君の残り香【RKRN】夢小説
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
それから二週間ほど、俺は緊張しっぱなしの日々を送ることになった。
外出する勘右衛門を尾行し続けるわけにはいかない。なぜなら俺は、まあ、不良、とまではいかないかも知れないが、とにかく優等生ではないからだ。勘右衛門の方がよっぽど成績は良いから俺が尾行したところですぐにばれる。それなら俺はどうしたのか。
尾行ではなく、同行したのだ。
毎回毎回俺が付いて来るものだから勘右衛門は嫌気がさしたらしく最近はあまり外出をしない。全く何で俺がこんな事しなけりゃならないのか。友人にうざがられてまで守り抜きたいと思うほどの女性ではないのに。
珍しく勘右衛門に学級委員長委員会の仕事があって、絶対に外出ができないと分かっている日である今日、俺は何週間ぶりだか分からないが、とにかく本当に久しぶりにゆっくり部屋で休んだ。
午前を丸々寝て過ごした後は一人で街に出ることにした。
あの団子屋がある道は通らずに大きな街へ出る。学園からの距離も程よく、栄えているこの町では忍たまたちにも人気だ。
三郎もここで変装用の小道具を調達しているらしい。
活気あふれる街は眺めているだけでも楽しい。久しぶりの平穏な日だ。
そして、その平穏は長くは続かなかった。なぜだ。俺は伊作先輩との関わりは少ないはずなのに。
かんざしや香り袋など、女性用の雑貨屋が多く立ち並ぶ通りを歩いていたとき。視界の隅を見たことのある顔が横切った。
俺とあの団子屋の娘は、どうしようもない腐れ縁で結ばれているらしい。
幸い相手はこちらに気づいていないようだから知らぬふりをして通り過ぎよう。ところが、しばらく様子を見ているうちに俺の固い決意はどういうわけだかしぼんでしまった。気づけば吸い寄せられるようにその娘の方に近寄っていた。
「おい」
かなりぶっきらぼうな声が出た。当たり前だが、娘は声をかけられると思っていないので盛大に驚く。
「あ、あなたは」
どうして声をかけたのか。それは俺にもわからない。ただお前の横顔にあまりに胸が締め付けられたから。
なあ、どうしてそんなに透き通った眼をしているんだ、お前は。
「覚えてんのか、俺の事」
「ええ」
俺と団子屋の娘の間に降りる歯がゆい沈黙。ああ、そろそろ名前で呼んでやってもいいかもしれない。
「買い物?お遣いか」
「まあそうですよ。あなたは」
店で見るより大人びている。心なしか気持ちにも余裕があるみたいだった。何より今は、店の娘と客という間柄ではないから必要以上にへりくだったりはしていなかった。
「俺は暇つぶし」
「そう」
また元のように綺麗なかんざしや櫛に目を向ける。深緑にうさぎの模様が描いてある櫛が気に入ったようでいそいそと買っていた。
俺が買ってやればよかったのかもしれないが、俺とあの娘の間柄はどうも、そんな事をしてやったところでどうにもならない気がした。
「あら、まだいたの」
店から出てきた女を出迎える形になってしまった。
「もうお遣いの買い物は済んだのか?」
「はい」
「あ、そ」
女はまだ付いて来る俺を不思議そうな顔をしながらも追い払うことはしない。少し進んで立ち止まり、まだ後ろに俺がいるかどうかを確認し、また進む。そんなこの女の行動は見ていて飽きない。
「ここに居るって。安心して進めよ」
あまりに何度も振り返るものだから可笑しくて、そう言ってやった。
「ついて来てとは頼んでいませんが」
「いいだろ別に」
呆れたのか諦めたのか、それからは一度も振り返らずに進んだ。
そこでふと、いたずらを思いついてしまった。
俺は気配を消して道の脇にあった雑木林に身を隠しながらついていく。
「あれ?」
そのまましばらく行くと、ようやく女は俺が後ろにいないことに気づいた。さあ、どんな反応をするだろう。
俺を見失った女の行動はあっさりしていてつまらなかった。まあ元から一緒にどこかへ行こうと言っていたわけでもないから、そんな男が消えようとどうも思わないのだろう。
女は振り返って俺がいないことを確認するとまた元のように歩き出した。
少しくらい動揺してくれた方が俺としては楽しかったのだが、まあそんな独りよがりを押しつけるわけには行かない。
俺は今日はこのまま学園に帰ることにした。
嫌が上でもこの女とはまたどこかで会うことになるんだろうと俺の野生の勘がそう言っていた。だから今日はこのままで良い。
___________
町であの女にあって以来七日は経ったが、俺も勘右衛門もすでにそんな奴が居たという事を記憶の片隅に追いやって学園生活を送っていた。
休みでなければそう町には出ないし、俺にとってもおそらく勘右衛門にとってもその女はその程度の存在だった。
「おい、聞いたか八左ヱ門」
「なんだ朝っぱらから」
朝の鍛錬を終え、井戸で水を浴びてさっぱりしようとそこに向かっていると後ろから同じく鍛錬後と思われる三郎が声をかけてきた。
「お前、あの団子屋の女を覚えているか?」
なぜだかこれ以上聞きたくもないような話だと言うことがすぐに分かった。
「覚えて・・・・・・ねえよ」
「嘘下手だなお前」
「うるせえ。・・・・・・で、何だよ、その女がどうした」
三郎は俺の肩に手をおいて呆れ顔で首を横に振った。
「お前、それくらい言われなくても分かれよ。勘右衛門あの女にご執心だったろ」
「ああ、遂に手を出しちまったのか」
「そんな事じゃない。いやあ、やっちまったな、あいつも。聞けよ。恋文渡したんだってよ」
俺は二の句が継げなかった。何だ、勘右衛門。お前はそんなに純真な奴だったのか?恋文?このご時世に、恋文?平安時代か?それともお前はお坊ちゃまか?
戦国乱世。ましてや俺たちは忍者の卵。好きな女は奪うもんだろ。相手もくノ一というのならまだ分かるが、ただの町娘相手に、恋文。
勘右衛門がそこまで思い詰めていたとは知らなかった。
「・・・・・・どう渡したんだよ。」
「店の前の木の枝に結びつけておいたんだとさ、あいつそんな甘ったるいこと考える奴だったか?」
「それ、娘の方もよく気がついたな」
ところが三郎は意味深長な笑い方をしている。
「まだなんかあんのか?」
「返事はまだ見ていないらしいぜ。昨日結んだらしいから、今日の放課後見に行くらしい。・・・・・・八左ヱ門も、くるだろ?」
かくして俺は、町で会ってからたった七日後、またあの女のいる店へと向かうことになったわけだ。
放課後、なぜか兵助と雷蔵も付いてくる形で勘右衛門御一行は出発した。勘右衛門は意気揚々と。俺は嫌々に。
「勘右衛門、そもそも気づかれているかどうかも分からないのにどうしてそんなに期待に満ちた顔をしていられるんだい?」
兵助、よくぞ聞いた。
「気づかないわけがない、目線の高さを考えて結んだんだからな」
「もし娘さんじゃない人に見られていたらどうするのさ。乱、きり、しんとか」
雷蔵も鋭いつっこみを入れる。
せめて皆で行くことができて助かった。五人でいれば俺だけが歯止めとして踏ん張らなくても皆で暴走を止められる。
「それはねえな」
あからさまに上の空と言った様子で、周りには心なしかお花畑が見える。
「だめだ、こいつもう自分の世界に浸ってるぜ」
つい数週間前、似たような光景を見た気がした。伊賀崎孫兵。そうだ、あいつだ。
例の団子屋が見え始めたあたりで俺たちは路肩の茂みに身を隠してついて行った。勘右衛門の緊張が見ているこちらにも伝わってくる。
俺たちは皆手に汗握ってあいつの反応を見守った。少なくとも返事はあったようで、枝からはずしている。
遠目からでも勘右衛門の歓喜が伝わった。ああおめでたい奴。呆れると言うよりはむしろ、むずがゆい腹立たしさがこみ上げてきた。
勘右衛門の気配に気づいたのか、店から娘が出てきた。俺たちはごく、と唾を飲み込んだ
声をかけられ勘右衛門は一気に頬を上気させた。
俺たちは会話を聞こうともっと近くの茂みに移動し、息を殺して会話に耳を澄ませた。
「まだお読みになっていないでしょう?」
「え?うん」
すると娘の方も気恥ずかしそうにうつむいている。
「そんなものは早く捨ててくださいね」
「それは無理」
勘右衛門はざっと手紙に目を通す。そしてもう一度娘の方を見据えた。
「どうして」
どうして?何がどうしてなのだろうか。俺たちは目を凝らして手紙を読もうと思ったがさすがにここからでは見えない。
「どうして俺があんたのことを好きになったか、知ったらこの返事は変わんのか」
どうやら勘右衛門にとってあまり良い返事ではなかったようだ。
「いえ、きっと変わらないよ。あまりに急ですから」
あいつは頭を抱えて少しの間気恥ずかしそうにしていた。
「じゃあ、教えてやるよ」
勘右衛門は近頃久しく見ていない、本当に穏やかな表情をしていた。
「俺はあんたみたいな女と静かに幸せに生きていきたいって思ったんだ。見栄も張んなくて良い、必要以上に気を使わなくて良い、何より一緒にいて心が安まる、あんたみたいな人と」
後の方では力説するあまり、あいつは女の肩をつかんで今にも襲いかかりそうな剣幕でそう伝える。
「話くらいなら聞いてあげられるわ。・・・・・・またいつでもいらっしゃい」
勘右衛門は遂にしびれを切らした。
そして倒れ込んで女の上にのしかかる。
「言わせるだけ言わせておいて・・・・・・。俺がどんだけ本気で考えているのか分かってないな」
どうしてだか、この状況になっても店の親父さんは出てこない。
「分かる訳ないよ」
体をこすりあわせて密着しようとする勘右衛門に抵抗はしないが、流されてもいなかった。
「なあ、分かれよ。毎晩苦しいんだよ」
俺たちも今更あいつがそれほど真剣に思い詰めていたんだと知った。これだけ身近にいても分からないのだから、あの女が分かるはずもない。
「恵」
耳元で名前を呼んで頬をなで上げる。三郎は雷蔵の目を手で覆ってかくしていた。三郎、お前は保護者か?
「そろそろ助けを呼びますよ」
「・・・・・・そんなこと予告したら口をふさぐに決まってんだろ」
ああ、あの娘、本当に世間知らずだ。
俺達は衝動的に勘右衛門とその女を引きはがす。
「ぁっ・・・・・・おい、お前ら!何すんだよ!」
「あら、あなた達は」
乱れた服を直し、女は平然と立ち上がる。
「ありがとう」
その笑顔は、俺だけに向けられていた。
外出する勘右衛門を尾行し続けるわけにはいかない。なぜなら俺は、まあ、不良、とまではいかないかも知れないが、とにかく優等生ではないからだ。勘右衛門の方がよっぽど成績は良いから俺が尾行したところですぐにばれる。それなら俺はどうしたのか。
尾行ではなく、同行したのだ。
毎回毎回俺が付いて来るものだから勘右衛門は嫌気がさしたらしく最近はあまり外出をしない。全く何で俺がこんな事しなけりゃならないのか。友人にうざがられてまで守り抜きたいと思うほどの女性ではないのに。
珍しく勘右衛門に学級委員長委員会の仕事があって、絶対に外出ができないと分かっている日である今日、俺は何週間ぶりだか分からないが、とにかく本当に久しぶりにゆっくり部屋で休んだ。
午前を丸々寝て過ごした後は一人で街に出ることにした。
あの団子屋がある道は通らずに大きな街へ出る。学園からの距離も程よく、栄えているこの町では忍たまたちにも人気だ。
三郎もここで変装用の小道具を調達しているらしい。
活気あふれる街は眺めているだけでも楽しい。久しぶりの平穏な日だ。
そして、その平穏は長くは続かなかった。なぜだ。俺は伊作先輩との関わりは少ないはずなのに。
かんざしや香り袋など、女性用の雑貨屋が多く立ち並ぶ通りを歩いていたとき。視界の隅を見たことのある顔が横切った。
俺とあの団子屋の娘は、どうしようもない腐れ縁で結ばれているらしい。
幸い相手はこちらに気づいていないようだから知らぬふりをして通り過ぎよう。ところが、しばらく様子を見ているうちに俺の固い決意はどういうわけだかしぼんでしまった。気づけば吸い寄せられるようにその娘の方に近寄っていた。
「おい」
かなりぶっきらぼうな声が出た。当たり前だが、娘は声をかけられると思っていないので盛大に驚く。
「あ、あなたは」
どうして声をかけたのか。それは俺にもわからない。ただお前の横顔にあまりに胸が締め付けられたから。
なあ、どうしてそんなに透き通った眼をしているんだ、お前は。
「覚えてんのか、俺の事」
「ええ」
俺と団子屋の娘の間に降りる歯がゆい沈黙。ああ、そろそろ名前で呼んでやってもいいかもしれない。
「買い物?お遣いか」
「まあそうですよ。あなたは」
店で見るより大人びている。心なしか気持ちにも余裕があるみたいだった。何より今は、店の娘と客という間柄ではないから必要以上にへりくだったりはしていなかった。
「俺は暇つぶし」
「そう」
また元のように綺麗なかんざしや櫛に目を向ける。深緑にうさぎの模様が描いてある櫛が気に入ったようでいそいそと買っていた。
俺が買ってやればよかったのかもしれないが、俺とあの娘の間柄はどうも、そんな事をしてやったところでどうにもならない気がした。
「あら、まだいたの」
店から出てきた女を出迎える形になってしまった。
「もうお遣いの買い物は済んだのか?」
「はい」
「あ、そ」
女はまだ付いて来る俺を不思議そうな顔をしながらも追い払うことはしない。少し進んで立ち止まり、まだ後ろに俺がいるかどうかを確認し、また進む。そんなこの女の行動は見ていて飽きない。
「ここに居るって。安心して進めよ」
あまりに何度も振り返るものだから可笑しくて、そう言ってやった。
「ついて来てとは頼んでいませんが」
「いいだろ別に」
呆れたのか諦めたのか、それからは一度も振り返らずに進んだ。
そこでふと、いたずらを思いついてしまった。
俺は気配を消して道の脇にあった雑木林に身を隠しながらついていく。
「あれ?」
そのまましばらく行くと、ようやく女は俺が後ろにいないことに気づいた。さあ、どんな反応をするだろう。
俺を見失った女の行動はあっさりしていてつまらなかった。まあ元から一緒にどこかへ行こうと言っていたわけでもないから、そんな男が消えようとどうも思わないのだろう。
女は振り返って俺がいないことを確認するとまた元のように歩き出した。
少しくらい動揺してくれた方が俺としては楽しかったのだが、まあそんな独りよがりを押しつけるわけには行かない。
俺は今日はこのまま学園に帰ることにした。
嫌が上でもこの女とはまたどこかで会うことになるんだろうと俺の野生の勘がそう言っていた。だから今日はこのままで良い。
___________
町であの女にあって以来七日は経ったが、俺も勘右衛門もすでにそんな奴が居たという事を記憶の片隅に追いやって学園生活を送っていた。
休みでなければそう町には出ないし、俺にとってもおそらく勘右衛門にとってもその女はその程度の存在だった。
「おい、聞いたか八左ヱ門」
「なんだ朝っぱらから」
朝の鍛錬を終え、井戸で水を浴びてさっぱりしようとそこに向かっていると後ろから同じく鍛錬後と思われる三郎が声をかけてきた。
「お前、あの団子屋の女を覚えているか?」
なぜだかこれ以上聞きたくもないような話だと言うことがすぐに分かった。
「覚えて・・・・・・ねえよ」
「嘘下手だなお前」
「うるせえ。・・・・・・で、何だよ、その女がどうした」
三郎は俺の肩に手をおいて呆れ顔で首を横に振った。
「お前、それくらい言われなくても分かれよ。勘右衛門あの女にご執心だったろ」
「ああ、遂に手を出しちまったのか」
「そんな事じゃない。いやあ、やっちまったな、あいつも。聞けよ。恋文渡したんだってよ」
俺は二の句が継げなかった。何だ、勘右衛門。お前はそんなに純真な奴だったのか?恋文?このご時世に、恋文?平安時代か?それともお前はお坊ちゃまか?
戦国乱世。ましてや俺たちは忍者の卵。好きな女は奪うもんだろ。相手もくノ一というのならまだ分かるが、ただの町娘相手に、恋文。
勘右衛門がそこまで思い詰めていたとは知らなかった。
「・・・・・・どう渡したんだよ。」
「店の前の木の枝に結びつけておいたんだとさ、あいつそんな甘ったるいこと考える奴だったか?」
「それ、娘の方もよく気がついたな」
ところが三郎は意味深長な笑い方をしている。
「まだなんかあんのか?」
「返事はまだ見ていないらしいぜ。昨日結んだらしいから、今日の放課後見に行くらしい。・・・・・・八左ヱ門も、くるだろ?」
かくして俺は、町で会ってからたった七日後、またあの女のいる店へと向かうことになったわけだ。
放課後、なぜか兵助と雷蔵も付いてくる形で勘右衛門御一行は出発した。勘右衛門は意気揚々と。俺は嫌々に。
「勘右衛門、そもそも気づかれているかどうかも分からないのにどうしてそんなに期待に満ちた顔をしていられるんだい?」
兵助、よくぞ聞いた。
「気づかないわけがない、目線の高さを考えて結んだんだからな」
「もし娘さんじゃない人に見られていたらどうするのさ。乱、きり、しんとか」
雷蔵も鋭いつっこみを入れる。
せめて皆で行くことができて助かった。五人でいれば俺だけが歯止めとして踏ん張らなくても皆で暴走を止められる。
「それはねえな」
あからさまに上の空と言った様子で、周りには心なしかお花畑が見える。
「だめだ、こいつもう自分の世界に浸ってるぜ」
つい数週間前、似たような光景を見た気がした。伊賀崎孫兵。そうだ、あいつだ。
例の団子屋が見え始めたあたりで俺たちは路肩の茂みに身を隠してついて行った。勘右衛門の緊張が見ているこちらにも伝わってくる。
俺たちは皆手に汗握ってあいつの反応を見守った。少なくとも返事はあったようで、枝からはずしている。
遠目からでも勘右衛門の歓喜が伝わった。ああおめでたい奴。呆れると言うよりはむしろ、むずがゆい腹立たしさがこみ上げてきた。
勘右衛門の気配に気づいたのか、店から娘が出てきた。俺たちはごく、と唾を飲み込んだ
声をかけられ勘右衛門は一気に頬を上気させた。
俺たちは会話を聞こうともっと近くの茂みに移動し、息を殺して会話に耳を澄ませた。
「まだお読みになっていないでしょう?」
「え?うん」
すると娘の方も気恥ずかしそうにうつむいている。
「そんなものは早く捨ててくださいね」
「それは無理」
勘右衛門はざっと手紙に目を通す。そしてもう一度娘の方を見据えた。
「どうして」
どうして?何がどうしてなのだろうか。俺たちは目を凝らして手紙を読もうと思ったがさすがにここからでは見えない。
「どうして俺があんたのことを好きになったか、知ったらこの返事は変わんのか」
どうやら勘右衛門にとってあまり良い返事ではなかったようだ。
「いえ、きっと変わらないよ。あまりに急ですから」
あいつは頭を抱えて少しの間気恥ずかしそうにしていた。
「じゃあ、教えてやるよ」
勘右衛門は近頃久しく見ていない、本当に穏やかな表情をしていた。
「俺はあんたみたいな女と静かに幸せに生きていきたいって思ったんだ。見栄も張んなくて良い、必要以上に気を使わなくて良い、何より一緒にいて心が安まる、あんたみたいな人と」
後の方では力説するあまり、あいつは女の肩をつかんで今にも襲いかかりそうな剣幕でそう伝える。
「話くらいなら聞いてあげられるわ。・・・・・・またいつでもいらっしゃい」
勘右衛門は遂にしびれを切らした。
そして倒れ込んで女の上にのしかかる。
「言わせるだけ言わせておいて・・・・・・。俺がどんだけ本気で考えているのか分かってないな」
どうしてだか、この状況になっても店の親父さんは出てこない。
「分かる訳ないよ」
体をこすりあわせて密着しようとする勘右衛門に抵抗はしないが、流されてもいなかった。
「なあ、分かれよ。毎晩苦しいんだよ」
俺たちも今更あいつがそれほど真剣に思い詰めていたんだと知った。これだけ身近にいても分からないのだから、あの女が分かるはずもない。
「恵」
耳元で名前を呼んで頬をなで上げる。三郎は雷蔵の目を手で覆ってかくしていた。三郎、お前は保護者か?
「そろそろ助けを呼びますよ」
「・・・・・・そんなこと予告したら口をふさぐに決まってんだろ」
ああ、あの娘、本当に世間知らずだ。
俺達は衝動的に勘右衛門とその女を引きはがす。
「ぁっ・・・・・・おい、お前ら!何すんだよ!」
「あら、あなた達は」
乱れた服を直し、女は平然と立ち上がる。
「ありがとう」
その笑顔は、俺だけに向けられていた。