ボクの好きな人
その日の放課後、僕は誰よりも早く体育館に行き
夢中でコートを磨いた。
モップを滑らせる音がしんとした館内に響く。
誰かの真似でもなく、誰かの庇護の下でもない。
自ら湧き出る揺るぎない思い。
それに向かって踏み出す勇気。
自分だけの輝きはきっとその先にあるんだろう。
バスケが好きかどうかは、やっぱりまだよく分からないけど、僕はこの湘北バスケ部が大好きで、その一員でいられる事が何よりも嬉しい。
例えどんなに辛く厳しい事があっても、ずっと湘北バスケ部員で有り続けたい。
バスケ部のみんなと、流川くんや桜木くんと、喜びや悔しさを共に分かち合って歩んで行きたいと思う。
今こうしてこの場所に居る事が流川くんの問い掛けへの一番近い答なのかもしれない。
だけど言葉では上手く伝えられそうにないから
僕はただひたすらコートを磨くんだ。
「よぅ、カイワレモヤシ
今日はえらく早ぇーじゃねぇか、探したぞ」
モップを肩に担いだ桜木くんが笑顔で近づいてくる。
僕が先に来てしまった事を謝ろうとした時、後ろから声がした。
「てめーが遅ぇんだ
どあほう」
振り返ると流川くんが黙々とモップを滑らせていた。
全く気付かなかった。
彼の挑発めいた物言いに怒り出した桜木くんを
来たばかりの石井くん、佐々岡くん、桑田くんが押さえつけている。
僕は苦笑しながら、そっと流川くんの横についた。
驚きと緊張で胸がドキドキしている。
歩幅の違いで僕は小走りになりながら、何とか並んでモップを滑らせた。
「…流川くんも早いね」
「ウス」
見上げると、いつもと変わらない端正で無表情の顔はまるで僕など気にしていない様に見えた。
あまりの素っ気なさに隣に居る無意味さを感じる。
たった今まで彼の問い掛けの答を真剣に探していた自分までが馬鹿らしく思えて気持ちが萎んだ。
いつもの僕ならそこで卑屈になり、歩みを止めて俯いてしまっただろう。
でも不思議と今日はそうならなかった。
僕は小走りを止めて、ダッシュする。
そして、流川くんを置き去りにした。
何だろう……
ちょっとスカッとする。
でも、すぐにその快感は消え去った。
今度は流川くんが高速で僕を抜き返した。
あっという間に目の前に大きな背中が立ちはだかると僕の眠っていた闘争本能が揺さ振られる。
僕はまたダッシュして流川くんを追い抜いた。
するとすぐに流川くんも抜き返す。
ふざけているのか、ガチなのか、繰り返すうちだんだんわからなくなって来た。
「ずいぶん楽しそうじゃねーか
ズルいぞ、2人で!!」
やっとの事で石井くん達を振りほどいた桜木くんが僕らの横を走り抜けながら言った。
「この勝負、天才桜木がもらったぁ!!!」
モップを頭の上でグルグル回して名乗りを上げる。
「フン、てめーごときに負けるかよ」
「ぼ、僕だって全力で行くよ!!」
「面白い、受けて立とうじゃないか庶民ども
なーっはっはっはっ!!」
かくして始まった三つ巴の猛レースは赤木キャプテンの怒声と鉄拳で呆気なく幕を閉じた。
そして3人並んでコートの端に立たされた。
頭のコブは痛いけど、僕はすごく幸せだ。
右側には流川くん、左側には桜木くん。
大好きな2人に挟まれた僕は今が永遠に続けばいいと真剣に祈っていた。
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