ボクの好きな人


体育館にドリブルするボールの音が反響している。



最近放課後、僕は大抵この場所にいる。



流川くんの練習を見ていると胸が高鳴って、その日あった嫌な事を全部忘れられるからだ。



相変わらずクラスでは影が薄く、不当な扱いを受ける事が多かったけど、不思議と前のように卑屈な気持ちにはならなくなっていた。



流川くんからもらった言葉は確実に僕を変えている。









 「バスケットが好きなの?」



突然声を掛けられ飛び上がった。



隣で僕と変わらない背丈の女子が笑っている。



全身に緊張が走った。



女の子に話しかけられるなんて入学以来初めてかもしれない。



 「このごろ毎日来てるよね?」

 「………」

 「好きなら入部してみませんか?」

 「ええっ!?」



僕は思わず声を上げた。



こ、この子、なに言ってんだよ!!!



 「あ、驚かせてごめんなさい
 私、赤木晴子と言います
 兄がバスケ部のキャプテンをしてるので、つい…」



ほぼ真横から来る赤木さんの視線に耐え切れず、僕は体育館から逃げ出した。



そして夢中で走った。



階段を駆け上がり無意識に屋上へ出る。



何も変わっちゃいなかった



これじゃ前とおんなじじゃないか…



荒い呼吸と激しい動悸。




遠くの景色が滲んで見えた。









翌日の放課後



散々考えた挙句、僕は体育館へ向かった。



バスケをする流川くんに会いたくて堪らなかったから…



どうやら赤木さんの姿は無いようで心底ホッとしたのも束の間、恐ろしい顔をした桜木くんが近づいてきた。



 「おいっ カイワレモヤシ!!!
 テメー昨日、晴子さんと楽しそうに何しゃべってたぁ!!」



胸ぐらを掴まれ、爪先立ちになる。



 「キツネのダチだからって調子に乗るんじゃねーぞコラ」

 「そ、そんな、僕は…



 パシィィィィィーーーン!!!!!



館内にハリセンの音が響いた。



 「桜木花道!!!
 真面目に練習しろっ」



僕を助けてくれたのは
バスケ部のマネージャーさんだった。



桜木くんは一発でシュンとなり頭を抱えて戻っていく。



凄い支配力だ……



 「ごめんね、大丈夫?」

 「…ぇぇ」



マネージャーさんにウィンクされて僕はクラクラする。



 「……あの、
 ありがとうございましたマネージャーさん」

 「彩子でいいわよ」

 「………」

 「あんた、最近よく来てるわね
 バスケに興味あるの?」

 「ぁ、…ぃぇ」



僕は俯いた。



逃げ出したい…



昨日と同じ衝動が全身を駆け抜ける。



でも、今逃げたらもう二度とこの場所に来る事が出来なくなる気がした。



そんなの嫌だ…
バスケをしてる流川くんに会えなくなるなんて!!



僕は無言のまま、辛うじてその場に立っていた。



 「あんたも話すの苦手なのね」



そんな僕に彩子さんが唐突に話し掛けてきた。



 「あのつり目で鬼みたいなオフェンスしてる奴
 中学の後輩なんだけど、あいつもおんなじ…
 昔っから口下手でさ」



すぐに流川くんの事だと判って胸がドキッとした。



 「あんな奴でもね、中三の時
 バスケ部のキャプテンやってたのよ」

 「え?……キャプテンて」

 「そ、普通は驚くよね?私も驚いた!
 絶対断るって思ってたけど
 何故かあいつ受けたのよキャプテンを…」

 「………」

 「キャプテンになったあいつは
 相変わらずほとんど喋らなかったけど
 その強気なプレイでチームをグイグイ引っ張っていったの」



確かに流川くんにはそういう不思議な力がある。



 「誰だって苦手な事はあるものよ
 でも、だからと言って目を閉じて逃げ出したらその先にある全てのチャンスを無くしてしまう事になる
 流川もあいつなりに大変だったろうけど、そこから得られた物は決して少なくないはずよ」



僕の視線の先で高くジャンプした流川くんが
ワンハンドダンクを決める。



飛び散る汗がキラキラ光って見えた。



やっぱりすごいや、キミって人は…



身体中が熱くなる。



うっとりしていると彩子さんに背中を叩かれた。



 「わかってる?
 これはあんたに言ってるのよ!!」

 「…?」

 「あんたもいつまでも逃げてないで踏み出しなさいって事よ!!
 わかってる、ホントはやってみたいんでしょ?バスケ
 大丈夫、私に任せて!!」

 「え?……えーッッ!!!
 ち、そ、や、やぁぁぁぁぁぁぁぁあ」



彩子さんは最初から完全に誤解して僕に近づいて来たんだと今、気付いた。



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