ボクの好きな人


翌日の昼休み



僕は屋上に向かった。



「それでいいのか」と訊かれた答えが、たった一晩で出るわけもなかったけど
それでも、もう一度流川くんの顔を見たら何か分かるような気がした。



緊張する手で重たい鉄の扉を押し開けると強い初夏の日差しが僕を直撃する。



思わず目を細めて流川くんを探したけど、ギラギラの照り返しがコンクリートを白っぽくしているだけだった。



改めて、いかに自分がこの場所から遠ざかっていたかに驚かされる。



そう言えば制服ももう半袖のワイシャツだ。



いくら流川くんでもこんな直射日光の下で寝ているわけがない。



落胆と安堵が入り交じったまま僕はフェンスに近づいた。



遠い山並みは濃い緑に変わり、吸い込んだ風は僅かに潮の香が強くなっている。



 『それでいいのか』



流川くんが投げ掛けた言葉を呟いてみた。



違うとは即答出来ても、その先が続かない。



あまりにも漠然とし過ぎて上手く言葉にならなかった。



僕は歯痒さに熱いフェンスを握り締める。



その時、後ろで鉄扉の開く音がした。



…流川くん?



全身に緊張と喜びが走る。



だが期待とは裏腹に、振り返った僕の目に意外な人物が飛び込んだ。



その人は眩しそうに辺りを見回した後、真っ直ぐこちらに歩いて来る。



僕はフェンスに張り付いた。背中が火傷しそうだけれど
それよりも今は恐ろしさの方が勝っている。



 「珍しいヤツがいるな」



声を掛けられ、辛うじて頭だけ下げる。



ついこの間、安田先輩から聞かされた話。



今ではすっかり更正している目の前のこの人、
三井寿先輩。
以前、大勢の不良を従えて湘北バスケ部を潰しにやって来たのだという。



 「おまえ、確かバスケ部だったよな?」



身体中の毛が逆立つ。



 「中学からやってたのか?」



僕は微かに頭を横に振った。



 「そうか……
 好きか?…バスケ」

 「え、……えっと、あの」



正直、よくわからない。



バスケが好きというより、練習が終わった時のヘトヘトの達成感や、流川くんや桜木くんと一緒に過ごせる喜びの方が強いような気もする。



もしも彼らがをやっていたのが野球やサッカーだったとしても今の気持ちは大して違わなかったんじゃないか。



言葉を詰まらせた僕を気にする様子もなく、三井先輩は独り言のように続けた。



 「本当に好きかどうかってのは、一度そっから離れてみねぇと分からねーもんだ」

 「………」

 「離れりゃ離れる程その事で頭がいっぱいになる、囚われて動けなくなる」

 「………」

 「そうして行き場を失って初めて気付くんだ
 あぁ、俺はこんなにもバスケが好きだったんだな~ってよ」



そう言って空を仰いだ三井先輩はめちゃくちゃカッコ良かった。



 「あ、ほら
 …これやるよ」



三井先輩は持っていた四角い紙パックの牛乳を投げて寄越した。



 「おまえの背、まだ伸びるぜ 諦めんなよ
 諦めたらそこで試合終了って言葉、知ってっか?」

 「あ、いえ…」

 「じゃ、今、しっかり頭に叩き込んどけ
 安西先生の名言だ」

 「は、はいっ!!!」



ここにも1人いた…



自らが光り輝くダイヤモンド。



僕は三井先輩の背中が鉄扉の向こうに消えてしまうまでずっと頭を下げていた。



流川くん、桜木くん、そして三井先輩。



3人は確かに眩しく輝いている。



だけどそれは決して同じ光り方じゃないんだ。



自分が自分を作ってるって意味が、ほんの少しだけ解った気がした。



今なら流川くんの問いかけに答えられそうな気がする。



三井先輩から貰った牛乳はちょっと生ぬるかったけど
僕の乾いた喉を潤すには十分だった。



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