ボクの好きな人


結局、自分は勘違いしていただけだった。



最初から流川くんの友達になんてなれるわけなかったんだ。



ならば、どうして僕を抱き締めたりしたんだろう…



留学するという事より
むしろこっちの方が堪えていた。



 「あのキツネヤローには
 元々、友達なんていう
 高等な概念がないんだから気にすんな」



桜木くんはそう言って慰めてくれるけど、僕は愛想笑いで応えるしかなかった。



何気なく手に取った国語辞典で「友達」の意味を調べる。



『一緒に何かをする人(の集まり)』



そっか…、なるほどね。



それじゃ、どう考えても僕は流川くんにとって友達なわけがない。



身体中の力がすっかり抜けてしまった。



流川くんの一言で救われて
流川くんの一言で落ち込んで…



全く僕は何をやってるんだろう。



ずっと頑張って来た事が全部無意味に感じた。



渡米が決まってからも流川くんは普段と変わりなく
黙々と練習を続けている。



だから僕も出来る限り平静を装っている。



こうして同じ体育館で流川くんのプレイを見るのもあと僅かなのに…



本当はもっともっとその姿を目に焼き付けておきたいのに…



僕は流川くんを見るのが怖かった。



流川くんは最近、居残り練習をしなくなった。



噂によれば、毎日英会話の個人レッスンを受けているという。



それでも僕は1人で3Pシュートの練習を続けていた。



流川くんの居ない体育館はとても広くて静かだ。



やがてこれが当たり前になってしまうのかと思うと
やりきれなさが込み上げてくる。



何度打ってもリングに当たって跳ね返されるボールは
まるで流川くんに受け入れてもらえなかった僕そのものだ。



打つ度、惨めな気持ちが増幅されてますます萎える。



こんな意味の無い練習、早く終わらせてしまおう。



そう思った時、人が近づく気配を感じた。



 「カイワレくんは、何のためにバスケをやってるんだ?」



桜木くんだった。



 「オレは…
 上手くなりてぇから
 誰にも負けたくねぇから
 だからやってる
 それに、バスケが好きだからな」

 「桜木くん…?」

 「カイワレくんは本当にバスケが好きか?
 それとも……
 ルカワがいるから続けてるだけなのか?」

 「…っ!!」



僕を見下ろす桜木くんは
優しい顔をして少しだけ淋しそうに言った。



 「…ぼ、僕は

 「あのキツネヤローがアメリカに行っちまったら、バスケ部辞めちまうのか?」



…っっ!?



バスケ部を……、辞める?



考えてもみなかった事を桜木くんは口にした。



 「オレは…
 カイワレくんの事を友達だと思っている
 おまえはもう、昔のおまえじゃあねぇ
 立派なオレの仲間だ」

 「…桜木くん」

 「まぁな
 辞める辞めねぇはカイワレくんが決める事だがよ
 オレはまた基礎練習、付き合ってやってもいいぞ」



桜木くんは少しの間、照れたように頬を染めていたが
何も答えない僕を残して「じゃあな」と背を向けた。



僕は本当に流川くんがいるからバスケを続けて来たんだろうか…



確かにそうかもしれない。



でもそれだけじゃない気がする。



最初は彩子さんの勘違いで始めたバスケだったけど
今は早く宮益先輩みたいに上手くなって、スタメンになりたいと思ってる。



だから頑張って来たんじゃないか…



それが、あの日から僕が作って来た僕なんだ。



たとえ流川くんに友達だと思われてなくても
たとえ流川くんが湘北バスケ部から居なくなっても
そんな事、関係ないんだ。



だってここでバスケ部を辞めちゃったら、僕は元の道端の石ころに戻っちゃうじゃないか。



そんなの絶対いやだっ!!



 「待って!!」



僕は体育館を出ようとした桜木くんを呼び止めた。



 「辞めないよ僕
 …ずっと続ける
 僕もバスケ、好きだから」



振り返った桜木くんは
ニッコリ笑って大きく頷いてくれた。



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