ボクの好きな人


流川くんが留学する…



午前中、僕はその事で頭がいっぱいだった。



それはすなわち、僕の前から流川くんが居なくなってしまうという事だ。



どうして突然アメリカなんかに?



やっと繋がった絆が、いきなり断ち切られたようで
激しい憤りが噴き上がって来る。



昼休み



気持ちを抑え切れずに階段を駆け上がろうとした僕は誰かにグィと引き戻された。



 「どこへ行くカイワレ君」



それは桜木くんだった。



 「あ、…えっと」

 「ルカワか」

 「……うん」



伏し目がちで答える。



 「全く、どいつもこいつもキツネ男のハッタリに踊らされやがって!!」



桜木くんは心底不愉快な顔をした。



 「ハッタリって…
 じゃあ違うの?」

 「オレの知った事かっ!!」

 「………」

 「でもあのヤローがオレより目立とうとしてるのだけは間違いねぇぞ」

 「……桜木くん」

 「なんだ」

 「確かめたいんだよ、僕
 どうしても流川くんの口から本当の事を聞きたいんだ」

 「……どーしてもか?」

 「うん、どーしても」



僕は真っ直ぐ桜木くんの目を見て答える。



 「……仕方ねぇ
 そんじゃオレも付き合ってやるか
 カイワレ君の用心棒だ
 あのキツネ男、すぐに手ぇ出すからな」



桜木くんは照れくさそうに頭を掻いた。



屋上へ出る扉を開けるとすぐに流川くんが視界に入った。日陰になったその場所には心地良い風が吹き抜けている。


けれどゴロリと横になる姿はいつもと何一つ変わらないのに僕はなかなか一歩が踏み出せない。



そんな僕の肩を桜木くんがポンと叩いた。



 「てめえで確かめたいんじゃねーのか
 だいじょぶだ、オレがここで見ててやる」



桜木くんの笑顔が勇気をくれる。



僕は頷き、眠っている流川くんに近付くと
そっと横にしゃがんだ。



 「ねぇ、流川くん…
 起きてよ
 訊きたい事があるんだ」



僕の声に流川くんの長いまつ毛がゆっくりと動く。



 「……なんだ」

 「あ、…あのさ
 りゅ、留学の、事」

 「………」

 「…アメリカ、行っちゃうって」

 「……それがどーした」

 「本当、…なの?」

 「……あぁ」



短い返事の後、
流川くんはつまらなそうに目を閉じた。



僕はショックで、そのまま力なくペタリと尻をつく。



身体が小刻みに震えていた。



 「どうして……
 どうして何にも言ってくれなかったんだよ…」

 「……?」

 「何で一言も相談して

 「おまえ、なんか勘違いしてねーか」

 「…え?」



再び開いた流川くんの瞳は凍り付いていた。



 「だ、だって
 …友達じゃないか」

 「友達?
 ……誰がだ」

 「…っっ!!!」



一瞬、呼吸が出来ずに胸を押さえる。



流川くんの放った一言が
レーザー砲の如く僕の心を貫いて息の根を止めた。



コンクリートに尻を付いたまま、僕は少しも動けない。



と、突如屋上に怒声が響き渡った。



 「てめえぇぇえ
 ルカワぁぁぁあ!!!」



桜木くんが鬼の形相で走って来る。



 「カイワレ君に
 なに言ったぁぁぁあ!!!」



流川くんに掴み掛かろうとした桜木くんに
僕は咄嗟にしがみ付いた。



 「ええぃ、放せっ!!
 このヤローだけは絶対に許せねぇ!!」

 「フン…」

 「ダメだよ桜木くんっ
 いいんだ僕の事ならっ」



僕らが押し問答していると、流川くんがのっそりと立ち上がった。



 「待て、ルカワァ!!
 てめえ逃げんのかっ!!」

 「…んだと?」



2人の視線がぶつかり火花を散らす。



一触即発!!!



何とか食い止めなくちゃ!!



僕の頭には、もうそれしかなかった。



 「お願い、やめてよっ
 もういいんだ
 僕が勝手に勘違いしてただけなんだっ
 流川くんが……
 自分の友達だって…」



桜木くんの足に縋って僕は泣いた。



 「放せっ!!
 放さんかカイワレ君っ」

 「いやだっ
 放さないっ
 流川くん早く行って!!」

 「…チッ」



舌打ちした流川くんは踵を返す。



その後ろ姿は何故かとても淋しげだった。


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