まるマのつくシリーズ



4月1日。俺は生涯この日を忘れないと思う。


「それでつまり、眞王陛下はその強大なお力で邪悪な創主をうちまかし、自由な人の世をお作りになったのです。」
ギュンターが本の一節をうっとりとした調子で読み上げた。彼が発したその一節は、通算25回めに当たる。何十枚にも積み上げられた書類の山に『渋谷有利原宿不利』と書き連ねながら、27第魔王陛下は熱い視線を送っている王佐にいつもの調子で声をかけた。このまま王佐兼教育係を放置しておくのは得策ではないと、彼と息をした年月が語っている。(そう長い訳でも無いが。)
「そろそろ手伝ってよギュンター。」
するとこの教育係は何やら変な汁を飛ばしながらこちらをみやった。
「あぁ陛下!私などを頼りにしてくださっているのですか?あぁ!このフォンクライストギュンター、陛下に一生着いていく所存でございます!あぁ私の陛下!」
その陛下っての、やめて欲しいなぁ、と思いながら筆を動かす。
そんなあまり変わらない平和な日常のはずだった。


ギュンターの話を延々聞きながら書類に目を通す。
スゴい量だなぁ、とかって思ってみたり。
だが、今日中にこれを終わらせなければ、魔族似てない三兄弟だけど意外と似ている三兄弟の長兄、苦労の絶えないフォンヴォルテール郷グエンダルの容貌に、さらに渋みが加わる事となるだろう。(眉間に深い皺がひとつ刻まれることに要因する。)それは断じて避けなければいけない。
溜め息をついて、ペンを止める。しばらくは静かな時間が流れていく。もう春だよな~とか思いながら、再び筆をとった、その時だった。
「ユーリ!」
怒りも露にノックもせずドアを開け放った三男に、ギュンターが静止の声を上げた。
「ヴォルフラム、お静かになさい!陛下は只今執務中です。それからドアを叩かずに無遠慮に陛下のお部屋に入って喚き散らすとは何事ですか!」
「そんな事はどうでもいい!ユーリ!貴様この僕をさしおいてギュンターと楽しく・・・見損なったぞ!この浮気者!」
その言葉にびっくりして、危うくインクの入ったビンをとり落としそうになる。
「何で俺がギュンターと楽しく仕事しなきゃなんないの!」
「陛下~あんまりですぅ~私はっいかなる時も陛下に付き従う愛の奴隷です!例え火の中水の中!何でしたらあのこのスカートの中でさえ!私は参ります。あぁっ私の陛下!第27第魔王陛下ユーリ陛下の治世栄えあれ!我等の持てる最後の一滴まで貴方のモノ!我々は、命有る限りユーリ陛下におつかえいたします。」
「俺っていつからポケモンになったの?」
「コンラートに聞いたのです。陛下のお国では愛が溢れ出すとそのお方を追いかける習わしだとか」
「ギュンター違う、それストーカー。やったら犯罪になるから。」
ヴォルフラムを無視して話していたのが悪かったのか、ヴォルフラムがワナワナ震え、そしてついに爆発した。俺は耳を急いで塞いだ。
「ぬぁ~にが『私の陛下』だっ!このへなちょこは僕の婚約者だ!」
塞いだ耳をとって、一言だけ言い返す。
「へなちょこ言うな!」
「お前なんぞへなちょこで十分だ!」
余りの言いように、ギュンターが口を挟む。
「ヴォルフラム、陛下に何て事をおっしゃるのですか!陛下、何故このような我が儘プーに求婚なんかなさったのです。」
「そんなの俺が聞きたいよ!大体、あの個性的な求婚の仕方って一体どこから始まったワケ?納得行くように説明してよ!」


ガタッと勢い余って立ち上がった俺に、ヴォルフラムが呆れた顔で答えた。
「何だユーリ!そんな事も知らないのか?」
その言葉にカチンッと来た俺の頭の中は既にトルコ行進曲がハイスピードで流れている。
「じゃあ何か?ヴォルフラムは知ってんの?」
「それはだな、みだりに口にしてはならないお方がだな。あるこ」
「みだりに口にしてはならないお方って誰だよ!」
このはた迷惑な関係に陥ってしまったのはあの時のセイだ。あの時『取り消す』と言っていればこんなことには・・・と思ったら溜め息が出てくる。この関係のセイで、歳上(ものっそい)の男しか興味がないのだと、中2中3とクラスが一緒だったメガネ君こと村田健に思われてしまった。村田・・・?そうだ村田だよ!
立ち上がった姿勢をそのままに、俺は椅子を退いた。魔族の発端である彼がこのことを知らないハズがない。
「へっ陛下どちらに?」
ギュンターが止めるのを無視して俺は歩き出す。
「ちょっと眞王廟に行ってくる」
「何の用でだ?」
「決まってんじゃん。村田に会う為だよ!」
「・・・猊下なら血盟城にいらっしゃってますよ。コンラートの所へ。」
「へ?何で。そう言えばコンラッドもいないなぁ。」
「何でと言われましても。・・・可愛いらしいお顔で『秘密』と双黒の瞳を潤ませながら言われましたら、私はっ!」
「ストーップ!ギュンター、それ以上は言わなくていいよ。」
これから先、この教育係の言うことははっきり言って聞きたくない。可哀想だが黙って貰おう。
「これからコンラッドの所に行く!」
「ですが陛下、この書類は?」
「一段落着いたから休憩!歩いて扉を開けようとしたら、俺が開ける前にドアノブが動き、扉が開いた。
扉が開いた先にある、双黒の瞳とかち合って、一瞬息をするのを忘れてしまった。瞬きをする相手の瞳を見ながら、やっぱ同じ黒だけど違うよなぁ。とか思ってたら、相手が怪訝な顔で聞いてきた。
「何?渋谷。僕の顔に何かついてる?」
聞かれて、結構な時間ジロジロ見てた事に気付く。
「いやぁ、ドアがいきなり開いたもんで、またアニシナさんに改造されちゃったかと。顔には何もついてないよ。」
とりあえず誤魔化しとく。
「彼女の被害に遇うのは、後ろの彼だけで充分だよ。それに、顔に何もついてなかったら、僕はのっぺらぼうだよ渋谷。今から休憩?」
さっきまでの話題の人物である双黒の大賢者様村田は、彼の数歩後ろに眞魔国優秀な部下を三人連れて来ていた。
「とりあえず中に入ってよ。あらら。皆さんお揃いでどしたの?」
とりあえず皆を中に入れて村田に聞くと、中2中3とクラスが一緒のメガネ君は、彼独自の考えるポーズをとって、天井を見ながら言った。メガネが逆光だ。
「ん~ウェラー郷とはさっきから居たんだけど、此処へ来る途中でヨザックに会ってね、陛下の執務室に行くんだって言ったら、ついてくって訊かなくて、仕様がなく連れて来たら扉の前でフォンヴォルテール郷に会ったんだよ。何か質問は?陛下。」
「イヤ、無いです。」
しまった。笑顔に一瞬ノックアウトされるところだった。落ち着け、渋谷有利原宿不利恵比須便利!お前は魔王だ!悪の頭だ(悪くないけど)!・・・この際へなちょこなのは置いておく。
「で?俺に何か」
言おうとしたら遮られた。「うん。そんなに大した用でも無いんだけどね。」
そう言って、俺の大賢者は執務室のソファーに座った。


******


ぞろぞろと中に入って来た人たちを見て、何か軍事会議っぽいなぁ、とか思ってたら、いきなり村田が話を切り出した。
「で、早速なんだけど」
息を吐いて俺を見る。表情が暗いのは何か重たい事でもあったからか?また、大シマロンが動き出したとか。複雑な表情をしていたらしい俺に気付いた親友は、俺の顔を見て苦笑した。
そんな顔すると幸せが逃げるぞ~。心の中で言ってみる。
「大丈夫渋谷。大シマロンが攻めてくるぅとか、そういうことじゃないから。ホントに下らない事なんだ。」
「んじゃ聞くけど、何でそんな暗いの?」
すると村田は笑顔で言ってのけた。
「大した事じゃないよ。あの馬鹿がまたやらかしたってだけの事だから。」
その言葉に、教育係の顔色が一瞬で蒼白に変わり、長男の眉間に皺が刻まれる。見事だ。と人事のように思ってたら、付け加えられた。
「だから渋谷にちょっとだけ、お仕置きして貰おうと思って。」
にっこり。と可愛く笑う大賢者に、今度は俺が震え上がった。この場合、『あの馬鹿』というのは眞王の事である。

メガネを中指で押し上げて、俺の方を見る大賢者に柄にもなくドキッとした。
俺とは違う双黒の瞳が、艶めいて、揺れる。
「どうお仕置きしようか、ウェラー郷と話をしてたんだけど、いい案が思いつかなくてね。で、無い頭を絞って考えた結果、一時期僕がこちらにいるってこと。でも部屋が無いから・・・渋谷の部屋に泊めてね。」
「・・・。村田、本気?」
つい、気になってしまった。眞王と村田の間で何があったのかは、解らないが、建国の父と母が喧嘩するのは、いつもだけど、こっちに泊める、というのはかなりのことだ。意見でも食い違ったのかな。
「僕は本気だよ渋谷。本気と書いてマジと読むくらい本気だよ。あっちが謝って来ない限り、僕は帰らない。」
「だけどさ、一回くらい話し合いの場を持とうよ。何があったかは知らないけど、誤解があるかもしれないし。」
「誤解も何も無いよ。絶対的にあっちが悪い!」
後々眞王にいじめられる事決定的な俺の意見は無視。「それでしたら、メイド達に猊下のお部屋をすぐ用意させますが。」
ギュンターの言葉に村田は笑顔で答えた。
「それじゃ、お仕置きにならないから渋谷の部屋に泊めて貰うの。きっと歯をギシギシさせながら悔しがるよ。ちょ~楽しみ!」
楽しみなのは貴方だけです。
俺はご遠慮願いたいです。
「でもなぁ村田!」
喧嘩に俺を巻き込むなよ。と言おうとして、村田が首をかしげていることに気付く。目が・・・うるうるだ。
「渋谷・・・ダメ?」

・・・しまった。俺はこの手の顔に弱い。
ゴメンよ村田!今すぐそのおっきな瞳からこぼれ落ちそうな涙拭いて!あぁそんな肩プルプルさせんなって!小動物みたいで可愛いから!どっかの誰かが凝視してるから!ダメだって、此処は野獣の群なんだから!あーだからそんな上目遣いとかすんなって!ほっぺが赤くて刺激が強すぎ!色っぽ過ぎ!そーだよなぁ。いくら眞王だからって村田に酷いことするなら誰だって一緒・・・って!何考えてんだよ!渋谷有利原宿不利恵比須便利!
落ち着け。自分にそういいきかせ、俺は周りにいた部下達を睨んだ。

俺に睨まれた部下達は素早く下や横を向くなどして、俺から視線を外す。
これは油断ならない。そんな密かな攻防戦が繰り広げられている中、知ってか知らずか村田は話しを続けた。
「ちなみに渋谷がどうしても駄目って言うなら、僕はヨザックの部屋に泊まるけどいい?」
その言葉に俺は一瞬意識を喪いかけたが、なんとか踏み止まった。そんな俺の心配など知らない優秀なお庭番は、喜んで声をあげた。「イヤァ~ン!猊下ったらぁ。そうと決まってるんでしたら早く言って下さればよかったのにぃ。・・・すぐ準備してきます。」
あ、ギュンター倒れた。
っていうか、そんなのできるわけないよ(涙)
つまりこうゆこと。決定打ってこと!
「いいよ村田。泊まってけ。ただし、俺の部屋に。」
ヨザックには悪いけど、そんなミス上腕二等筋が寝起きするとこに、可愛い村田をおいては置けません。
・・・私情?
イヤイヤ、そんなことは無いぞ。そんなことは!
「えぇ~!!そんな坊っちゃんあんまりよぉ!」
嘆くグリ江ちゃんを横目に、俺はとにかく言い切った。
「村田は俺の部屋に泊める!これ決定!」
これぞ王様宣言。
優秀なお庭番の肩がガクッと落ちて、それをコンラッドが笑って見ている。
ギュンターはまだ口から泡を吹いて倒れたままだ。
・・・ってはい?泡?それってものすんごくヤバくないか?!
「うわぁ!ギュンターしっかりしろ!まだ死んだらダメだって!コンラッド何してんだよ、早くギーゼラさん呼んで来てってば!」
「はい陛下。」
「陛下って呼ぶな名付け親!」
「わかってるよユーリ。」
全然わかって無い気がするのは俺だけでしょうか。
とりあえずギュンターの頭を膝の上に置いて、微力だが魔力を使ってみる。少しだけどギュンターが良くなってる気がする。
すると村田が優しく笑いながら俺の隣に膝を着いた。
「フォンクライスト郷には刺激が強かったかな。」
・・・さっきの、ヨザック云々は策略だったな村田。隣に座った小さな策士を(俺とそんな変わりないけど)見ていたら、そういえば聞きたいことがあったんだ、と思い出した。
「村田あのさ、こ」
言おうとしたら、ドアが盛大に開いてギーゼラさんとコンラッドが入ってきた。
「お父様!」
すぐさま駆け寄って、額に手を置くと、ほっ。と息を吐いた。
「ありがとうございます、陛下。この分だと、回復も早いでしょう。ですが、今日はもうお暇をいただいてよろしいでしょうか?」
そんな恐い笑顔向けないで、軍曹さん。
「もちろんです。お大事に。」
「ありがとうございます、陛下」
そうして一人減った人数で多大な書類を夜までに仕上げなくてはいけなくなりました。これって、墓穴?


一仕事終えて部屋に帰ると、巨大な王様仕様のベッドの上に大賢者が転がっていた。どうりで探しまわってもいないハズだ。ちぇっ、書類手伝ってもらおうと思ったのに。
村田は血盟城内に限り、逃げるのが上手い気がする。あれかな。秘密の通路とか部屋とかあんのかな。
・・・題して『村田健と秘密の部屋』なんか・・・うん。敢えて突っ込んでくれるな。
考えた俺が多分一番ショックです。ごめんなさい。村田ごめんなさい。
俺が一人で悶々としてたら、村田が寝惚け眼をこすりこすりしてゆっくり起き上がった。髪がいつもより四方八方にとんでいる。
「おかえり渋谷。遅かったね。」
メガネがない為か、俺と視線が合わない。
どーしよう!可愛いよ!脳殺だよ!
危うく理性が吹っ飛んでしまうところだったのを、なんとか思い止まった。
今村田に手を出したら間違いなく『名前を言ってはいけないあの人』から天罰と言う名の報復が来る。 待てよ。『名前を言ってはいけないあの人』?ハリポタ?
イヤイヤいやぁ・・・良いんだよ、そんなことは
ゴホンッ!!
いくら無鉄砲とか無計画とか言われてる俺でも、それだけはゴメン被りたい。
色々考えてたら、いつもと違うことに気付いた。
「あれ?村田。ヴォルフラムは?」
漸く目が覚めてきたように見えたので、とりあえず聞いてみる。村田は、布団の上を這いながらベッドのすぐ近くの机の上に置いてあったメガネをとって、かけた。
やっと視線がかち合う。
「あぁ。彼なら猊下がいるなら僕は帰るって、さっき帰ったよ。」
恐るべし大賢者様。元プリ我が儘プーも敵わず。憐れヴォルフラム。
「それで?君は僕に聞きたいことがあったんじゃないかな?」
だからここで待ってたんだけど。と、村田は言った。
エスパー村田?いや、そうじゃなくて。凄いなぁ。何で分かったんだ?
俺がまた一人で悶々と考えこんでいると、村田は呆れたように笑い、首を傾けた。
「今、何で分かったんだ?って思ったでしょ」
びっくりして顔をあげると、村田がダラッと傾けた首が眩しい。・・・誘ってる?クリスティンさん。こっちは準備万端・・・じゃなくて!落ち着け渋谷有利原宿不利!何か言い返せ!
「いやぁ、思ったけど。」
村田の目がメガネ越しに細められる。
「あの・・・そう。喧嘩、何が原因?」
「あぁ。眞王のこと?本当に下らないよ?」
「聞きたい。」
「僕が、春って言ったら花見だよねって言ったら、あっちが花は枝下梅っていったから反論したら、逆ギレした。」
「へぇ」
「なんだよ渋谷。いちへぇかよ!」
って!死ぬほど下らねぇ。
「まぁ、彼と意見が合わないのは前からだけどね。」
「はいはい。」
「でも、春って言ったらチューリップだって僕は思うんだ。枝下梅なんか春って言うより、春前だって思わないかい?渋谷もそう思うだろ?絶対そうだって!」
・・・下らねぇ。ってか日本人春は桜なんじゃ。
「それで怒って眞王廟飛び出したんだ。」
「祭壇ぶっ壊してね。」
恐るべし大賢者。
「あー・・・うん。」
何があっても村田には逆らわないでおこう。
鼻息も荒く言い終わった村田は猫みたくコロンッと転がってうつ伏せになった。何?やっぱスネてんの?
「う~」
「唸るなって村田。」
それ、俺の枕です。
村田は足をばたばたさせたり手をばたばたさせたり。村田ぁ、ヴォルフラムみたいにネグリジェ着てるの、お忘れなく。足、際どいところまで見えてますけど。誘ってるんですか?
襲っちゃいますよ?
とりあえずベッドの上に腰掛ける。ギシッとベッドが揺れて軋む。なんか卑猥だ。
「渋谷・・・?」
四方八方に跳ねた髪をやわくやわく撫でる。
ほわほわした心地いい感触が手に伝わると、俺はそのまま村田に頭を寄せた。


******


いつになく渋谷が情熱的だったから、煽っちゃったかな?と、苦笑する。
別にその行動を止めてもいいんだけど、生憎。今は結構その気になってる。こういうの、ほだされてるって言うのかな?
結局のところ、僕は渋谷がとても大切で、自分の体や頭で出来る事を彼が望んだら、きっと全身全霊を尽してそれに応えるだろう。
双黒の大賢者、としてではなく、村田健個人として。例えばそれがこんな行為だったとしても。
彼の突拍子のない行動には多大な興味があるし、朗らかに笑う、僕にはないあの明るさもとても気に入っている。そしてこんな行為にも応じてしまうくらい、ほだされてる。僕って、渋谷馬鹿に・・・なるのかな。ちょっとやだな。そんな事実。
伝説のダイケンジャー村田さんは、実は渋谷馬鹿でした~ですのことよ?!
恥ずかしくない?ねぇ、恥ずかしくない?

意識が逸れてることが気に食わなかったのか、うなじをキツク吸われる感触で意識が戻った。
「何考えてたんだ?」
語尾に少し怒りが含まれてることに笑う。
「気になる?」
「眞王のこととかだったら・・・」
「何で彼が出てくるの?」
ゆるやかに髪を撫でられる。その優しい指に目を細める。
「だったら何考えてたんだ?」
さっきとは違って怒りは含まれてない、純粋な質問。
「・・・君のことだよ。」
「俺の?」
「このまま、ほだされちゃって渋谷馬鹿のレッテルを貼られたらやだなぁ。って。」
「ヒデェ!」
「危機感を持つのは良いことなんだよ渋谷。」
「いいよ、そんな危機感なんて持たなくて。」
「僕はやだな。死因が溺死なんて。」
「何で溺死?」
「君に溺れ死=溺死。」
「それは・・・光栄な到り。」
渋谷は僕の前髪をかきあげて、額に口付けを落とした。
「じゃあ、心ゆくまで俺に溺れてください。」
「はいはい。」
笑って返すと、本格的に可愛がられた。
あぁ、なんて幸せ。
そう思いながら渋谷から視線を外し窓の外を見ると、夜の戸張が降りきって、星がキラキラ輝いていた。


*****




・・・致してしまった。

エンギワルーとかって鳴いてる鳥の声に驚いて、目を醒ましたら、朝から一発で後悔の念に囚われました。っていうかエンギワル鳥ウルサイです。
・・・じゃなくて!あぁ聞いて下さい。眞王陛下さん。
別に手を出すつもりはなかったんです。ただ、昨日の村田は犯罪級に可愛かったんだから!そりゃあもう理性も軽く吹っ飛ぶくらいに。
・・・懺悔します。ごめんなさい。
シーツを退かしてベッドから降りて伸びをすると、村田がモゾモゾと動いて、「うにゃあ」と小さく声をあげた。俺はなるべく音を立てないようにベッドの端に座った。
「起こした?」
村田はゆっくり起き上がって、まだ覚醒してない目をこすりこすり。
髪が昨日よりもさらにぐちゃぐちゃになっていて、おかしい。
意識がしっかりしてないせいか、まだ視線が合わない。
「・・・おはよう渋谷。」
とりあえず起きたらしい村田に、俺も挨拶を返す。
「おは、村田。」
布団の上で軽く伸びをしながら、目をこすりこすり。なんか猫みたいだ。
かわいいぞコラ。
春の陽気な空気が部屋をぽかぽかにする。
そのことに上機嫌に笑うと、俺は少し伸びをした。
・・・今日から4月。
素早くジャージに着替える渋谷をみやる。
あ、相変わらず適度に筋肉ついてるなぁ。・・・羨まし。僕も何かスポーツでも始めようかなぁ?
・・・野球以外で。
ヨザックみたいにあそこまでつかなくても良いから、せめて渋谷ぐらいはつけたいなぁ。何て考えてたら、渋谷がこっちに歩いてきた。
「そんな凝視してどしたの?」
優しい口付けが降りてくる。
「いやぁ、適度に筋肉はつけたいなぁって思ってただけ。」
「そのままで充分なんだけど。」
言われて顔に朱が走るのがわかった。
それを渋谷が見て「可愛い」とか言ったので、とりあえず一発殴っておいた。みぞおちにヒットしたらしく、くぐもった声を上げている。
・・・ざまぁみろ。
不敵に笑って素肌にシャツをはおる。釦に手をつけて三段目で、渋谷の寝室のドアがけたたましくなった。・・・多分、十中八区彼だ。
「ユーリ!ここを開けろ!この尻軽がっ!」
今回の彼の言い分は正しい。
「なんだよヴォルフラム。」
渋谷がゆっくりドアを開くと、真っ赤な顔をした彼、フォンビーレフェルト郷ヴォルフラムが立っていた。「何が“なんだ?”っだ!この尻軽がっ!」
「落ち着けって。ヴォルフラム。」
今日は言い訳できない渋谷がおかしい。アタフタと理由を考えているのが、実に微笑ましい。
ここはひとつ、このダイケンジャー村田様が助け船を出してあげよう。
僕は、渋谷と、フォンビーレフェルト郷の方に視線を移動した。
ヴォルフラムに向かってにんまり笑った村田に、俺は背筋が凍る。
なんか、恐ろしいオーラ出てますよ、村田さん。
俺が冷や汗もタラタラ村田を見ると、それに気付いた村田は今度は俺に、にっこり笑った。・・・あれ?普通に可愛く見える。
朝日でメガネが光っているが、間違いなく、俺の可愛い大賢者だった。
またヴォルフラムに視線を戻して、村田は冷笑した。「おはよう。フォンビーレフェルト郷。」
単なる笑顔に恐怖と威圧がかかる。
「朝からどうしたの?」
暗に、何で来た。と恐怖の大王、もとい、大賢者がヴォルフラムを叱咤する。
やはり、村田にだけは逆らわないでおこう。
「僕は昨日、言ったハズだよね?」
何を?と思ったがヴォルフラムが真っ赤になったので、内容はだいたい想像出来た。
つまり、俺がらみだ。
自惚れかもしれないが、村田は俺に関してだけ、独占が強い気がする。
・・・そゆとこ可愛いよな。
本人に言ったら殺されるケド。
俺が話しを聞かずにまったりしていると、急に話しを振られた。
「渋谷、君はどうしてこんな我が儘プーに求婚なんかしたの?」
一瞬言葉に詰まる。
「えっと、文化の相違?」
「文化の相違?どんな?」
村田が聞いて来る。
あれ?村田、知らないの?俺は、その経緯を話す為、口を開いた



かくかくしかじか、かくかくうまうまで、と俺が説明し終わると途端に村田が笑いだした。
「おい村田、そんな笑うなって。」
村田はお腹を抱えながら息も吐かずに笑いころげている。・・・村田さん?呼吸困難になりますよ?
「悪い渋谷。あ~おかしかった!」
一通り笑う事に満足した村田は、にっこり笑ってヴォルフラムと俺を見た。
「そー言えば。何でこんなしきたり出来ちゃったの?村田は知ってんだろ?」
「うん、もちろん。」
また思い出したのか、クスクス笑う。
「教えてくれよ。」
聞くと、村田は穏やかに笑って、窓の外に目をやった。
「まだ、残ってたのにびっくりしたよ。そもそもソレは、大賢者が考えた事でね。妃が中々決まらない眞王に、痺れを切らした彼は、眞王に気付かれないようにこの法を十貴族に浸透させてたんだ。彼、眞王は手ぐせが悪くて気に入らないことをした相手や、感情が高まったりするとつい、手を出してしまう癖があって。
・・・最低だよね?だから気に入らないことばかり言ってた僕は散々叩かれたよ。それが嫌だったし、妃もいい加減決めて欲しかったから、次に眞王が頬を叩いた相手をお妃にしようと思って実行したんだよ。」
村田が言い終わって、しばし唖然とした空気がながれる。
眞王のイメージが粉ごなになっていくのが解った
それでどうしたの?と聞いて来る渋谷とフォンビーレフェルト郷がおかしくて堪らない。
・・・フォンビーレフェルト郷は兎に角。渋谷、今日何の日か忘れてるね?
また笑いが込み上げてきた。昨日から眞王と考えた、題して『渋谷ドッキリ大作戦』は順調に進んでいる。
告白します(笑)

眞王と喧嘩したなんて真っ赤な嘘でーす。
だって今日エイプリールフールじゃない。
物事楽しく行こうよ(笑)
ちなみに、眞王の名誉の為に言っておくけど、眞王はそんなに乱暴じゃないし、僕、というより大賢者に手を上げた事なんて一度もないよ?あの求婚作法は、フォングランツ郷が、大賢者が左頬に誓いのキスって言ったのを、何を勘違いしたのか左頬を叩くって書いちゃって、訂正する前に公布しちゃったから、そのまま求婚作法として浸透しちゃったんだよね。あはは困った筋肉脳。
つまり、全部真っ赤な嘘でーす!

そうとは知らず渋谷は憐れんだ顔で僕を見た。
「可哀想になぁ村田。俺は絶対お前に手は上げないからな。」
・・・君ってとってもいいヤツだよね渋谷。


『でもやっぱり僕は、彼が憎めないんだ。』

村田はそう言って笑った。時間はあれからかなり経過していて、現在は昼食を食べ終えて、軽く運動をしている。ヴォルフラムとグレタがはしゃぎまわっている声を横に流しつつ、俺は村田の部屋が在るだろう場所をぼんやりと眺めた。
窓ガラスにハデなオレンジを見つけて、少しだけもやもやした。・・・なんか腹立つ。ヨザックのくせに。そんな理不尽なことを考えていたら、向こうでコンラッドが俺を呼んだ。
どうやら仕事の時間の様だ。
俺はストレッチを止めて、爽やか笑顔の次男に着いて行った。
着替える為に部屋に寄って、着替えようとしたらすんごく汗をかいていることに気付く。
「やっぱ風呂かな?」
少しの間だがグェンダルには我慢してもらって俺は風呂に入ることにした。


ザッと洗い流して、風呂を出、とことこ歩いていると、村田の部屋の扉が開いている。どうしたんだろうと思ってドアの中をそっと見て、驚愕し、後悔する。
ソファで昼寝の大賢者様は、お腹の上に大きな御本を乗っけてスヤスヤと寝息をたてていました。
・・・それは良いんだ、可愛いから。
問題はそのあと。なんでヴォルフラムより身長の高い人が、(しかも足が無い)いるんでーすかー?
ひとりパニックを起こしていると、その人物は、不敵にニヤリと笑って俺を見た。
大胆不敵に笑いながら眞王は、村田の髪をかきあげた。
いぶかしみながら見ていると、剥き出た額に顔をよせ・・・そしてそっと口付けた。
まるで愛しい者にそうするように、何度も口付ける。
・・・今度は閉じられた瞼の上に。
例え実体を持っていないとは言え、その行動は俺の頭に血を上らせるのは十分だった。
「触るなよ!」
嫉妬を剥き出しで放った言葉は、そのまま眞王の笑みに掻き消されてしまう。
ヤツは再び大胆不敵に笑って、空気に溶けていった。その存在が消えると同時に俺の大賢者が目を醒ました。
起き上がった大賢者は、俺の顔を見て笑った。
優しい微笑みだった。
「どうしたの?渋谷。」
甘く聞いてくる村田を、いきなり腕の中に押し込む。・・・まずはさっき眞王がしたことに対する消毒から。
強く抱き込んで、額に唇を落とす。
村田は驚き、目がめいいっぱい開かれる。
顔は先程よりほんのりと赤い。次は瞼の上に落とすと、村田はなんとなく理由がわかったらしく、儚く笑って、俺の腕をやんわりと押し返した。
「渋谷、彼が来たんだね?此処に。」
確信を持って言われた言葉に、少し悲しみを憶える。この場合も、『彼』というのは眞王のことである。
「・・・別に何でもないよ。」
と答えると、村田は腹を抱えてわらいだした。
「あっははははは!」
腹を抱えながら笑う大賢者。
こんなに村田が笑うのも珍しい。
何が起こったかわからないのでそのまま放置。
暫くして村田はあ~笑い死ぬぅ。とか呑気にいいながら、又笑い出した。
「あっははははは!僕もう限界!渋谷僕を殺す気?今死んだら、死因が笑死って書かれちゃうよ!」
何が何の事だかさっぱりわからない。
「大体、眞王が枝下梅なんて知る訳無いじゃないか!彼は花には興味なかったからね。」
そこで漸く村田の意図がわかった俺は、みっともなく床にヘタり込んだ。
「何だよ~。さては眞王と共謀して俺をからかったな?」
うなだれる俺に村田は更に笑い出した。
・・・顔が赤い。
「ヒー。あー渋谷。君今日が何の日か忘れてるね?あーおかし。」
「今日?4月1日だろ?それがどうし・・・あっ!」カッと顔に血が上るのが自分でもわかった。
そうだよ!今日エイプリールフールだった!
口を馬鹿みたいにパクパクさせながら言葉が出てこない俺を大賢者は一通り笑ったあと、「からかったのは謝るけど、いい目もみたでしょ?」としてやったり顔でいい放った。・・・そう言われると反論できない自分が悲しい。
クッソぅ図ったな!とかっこつけてみたりして。


執務室に帰ったあと、この事をヴォルフラムに話したら、あっというまに眞魔国中に広まってしまった。
・・・婚約者の力恐るべし。
あ、そういえばあの個性的な求婚の仕方は、結局解らずじまいだ。さりげなく聞いたら、笑って流された。
正直な日でもつくるか?


4月1日。
俺は絶対この日を忘れないと思う。


いや、あんまりだと思う!


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