ボクの好きな人


赤木キャプテンの声が響き、部活が終了した。



そしてここからが僕の自主練の時間。



海南大附属の宮益選手を知ってから、確実に僕の中で何かが変わり始めている。



1日50本から始まった3Pシュートの練習は今、200本まで増えた。



 「甲斐原 猛っ!!
 アンタ、いい顔するようになったわね」



マネージャーの彩子さんにハリセンで軽く叩かれる。



 「そ、そーですか?
 自分じゃ良く分からないなぁ」

 「初めてアンタ見た時、この子ホントに生きてるの!?って思ったわよ」

 「え?……つまりユーレイ、って事ですか?」

 「まぁそんなとこかな?
 ……プッ」

 「ひどいなぁ~」



でも確かに彩子さんの言う通りだったかもしれない。



赤木さんに話し掛けられただけで逃げ出してたもんな…



まさかそんな僕がバスケ部に入るだなんて誰が想像しただろう。



だけど、おかげで今はもう自分の事をつまらない道端の石ころだなんて思わなくなった。



僕はボールを持って構えるとリングを見上げ、気持ちを集中させる。



そして目を閉じて宮益選手のフォームを思い浮かべた。



イメージだ、イメージしろ……



再び目を開けて放ったボールはリングから大きく逸れる。



ドンマイ!!



仕方ない…



今はリングに当たるだけでも上出来なんだ。



「体で覚えろ!!」と赤木キャプテンの声が頭の中に響く。



何となく視線を感じると
三井先輩がこっちに歩いて来る。



先輩はニヤリと笑って僕の頭に右手を乗せた。



 「お前、ちょっと背ぇ伸びたんじゃねーか?」

 「ほ、ほんとですかっ!?
 三井先輩に言われた通り毎日牛乳飲んでるからかなぁ?」

 「ッッ!!
 お前ってヤツは……
 なんて可愛いんだよ!!」



今度は両手で僕の髪をクシャクシャにする。



それから先輩は不意に僕の耳元に顔を寄せて囁いた。



 「オレのこと、好きか?」

 「…え?
 あ、…は、はい
 尊敬してます」

 「チッ…、そーじゃねぇよ
 ……まぁいいか
 オレはもうあがるわ
 頑張れよ、甲斐原」



そう言った三井先輩の横顔が心無しか赤い気がした。



200本のシュートを終えた僕が体育館の手洗い場に行くと
一足先に上がった桜木くんが蛇口の下に頭を突っ込んでいた。



バシャ―――ン!!!



水しぶきを上げて体を起こし、犬みたいに顔を振って近づいてくる。



 「わぁ~
 止めてよ桜木くん!!!」



飛んで来る水滴を避けながら僕が笑って言うと、桜木くんもニカッと笑う。



 「カイワレくん
 オレと一緒にいると楽しいか?」

 「うん、すごく楽しい」

 「そーか、そーか
 すごく楽しいか
 ムフフ、よしよし…」



桜木くんは僕のほっぺたをムギュッとつねって、鼻歌まじりに出て行った。



僕が手洗い場を出ると
最後まで自主練をしていた流川くんが1人でボールを片付けている。



 「手伝うよ」



流川くんはチラリとこっちを見て頷く。



体育館はシンとして、僕らは黙々とボールを鉄のカートに投げ入れた。



 「……流川くん」

 「…なんだ」

 「僕ね
 最近、やっと少しだけわかった気がするんだ
 自分が自分を作るって事…」

 「…………」

 「それに、前よりちょっとだけ自分を信じられるようになったよ
 こんな風に変われたのって流川くんのおかげかな、
ありが……、…エッ!?⁉︎⁉︎」



いきなり流川くんに抱き締められた。



 「る、流川…、くん?」

 「……喋るな」



流川くんの腕の中で、僕は眩暈がしそうだった。


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