ボクの好きな人


相変わらず毎日の練習はキツくて、彩子さんのハリセンは痛かったけど、僕は何とか頑張っていた。



頑張れる1番の理由は流川くんが居るからなんだけど
練習後の疲労感が嫌な事を全部忘れさせてくれるのが嬉しかった。



隣で一緒に基礎を続ける桜木くんにも少しずつ慣れて来て、やっと普通に会話が出来るまでになった。



そして、彼が恐い人間だと思っていたのは間違いかもしれないと思うようになった。



例えば僕が赤木キャプテンから厳しい叱責を受けた時
自ら道化て、さりげなく庇ってくれたりする。



後でお礼を言うと「カイワレモヤシなんか誰が助けるかよ」と照れたようにそっぽを向いた。



こんな僕を気に掛けてくれる桜木くんて、本当は良い人なのかもしれない。



だけど流川くんとは練習中はもちろん、昼休みさえもほとんど会話らしいものはなかった。



初めは僕がバスケ部に入ったのが気に入らないのかと思ったけど、特にそーゆぅ事でもなさそうで
決して自分のペースを崩さず普段通り屋上で昼寝をし
僕が予鈴を知らせれば「あぁ」と言って眠そうに目を擦った。



流川くんはどう思ってるんだろう、僕がバスケ部に入った事…



訊いてみたいけど、やっぱり訊けずにいる。









 「昼休み、体育館に来い
 この天才が特別に練習を見てやろう」



今朝登校すると、桜木くんにそう声を掛けられた。



すごく嬉しかった。



屋上で流川くんの寝顔を眺めるよりも
桜木くんの誘いに強く惹かれた。



ひょっとしたら僕は少しずつだけど、バスケが好きになって来ているのかもしれない。



昼休みが待ち遠しかった。









待ちかねた時間が来ると
僕は小走りで体育館へ向かった。



流川くんだって、たまには1人で起きるべきだ。



僕は流川くんの目覚まし時計じゃない!!



なんてね…



彼の目覚まし時計になれて大喜びしてたくせに、ずいぶん身勝手な物言いだと苦笑する。



そんな浮かれた気持ちが僕を注意散漫にしていた。



突然誰かとぶつかり
思い切り地面にしりもちをついた。



 「てめー、どこに目ぇ付けてやがるっ!!!!!」



恐ろしい声が響く。



僕は襟首をグィと掴まれ、あっという間に宙吊りにされた。



 「なんだぁ?
 このモヤシみてーなヤローはぁ
 見てるだけでイライラさせやがる」

 「なら俺らで根性入れ直してやるか?」

 「おもしれーなぁ、それ」



そして僕は校舎裏に引き摺り込まれた。



あんなに楽しみにしていた昼休みが見る見る地獄に変わっていく。



1人の拳が僕のミゾオチを直撃した。



一発食らっただけで気が遠くなる。



いい事は続かないんだな…
ついてない僕が作る僕は
やっぱりついてない僕でしかなかった



薄れる意識の中でボンヤリとそう思った。



疎らに生えた雑草の上に蹲り、僕は腹を押さえて嘔吐する。



その脇腹をまた容赦なく蹴り上げられ、地べたに仰向けに倒れた。



愉しそうな笑い声がする。



このまま殺されるかもしれない。



一度はどうでもいいと思った命なのに、急に死ぬのが怖くなった。



逃げなきゃ、ここから…



必死で立ち上がった背中にとどめの強烈な回し蹴りが決まる。



僕は校舎の壁に激突し、目の前に無数の星が飛んで
全てが真っ白になった。









遠くで誰かが呼んでいた。



意識がはっきりするにつれて全身の激しい痛みに
僕はうめき声をあげる。



 「大丈夫か、カイワレモヤシ」



聞き覚えのある声…



うっすら目を開くと赤い髪が視界に飛び込んで来た。



 「あんまりおせーから
 探しに来た」

 「……ご、ごめん、僕

 「もーいい
 ちゃんと礼はしといてやった」



激痛に堪え、ゆっくりと体を起こすと
僕を襲った生徒達が大の字に伸びていた。



 「カイワレモヤシにはバスケより
 まず喧嘩の仕方を教えてやらなきゃなんねーな」



そう言って桜木くんは笑った。



身体中がポカポカになる、優しい笑顔だった。


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