思う。こんな私情に振り回されるなんてな。自分が逃げ切れないからって、お前に当たるとか……悪かったよ」
ううん、と黄乃は首を振る。
(わかってた。いつも、紫蘇くんや焔くんと話してるところを見てて……。潮くんは、本当は面倒見がいい、優しい人だよね?)
ややあって、潮が再び口を開いた。
「現に、俺の母さんも、他の親と同じように、俺が公務員になって順当な生活送ってくれればって思ってる。うちの親は、そこまで窮屈に枷で縛ったりしないから、口では言わねーけどな。……だけどさ」
立ち上がると、潮は黄乃の目を見て、きっぱりと言い切った。
「俺は、公務員が嫌いなんだ。役所が……役所の人間が、嫌いだ」
何も映していない、その瞳の奥に、黄乃が問いかける。ふ、と笑うと、潮は応えず、きびすを返して立ち去ろうとする。部屋の入口まで来た時、
「あと、黄乃。その『くん』付けやめろよ。呼び捨てでいいだろ」
「……わかった。潮」
黄乃が笑顔でそう呼びかけると、今度は潮もにっと笑って応えてみせた。
「えぇ? あいつが役所を嫌う理由?」
その日の夕方。台所で料理に立つ焔は、黄乃に問いかけられ、ちょっと目を大きくした。潮は言いたくなさそうだ、と黄乃が言うと、
「はは。あいつ、照れてるな。この年にもなって、まだあんなこと根に持ってるんだから、恥ずかしくて当たり前か」
なぜか苦笑された。包丁を持って手伝う黄乃の横で、お玉を持って鍋をかき混ぜながら、焔の唐突な昔話が始まる。
「あいつ、俺が熱出したときに、病院に連れてってくれたことがあるんだ。その後、最新の治療を受けてからはすぐに治ったんだけど、その時は結構重症で……意識が朦朧としてる俺の横で、あいつ、必死で病院の人間に呼びかけてた。でも、ああいう場所ってデータベースの管理情報が絶対だろう? 何度急患だって言っても、順番だからって門前払いされてさ」
「えぇ……? でも、さすがに重症人を放っておくことは、この国のシステムじゃないと思うけど?」
首を傾げる黄乃に、焔がうなずく。
「後で、病院側のミスだったってわかったんだよ。システムにエラーが起きて、俺の情報が届けられてなかった。後日病院の人たちが、謝りに来たは来たんだけど、『悪いのは機械のエラーであって、その元で働いている私達には責任はありません』みたいな言い方をしたのさ。そしたら、潮のやつ、ブチ切れちゃって……」
ああ、と黄乃はうなずいた。その光景が目に浮かぶ。
「それから、奴の役所嫌いの始まり。まぁ、情制校に通ってて頭はいいんだから、宝の持ち腐れって気もするが」
後ろの食卓で、紫蘇とおやつを取り合って騒いでいる潮を、黄乃は見やる。何だかんだ言って誰かのために動けずにいられない潮が、融通の利かない役所の体質を嫌うのは、当然のような気がした。
「僕は、そんな人間にならなきゃいいけど……」
そう呟く黄乃に向かって、焔は口角を上げてみせた。エプロン姿が、なんだか様になっている。
「潮と連携ができてる時点で、あいつに嫌われる心配はないだろう。……こんなやつだけど、俺の兄貴だ。仲良くしてやってくれ」
うん、とうなずきかけた黄乃は、ぴたっと包丁を持つ手を止めた。
「ん? どうした、黄乃」
「……兄貴?」
「そうだ。何だ、潮、言ってなかったのか」
「ふぁにほぉ~?」
紫蘇との争奪戦の末、バームクーヘンを口に頬張った潮が聞き返す。
「えぇぇぇぇぇっ?! き、兄弟っ?! ほ、焔くんと、潮が?」
「まぁ、似ていないのも当然と言えば当然か。母親も父親も違うからな」
「えぇぇぇぇぇぇぇ!」
「黄乃! うるせー! 静かに食わせろ!」
「だだだだって……潮が、お兄ちゃん? 弟の間違いじゃなくて?」
黄乃の脳裏によみがえる、焔に頭を撫でてもらっていた潮。
驚くのはそこか! と突っ込む潮と、冷静にそのやり取りを眺めていた紫蘇が加わり、その日の夕飯の準備はやけに賑やかに進んだのだった。
Case2.End.
「え?」
基地に帰って黄乃と対面したとき、やや沈黙があって後、潮はそう言った。顔や腕など、爆発で火花が散ったときの火傷が手当されている。ちなみに予備用の機器を持っていなかったことは、後でみっちり焔に叱られた。
「お前のヒアリングの能力、なんだろ? トラップの音を聞きつけたの」
もちろん黄乃には全然そんな自覚がなかったが、思い返せばあの時、奇妙な音を聞きつけたような気がした。
「そんなの、たまたま偶然だよ。……それに、ごめん。ラジコン、勝手に操作して、壊しちゃって……」
黄乃の予想に反して、潮は静かに首を振っただけだった。
「俺、メカいじるの好きだから。あれくらい、すぐ作れる。それに、咄嗟の判断にしては機転が利いた方だった。お前、外出たら何やらかすか分からないしな」
あのラジコンだって、それなりの操作技術が必要なのにやけにまっすぐ向かってきた事だし、とニヤニヤ顔で潮に言われ、黄乃は初めて自分が能力を発動させていたことを知る。初めて、二人して声を上げて笑い合った。
「……俺さ。情制校通ってんだ」
潮の思いがけない言葉に、黄乃の目が丸くなる。
情報統制機関設立校。月部の特殊学区にある、政府のエリートを育てるための学校だ。最先端の教育設備と優良な教員の元、生徒たちには、頑張れば政府官僚、悪くても大企業への就職くらいは約束されている。
「……ん? いや、待って? それはおかしくない? 国のエリートを目指す人が、帝都に反逆なんか、しちゃ駄目でしょ」
冷や汗だらだらになりながら反論する黄乃に対し、潮は目を細めた。
「別にいいんだ。俺の意思で行ってるわけじゃない。……いや、半分は俺の意思、というか、断れないというか……」
はぁ、と潮は息をついた。彼にしては歯切れの悪い返事だ。
「俺の母さんが、勧めたんだよ。もうそりゃ、しつこいぐらいに……その時の俺は、深く考えてもいなかったからな。ほいほい受験して、入って……現実を知った」
(いや、あんな恐ろしい倍率のところ、ほいほい勉強した程度で入れるものじゃないと思うんだけど……)
心中でつっこみながらも、潮の暗い表情に、黄乃は口を閉ざす。
「エリートだの何だの言って、実際は、機械仕掛けの人間を育ててるだけだ。いくら発展的なカリキュラムだの体制だのと口では言ったところで、この国特有のお堅い思考からは抜け出せない。あそこにいる奴らはな、そういうぬるい環境で、傷舐め合ってぬくぬく安心していられる、そういう奴らだ。そして、結局あいつらの行く末は……わかるだろ?」
こくり、と黄乃は重々しくうなずいた。
「……僕の両親も、公務員だったんだ」
「知ってたよ。お前を連れて来る前、一通りのデータはもらった」
はぁ、という、潮のため息の音。
「バカみてぇと思う。こんな私情に振り回されるなんてな。自分が逃げ切れないからって、お前に当たるとか……悪かったよ」
ううん、と黄乃は首を振る。
(わかってた。いつも、紫蘇くんや焔くんと話してるところを見てて……。潮くんは、本当は面倒見がいい、優しい人だよね?)
ややあって、潮が再び口を開いた。
「現に、俺の母さんも、他の親と同じように、俺が公務員になって順当な生活送ってくれればって思ってる。うちの親は、そこまで窮屈に枷で縛ったりしないから、口では言わねーけどな。……だけどさ」
立ち上がると、潮は黄乃の目を見て、きっぱりと言い切った。
「俺は、公務員が嫌いなんだ。役所が……役所の人間が、嫌いだ」
何も映していない、その瞳の奥に、黄乃が問いかける。ふ、と笑うと、潮は応えず、きびすを返して立ち去ろうとする。部屋の入口まで来た時、
「あと、黄乃。その『くん』付けやめろよ。呼び捨てでいいだろ」
「……わかった。潮」
黄乃が笑顔でそう呼びかけると、今度は潮もにっと笑って応えてみせた。
「えぇ? あいつが役所を嫌う理由?」
その日の夕方。台所で料理に立つ焔は、黄乃に問いかけられ、ちょっと目を大きくした。潮は言いたくなさそうだ、と黄乃が言うと、
「はは。あいつ、照れてるな。この年にもなって、まだあんなこと根に持ってるんだから、恥ずかしくて当たり前か」
なぜか苦笑された。包丁を持って手伝う黄乃の横で、お玉を持って鍋をかき混ぜながら、焔の唐突な昔話が始まる。
「あいつ、俺が熱出したときに、病院に連れてってくれたことがあるんだ。その後、最新の治療を受けてからはすぐに治ったんだけど、その時は結構重症で……意識が朦朧としてる俺の横で、あいつ、必死で病院の人間に呼びかけてた。でも、ああいう場所ってデータベースの管理情報が絶対だろう? 何度急患だって言っても、順番だからって門前払いされてさ」
「えぇ……? でも、さすがに重症人を放っておくことは、この国のシステムじゃないと思うけど?」
首を傾げる黄乃に、焔がうなずく。
「後で、病院側のミスだったってわかったんだよ。システムにエラーが起きて、俺の情報が届けられてなかった。後日病院の人たちが、謝りに来たは来たんだけど、『悪いのは機械のエラーであって、その元で働いている私達には責任はありません』みたいな言い方をしたのさ。そしたら、潮のやつ、ブチ切れちゃって……」
ああ、と黄乃はうなずいた。その光景が目に浮かぶ。
「それから、奴の役所嫌いの始まり。まぁ、情制校に通ってて頭はいいんだから、宝の持ち腐れって気もするが」
後ろの食卓で、紫蘇とおやつを取り合って騒いでいる潮を、黄乃は見やる。何だかんだ言って誰かのために動けずにいられない潮が、融通の利かない役所の体質を嫌うのは、当然のような気がした。
「僕は、そんな人間にならなきゃいいけど……」
そう呟く黄乃に向かって、焔は口角を上げてみせた。エプロン姿が、なんだか様になっている。
「潮と連携ができてる時点で、あいつに嫌われる心配はないだろう。……こんなやつだけど、俺の兄貴だ。仲良くしてやってくれ」
うん、とうなずきかけた黄乃は、ぴたっと包丁を持つ手を止めた。
「ん? どうした、黄乃」
「……兄貴?」
「そうだ。何だ、潮、言ってなかったのか」
「ふぁにほぉ~?」
紫蘇との争奪戦の末、バームクーヘンを口に頬張った潮が聞き返す。
「えぇぇぇぇぇっ?! き、兄弟っ?! ほ、焔くんと、潮が?」
「まぁ、似ていないのも当然と言えば当然か。母親も父親も違うからな」
「えぇぇぇぇぇぇぇ!」
「黄乃! うるせー! 静かに食わせろ!」
「だだだだって……潮が、お兄ちゃん? 弟の間違いじゃなくて?」
黄乃の脳裏によみがえる、焔に頭を撫でてもらっていた潮。
驚くのはそこか! と突っ込む潮と、冷静にそのやり取りを眺めていた紫蘇が加わり、その日の夕飯の準備はやけに賑やかに進んだのだった。
Case2.End.