君の残り香【RKRN】夢小説
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そんな一騒動があってから早数日。あれ以来勘右衛門の遊びは激しさを増した気がする。
先輩方にはあいつの変化に気づいた方もいてよく俺たちに何があったのかを尋ねてきた。
そのたびに俺たちは「ああ、恋の病です」とかなんとか、適当に答えていた。
別に俺たちの間柄は崩れていない。ただ、少し、素行が荒くなった。
しかしそれも時が経つにつれて風化していき勘右衛門も元の愉快な奴に戻り、俺たちもほとんどそんなことなど覚えていないくらいになっていた。
俺は夏休みがあと数週間の所まで迫っていたある休日、生物委員の活動場所の視察の為に町の反対側の山に行った。
早朝に学園を出てまだ町が寝静まっている間に山に到着する。持ってきていた自作のおにぎりは不格好ではあったが食べられない代物ではなかったので、特に気にせず山から見下ろした早朝の町並みを眺めた。
「おほー!良い見晴らしだなあ」
久しぶりに心が洗われる。ゆっくりと白み始めた空に、澄んだ空気。鳥のさえずりも聞こえた。
腹ごしらえをすませると本題に入る。特に危険そうな場所ではないが、うっかり奥に行きすぎるとそこは熊やイノシシの領域だ。
倒木には怪しげなキノコが生えている。所々にさすがの俺でもぎょっとするような大きさの蜘蛛もいた。
「これ以上奥は危険だな。獣道の手前までが行動範囲、キノコと蜘蛛には手を出さない。まあこんなモンかな」
粗方危険そうな物がないか見終わったので山を下りる。町はすでに賑わい始めていた。
気晴らしに町をうろついていると、誰かが肩をたたいた。もう誰だか分かっている。
振り向くとやはり団子屋の娘、恵だった。どうして俺のこいつとの遭遇率はこんなに高いんだ。
「先日はお世話になりました」
「大したことはしてねえよ。仲間が迷惑をかけたんだからあやまんのは俺の方だ。それに、関わったら最後までってのが俺の信条だからな」
歩きながら女の方には目もくれず、これで貸し借りなし、俺とお前の腐れ縁もこれで終わりだと言う願いも込めてそう言った。
「そうですか。私は用がありますのでこれで失礼させていただきます」
見送りくらいはしようと振り返ると、女が案外近くに立っているから驚く。
女はその大人びた口調とは裏腹に、このご時世に似付かない純朴な笑みを浮かべていた。
「・・・・・・また、いらっしゃい。待ってるわ」
最後に短く付け足された一言に、俺はしばらくその場で動けなくなった。
俺がぼうっとしている間に女はいなくなっている。
俺は確信した。
この腐れ縁、ちょっとやそっとじゃあ切れやしねえ。
______________
「ねえ八左ヱ門、起きてるの?」
「最近様子が変よ?」
そうかも知れない。なんせ、最近何にも楽しみが見いだせないのだから。困ったものだ。
気づけばこの間町で会ってからもう数日は経っていた。
同級生のくノたま達との会話に花を咲かせてみようという気も起こらないくらいに、何のやる気もしない。
授業中の集中力も落ちた。これは勘右衛門の行動を常に気を張って監視していたからだろうか。その疲れが今頃、束になって襲いかかってきたのだろうか。だとすればとんだ災難だ。
本当にこの腐れ縁、早く何とかしないと俺の気が休まらない。
「ねえ、今度海に行かない?」
「いいじゃない、行こうよ八左ヱ門」
気晴らしくらいにはなるだろうから、俺は良いぜ、と答えた。
気づけばもう蒸し暑い季節になっていた。
海で遊ぶには学園長先生を通して兵庫第三共栄丸さん宛てに紹介状を書いてもらわなくてはいけない。
頼みに行くのが何とも億劫だ。
「四方六方八方しゅーりけん」
飛んで日にいる夏の虫、乱きりしんの三人組が通りかかる。
「おーい、乱太郎、きり丸、しんべヱ!」
「あ、竹谷先輩。どうなさったんですか?」
事情に多少脚色、及びねつ造、改ざんを施して伝えると、あっさりと面倒事を引き受けてくれた。
すまん、今度何か奢ってやる。
海で遊ぶんだから濡れても困らないような服が必要だ。四年生の時の変装用の服が丁度いいだろう。
気分転換くらいには、と思っただけでそれほど乗り気ではなかったのだが何だかんだで楽しみになっていた。
当日、俺は普段より早めに起床し持ち物を点検した。準備は万端である。
「お待たせ、八左ヱ門」
「行こう?」
くノたま二人と合流して俺たちは出発した。
余りに久し振りにくノ一達と外出するからだろうか、高揚する気分を押さえられない。
だから俺は、すっかり忘れていた。あの店の前を通るその直前まで。
ほかの忍たま役の一達にとって、あの女のいる団子屋は特に特別な意味はないんだと言うことを。
「あ、そうだ八左ヱ門。お団子食べてから行こうよ」
「しんべヱもここは美味しいって言ってたし、食べてみたかったんだよね」
良いよ、という声が喉元まで出かかって、俺は危うい所で踏みとどまった。
「いや、今日はまっすぐに行こうぜ」
「え、どうして?」
どうして、ああ、どうしてだ?自問してみても分からない。
ただ、女を二人も連れてあの店に入るのは俺にとってものすごくとって都合が悪い。そう思った。
「別に良いけどさ・・・・・・」
赤の他人ならまだ良いが、中途半端に知り合っている相手にはあまり見られたくないような状況だ。
無理矢理つれてこられた体を装えばあの女も変な目で見ることはないだろう。
俺はあからさまに嫌々ながら連れてこられたという顔をして店に入った。
「いらっしゃい」
店の娘は幸いにも気を使ってくれた。要するに「あら久しぶり」や「また来てくれたのね」など、連れのくノたま達と俺との間に波風が立つような発言はしないでおいてくれた。
ひとまず胸をなで下ろしていると、なぜかきり丸の声が聞こえてくる。
「いやー、先輩方、いつも本当に助かりますあひゃあひゃ」
「礼には及ばん、俺たちの鍛錬にもなるからな。ギンギン!」
「そうだな、いけいけどんどーんでアルバイトを終わらせるぞ!」
いやな予感がした。まさかここの店番ではないよな?そんなはずはない、店番なら、娘がちゃんといる。
「八左ヱ門、あれ七松先輩達ときり丸じゃない?」
「お、おう、そうだな」
とにかく三人分の団子を頼んで先輩方が通り過ぎるのを祈った。
しかし、案の定。
「あら、きり丸君いつもありがとう。・・・・・・あなたたちは?」
「私たちはきり丸知り合いで、手伝いをしに来ました」
店の娘、恵はきり丸達をにこやかに迎えている。先輩方ともすぐに打ち解けたようで、すぐに一緒に厨房へ下がっていった。
俺は大いに気分を害した。
「お、竹谷じゃないか。・・・・・・女二人連れでこんな知り合いの多い店でよくも堂々としていられるな」
通り過ぎないどころかなじられる。俺が返答に窮しているとくノたま達は俺の窮地などお構いなしに発言していた。
「潮江先輩も一緒に食べましょう?そのあと海にも行くんですよ、来てくださいね」
ばか、何言っているんだ。
くノたま達の好き勝手な発言に肝を冷やしていると、幸い潮江先輩はそれほど興味を示していなかった。
「ああ、すまんが今は無理だ。竹谷も睨んでいるしな。それに、俺は好きな女以外とはあまり喋りたくない」
まるで当てつけるようにそう言い残して厨房に戻る。
俺だって別に好きでこいつらといるわけじゃない。だが好きな女が居るわけでもないのだから誰と居ようが俺の勝手じゃねえか。
そして、もう一つ気になることがあった。
あの口振りからすると潮江先輩には心に決めた女性が居るのだろうか。
「あなた、どうしたのぼうっとして」
「あ、ああすみません・・・・・・」
厨房から聞こえる潮江先輩の声と、娘の声。
「おい、文次郎!このお茶をあいつらに持って行け」
「はあ?まあ良いけど」
あいつら、とは間違いなく俺たちのことだった。
「おい、早く行こうぜ。もう食い終わったろ」
「わかったよ、あ、潮江先輩!すみません八左ヱ門が急ぐみたいなのでもう行きますね」
「勝手にしろ、俺は興味がないといっただろう」
興味がない、とすると、じゃあいったい誰が好きなんだろう。潮江先輩の恋人なのだからきっと美しく強いんだろうな。
「あ、すみませんお勘定」
すると娘ではなくきり丸が目を銭にして出てきた。
「はーい!毎度あり!あ、竹谷先輩!またいらしてくださいねって恵さん・・・・・・いや、店のお姉さんが言ってました」
「えぇ?!あ、おう」
余りに不意に恵の名前を聞いたものだから声が裏がえる。
もう来るな、とは言われなかった事に自分でも意外なほど安堵していた。まあ、もう来るなとはなかなか言えないだろうが、もう来て欲しくなかったらわざわざきり丸に伝言はさせないだろう。
つまり娘は今日のことをそれほど気にしていないということで、それは俺にはこの上なく好都合だった。
海に着くとすぐに兵庫第三共栄丸さんと思しき人に詰問された。
「お前たちここに何しに来たんだ。ここは入れる場所じゃねえぞ」
あわてずに学園長先生からの紹介状を渡すとさっきまでの厳めしい表情とは一転、にこやかなおじさんに豹変した。
「なんだあ、乱太郎達の先輩かあ。それならそうと言ってくれよもう」
「お頭ー!」
「おう、今行く!じゃ、君たちは部下たちのじ邪魔にならないようその辺で遊んでいてくれ。あとで学園へのおみやげも渡すからな」
そういうと先ほど声がかかった方へ走っていった。
「じゃあ、着替えて遊ぶか」
そのあとは楽しかった。
水を掛け合ったり、泳ぎを教えてやったり、くノたま達とじゃれ合っているといつの間にか日は天頂を過ぎていた。
_______________
くノたま達と海に遊びに行ってから数日が経ち、気づけば夏休みはもう目前に迫っていた。
俺たち上級生のほとんどは学園に残って鍛錬を続けるから、実質休みと言える物を享受できるのは下級生のみだが、それでも授業があるのとないのでは大いに違う。
そしてあの日以来、俺はよく眠れていなかった。物事への集中力は以前よりさらに低下したし、無気力感にさいなまれていた。
放課後、いつも通り逃げた虫達の捜索をしていると、乱きりしんが調子外れの歌を歌いながら歩いて来る。
「あ、竹谷先輩率いる生物委員会が今日も虫を探している」
「今日もじゃねえ、ここ二日は逃げてなかったんだぜ」
「じゃあ、ほぼ毎日」
「それなら許す」
だあ、と言ってずっこける三人によって三匹ほど虫が犠牲になったのではないだろうか。
「あ、そうだ。この間は兵庫水軍への紹介状を頼みに行ってくれてありがとうな。お陰で楽しめた。これやるよ」
そういって食券を一枚ずつくれてやると、しんべヱときり丸は俺に忠誠を誓っていた。
「竹谷先輩一生付いて行きまあす!」
「いや、そんなに喜ばねえだろ、普通。一生付いて来られても困るんだが」
そんなばかげた会話をしていると、ふときり丸が思い出したように呟いた。
「そういやお店の娘さん、どうしてるかな」
「ああ、あのお団子屋さんの?潮江先輩、あのお姉さんにべた惚れらしいもんねー。可愛そうに」
「しんべヱ、それ潮江先輩に対してかなり失礼」
そんなことを言いながら去っていく三人の背中を俺は無意識のうちにしばらく凝視し続けていた
先輩方にはあいつの変化に気づいた方もいてよく俺たちに何があったのかを尋ねてきた。
そのたびに俺たちは「ああ、恋の病です」とかなんとか、適当に答えていた。
別に俺たちの間柄は崩れていない。ただ、少し、素行が荒くなった。
しかしそれも時が経つにつれて風化していき勘右衛門も元の愉快な奴に戻り、俺たちもほとんどそんなことなど覚えていないくらいになっていた。
俺は夏休みがあと数週間の所まで迫っていたある休日、生物委員の活動場所の視察の為に町の反対側の山に行った。
早朝に学園を出てまだ町が寝静まっている間に山に到着する。持ってきていた自作のおにぎりは不格好ではあったが食べられない代物ではなかったので、特に気にせず山から見下ろした早朝の町並みを眺めた。
「おほー!良い見晴らしだなあ」
久しぶりに心が洗われる。ゆっくりと白み始めた空に、澄んだ空気。鳥のさえずりも聞こえた。
腹ごしらえをすませると本題に入る。特に危険そうな場所ではないが、うっかり奥に行きすぎるとそこは熊やイノシシの領域だ。
倒木には怪しげなキノコが生えている。所々にさすがの俺でもぎょっとするような大きさの蜘蛛もいた。
「これ以上奥は危険だな。獣道の手前までが行動範囲、キノコと蜘蛛には手を出さない。まあこんなモンかな」
粗方危険そうな物がないか見終わったので山を下りる。町はすでに賑わい始めていた。
気晴らしに町をうろついていると、誰かが肩をたたいた。もう誰だか分かっている。
振り向くとやはり団子屋の娘、恵だった。どうして俺のこいつとの遭遇率はこんなに高いんだ。
「先日はお世話になりました」
「大したことはしてねえよ。仲間が迷惑をかけたんだからあやまんのは俺の方だ。それに、関わったら最後までってのが俺の信条だからな」
歩きながら女の方には目もくれず、これで貸し借りなし、俺とお前の腐れ縁もこれで終わりだと言う願いも込めてそう言った。
「そうですか。私は用がありますのでこれで失礼させていただきます」
見送りくらいはしようと振り返ると、女が案外近くに立っているから驚く。
女はその大人びた口調とは裏腹に、このご時世に似付かない純朴な笑みを浮かべていた。
「・・・・・・また、いらっしゃい。待ってるわ」
最後に短く付け足された一言に、俺はしばらくその場で動けなくなった。
俺がぼうっとしている間に女はいなくなっている。
俺は確信した。
この腐れ縁、ちょっとやそっとじゃあ切れやしねえ。
______________
「ねえ八左ヱ門、起きてるの?」
「最近様子が変よ?」
そうかも知れない。なんせ、最近何にも楽しみが見いだせないのだから。困ったものだ。
気づけばこの間町で会ってからもう数日は経っていた。
同級生のくノたま達との会話に花を咲かせてみようという気も起こらないくらいに、何のやる気もしない。
授業中の集中力も落ちた。これは勘右衛門の行動を常に気を張って監視していたからだろうか。その疲れが今頃、束になって襲いかかってきたのだろうか。だとすればとんだ災難だ。
本当にこの腐れ縁、早く何とかしないと俺の気が休まらない。
「ねえ、今度海に行かない?」
「いいじゃない、行こうよ八左ヱ門」
気晴らしくらいにはなるだろうから、俺は良いぜ、と答えた。
気づけばもう蒸し暑い季節になっていた。
海で遊ぶには学園長先生を通して兵庫第三共栄丸さん宛てに紹介状を書いてもらわなくてはいけない。
頼みに行くのが何とも億劫だ。
「四方六方八方しゅーりけん」
飛んで日にいる夏の虫、乱きりしんの三人組が通りかかる。
「おーい、乱太郎、きり丸、しんべヱ!」
「あ、竹谷先輩。どうなさったんですか?」
事情に多少脚色、及びねつ造、改ざんを施して伝えると、あっさりと面倒事を引き受けてくれた。
すまん、今度何か奢ってやる。
海で遊ぶんだから濡れても困らないような服が必要だ。四年生の時の変装用の服が丁度いいだろう。
気分転換くらいには、と思っただけでそれほど乗り気ではなかったのだが何だかんだで楽しみになっていた。
当日、俺は普段より早めに起床し持ち物を点検した。準備は万端である。
「お待たせ、八左ヱ門」
「行こう?」
くノたま二人と合流して俺たちは出発した。
余りに久し振りにくノ一達と外出するからだろうか、高揚する気分を押さえられない。
だから俺は、すっかり忘れていた。あの店の前を通るその直前まで。
ほかの忍たま役の一達にとって、あの女のいる団子屋は特に特別な意味はないんだと言うことを。
「あ、そうだ八左ヱ門。お団子食べてから行こうよ」
「しんべヱもここは美味しいって言ってたし、食べてみたかったんだよね」
良いよ、という声が喉元まで出かかって、俺は危うい所で踏みとどまった。
「いや、今日はまっすぐに行こうぜ」
「え、どうして?」
どうして、ああ、どうしてだ?自問してみても分からない。
ただ、女を二人も連れてあの店に入るのは俺にとってものすごくとって都合が悪い。そう思った。
「別に良いけどさ・・・・・・」
赤の他人ならまだ良いが、中途半端に知り合っている相手にはあまり見られたくないような状況だ。
無理矢理つれてこられた体を装えばあの女も変な目で見ることはないだろう。
俺はあからさまに嫌々ながら連れてこられたという顔をして店に入った。
「いらっしゃい」
店の娘は幸いにも気を使ってくれた。要するに「あら久しぶり」や「また来てくれたのね」など、連れのくノたま達と俺との間に波風が立つような発言はしないでおいてくれた。
ひとまず胸をなで下ろしていると、なぜかきり丸の声が聞こえてくる。
「いやー、先輩方、いつも本当に助かりますあひゃあひゃ」
「礼には及ばん、俺たちの鍛錬にもなるからな。ギンギン!」
「そうだな、いけいけどんどーんでアルバイトを終わらせるぞ!」
いやな予感がした。まさかここの店番ではないよな?そんなはずはない、店番なら、娘がちゃんといる。
「八左ヱ門、あれ七松先輩達ときり丸じゃない?」
「お、おう、そうだな」
とにかく三人分の団子を頼んで先輩方が通り過ぎるのを祈った。
しかし、案の定。
「あら、きり丸君いつもありがとう。・・・・・・あなたたちは?」
「私たちはきり丸知り合いで、手伝いをしに来ました」
店の娘、恵はきり丸達をにこやかに迎えている。先輩方ともすぐに打ち解けたようで、すぐに一緒に厨房へ下がっていった。
俺は大いに気分を害した。
「お、竹谷じゃないか。・・・・・・女二人連れでこんな知り合いの多い店でよくも堂々としていられるな」
通り過ぎないどころかなじられる。俺が返答に窮しているとくノたま達は俺の窮地などお構いなしに発言していた。
「潮江先輩も一緒に食べましょう?そのあと海にも行くんですよ、来てくださいね」
ばか、何言っているんだ。
くノたま達の好き勝手な発言に肝を冷やしていると、幸い潮江先輩はそれほど興味を示していなかった。
「ああ、すまんが今は無理だ。竹谷も睨んでいるしな。それに、俺は好きな女以外とはあまり喋りたくない」
まるで当てつけるようにそう言い残して厨房に戻る。
俺だって別に好きでこいつらといるわけじゃない。だが好きな女が居るわけでもないのだから誰と居ようが俺の勝手じゃねえか。
そして、もう一つ気になることがあった。
あの口振りからすると潮江先輩には心に決めた女性が居るのだろうか。
「あなた、どうしたのぼうっとして」
「あ、ああすみません・・・・・・」
厨房から聞こえる潮江先輩の声と、娘の声。
「おい、文次郎!このお茶をあいつらに持って行け」
「はあ?まあ良いけど」
あいつら、とは間違いなく俺たちのことだった。
「おい、早く行こうぜ。もう食い終わったろ」
「わかったよ、あ、潮江先輩!すみません八左ヱ門が急ぐみたいなのでもう行きますね」
「勝手にしろ、俺は興味がないといっただろう」
興味がない、とすると、じゃあいったい誰が好きなんだろう。潮江先輩の恋人なのだからきっと美しく強いんだろうな。
「あ、すみませんお勘定」
すると娘ではなくきり丸が目を銭にして出てきた。
「はーい!毎度あり!あ、竹谷先輩!またいらしてくださいねって恵さん・・・・・・いや、店のお姉さんが言ってました」
「えぇ?!あ、おう」
余りに不意に恵の名前を聞いたものだから声が裏がえる。
もう来るな、とは言われなかった事に自分でも意外なほど安堵していた。まあ、もう来るなとはなかなか言えないだろうが、もう来て欲しくなかったらわざわざきり丸に伝言はさせないだろう。
つまり娘は今日のことをそれほど気にしていないということで、それは俺にはこの上なく好都合だった。
海に着くとすぐに兵庫第三共栄丸さんと思しき人に詰問された。
「お前たちここに何しに来たんだ。ここは入れる場所じゃねえぞ」
あわてずに学園長先生からの紹介状を渡すとさっきまでの厳めしい表情とは一転、にこやかなおじさんに豹変した。
「なんだあ、乱太郎達の先輩かあ。それならそうと言ってくれよもう」
「お頭ー!」
「おう、今行く!じゃ、君たちは部下たちのじ邪魔にならないようその辺で遊んでいてくれ。あとで学園へのおみやげも渡すからな」
そういうと先ほど声がかかった方へ走っていった。
「じゃあ、着替えて遊ぶか」
そのあとは楽しかった。
水を掛け合ったり、泳ぎを教えてやったり、くノたま達とじゃれ合っているといつの間にか日は天頂を過ぎていた。
_______________
くノたま達と海に遊びに行ってから数日が経ち、気づけば夏休みはもう目前に迫っていた。
俺たち上級生のほとんどは学園に残って鍛錬を続けるから、実質休みと言える物を享受できるのは下級生のみだが、それでも授業があるのとないのでは大いに違う。
そしてあの日以来、俺はよく眠れていなかった。物事への集中力は以前よりさらに低下したし、無気力感にさいなまれていた。
放課後、いつも通り逃げた虫達の捜索をしていると、乱きりしんが調子外れの歌を歌いながら歩いて来る。
「あ、竹谷先輩率いる生物委員会が今日も虫を探している」
「今日もじゃねえ、ここ二日は逃げてなかったんだぜ」
「じゃあ、ほぼ毎日」
「それなら許す」
だあ、と言ってずっこける三人によって三匹ほど虫が犠牲になったのではないだろうか。
「あ、そうだ。この間は兵庫水軍への紹介状を頼みに行ってくれてありがとうな。お陰で楽しめた。これやるよ」
そういって食券を一枚ずつくれてやると、しんべヱときり丸は俺に忠誠を誓っていた。
「竹谷先輩一生付いて行きまあす!」
「いや、そんなに喜ばねえだろ、普通。一生付いて来られても困るんだが」
そんなばかげた会話をしていると、ふときり丸が思い出したように呟いた。
「そういやお店の娘さん、どうしてるかな」
「ああ、あのお団子屋さんの?潮江先輩、あのお姉さんにべた惚れらしいもんねー。可愛そうに」
「しんべヱ、それ潮江先輩に対してかなり失礼」
そんなことを言いながら去っていく三人の背中を俺は無意識のうちにしばらく凝視し続けていた
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