ボクの好きな人


僕は以前、安田先輩から聞かされた恐ろしい話を思い出した。



きっとこの人なんだ
三井先輩と一緒にバスケ部を潰しに来たってのいうは…



出来る事ならこの場からすぐにでも逃げ出したかったけど、足が竦んで動かない。



全身に悪寒が走った。



 「おいっ、甲斐原
 そんなとこ突っ立ってねぇで早くこっち来い」



三井先輩に呼ばれた僕は
頭の天辺から声を上げてしまった。



そんな僕をバイクの男はジロリと見て煙草に火を着ける。



 「コイツはよ、俺のマブダチで鉄男ってんだ」



鉄男と呼ばれた三井先輩のマブダチさんはスゥーっと鼻から煙を出した。



 「こっちはバスケ部の後輩の甲斐原
 で、早速でわりぃんだが鉄男
 この野郎をお前の後ろに乗っけて適当にそこら辺ぶっ飛ばしてくんねーか?」

 「「…ハァ!?」」



僕と鉄男さんがハモッた。



 「ちょ、ちょっと待って下さいよ三井先輩!!」

 「何を考えている、三井」



僕らの反応が予め分かっていたように三井先輩はニヤリと笑った。



 「要はコイツに度胸をつけさせてーって話だ」



う、嘘だろ…!?
三井先輩の課外授業ってコレなの…?



 「三井先輩、僕は別に…」

 「遠慮すんな甲斐原
 おめぇにゃ、立派なバスケットマンになってもらいてーんだ」

 「立派なバスケットマンって…」



三井先輩の気持ちはとっても嬉しいけど無茶苦茶過ぎるよっ!!!
もっと他に違う方法があったんじゃないかな?



心で叫んでみても後の祭りだ。



 「三井
 お前、髪切ってずいぶんと趣味が変わったな」

 「うるせーよ、ほっとけ それより引き受けてくれんだろーな鉄男」




僕は鉄男さんが断ってくれる事を心から祈った。



もうそれ以外、逃げる道は残されていない。



鉄男さんは少し考えた後、煙草をポイと投げ捨てた。



 「乗れ」

 「…え?
 え――――っっ!!!!!」



僕の願いは儚く散った。



 「ありがとよ鉄男
 そー来なくっちゃな
 ほら、甲斐原
 行って来いっ」



三井先輩は嬉しそうに僕の尻を叩いた。



僕は半ベソをかきながら
やっとの事で鉄男さんのバイクの後ろにまたがる。



背もたれに寄り掛かり安心したのも束の間、バイクは爆音と共に急発進した。



振り返ると手を振る三井先輩が見る見る小さくなって行く。



流川くんの自転車の後ろとは次元が違った。



思わず鉄男さんの逞しい身体にしがみついて、ギュッと目を瞑る。



心臓がバクバク波打って、今にも振り落とされそうだ。



元々絶叫マシン系が大の苦手な僕は生きた心地がしない。



1分でも1秒でも早く、この拷問じみた課外授業が終わる事を願った。



海岸線を西に向かって爆走するバイクの後ろから突然、パトカーのサイレンが聞こえた。



『そこの2人乗りのバイク
 止まりなさい
 そのバイク!!!』



スピーカーから警官の声が響く。



 「て、鉄男さんっ!!!
 け、警察ですっ!!!」

 「チッ…
 撒くぞ、しっかり掴まってろよ」

 「え?
 ……え―――――っ!!!」



鉄男さんはそう言うと
対向車の鼻先を掠めて市街地へ右折した。



サイレンの音がどんどん遠ざかっていく。



鉄男さんの服を掴んだ僕の手の感覚はほとんど残っていなかった。









翌日



登校すると桜木くんに「昨日はどうしたんだ」としつこく訊かれた。



でも僕が嘔吐しかけたので桜木くんは慌てて背中を擦ってくれる。



 「なんだ、
 風邪だったのか
 大丈夫か?薬はちゃんと飲んだのか?」

 「うん、ありがとう…
 大丈夫だよ(桜木くんがこれ以上、昨日の事を思い出させなきゃね)」



そんな僕らの所に血相を変えた石井くんが走り寄って来た。



 「大変だよっ!!!
 流川くんがアメリカに留学するって!!!」

 「…え?」

 「んだとぉ!?
 ルカワの野郎……
 この天才を差し置いて
 また目立とうとしやがってんな」



石井くんの首を締め上げる桜木くんの横で
僕は呆然と立ち尽くした。


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