ボクの好きな人


練習を済ませ、桜木くんと僕がダッシュで駆け付けると
既に決着が着いた後だった。



 「おせーよ、花道」



そう高宮くんが言うのに続けて、水戸くんが



 「おまえらの出る幕は
 もぅねーよ」



と、カッコ良く笑った。



 「こんな雑魚ども、俺ら4人で楽勝よ」

 「そーそー」



野間くんと大楠くんが地面に折り重なって倒れている
喧嘩相手を指差した。



僕は頭に昇っていた血液が一気に下がり、その場に
ヘナヘナと座り込んでしまう。



すると桜木くんはヘタレた僕を無理矢理立ち上がらせて
高宮くんに文句を言い始めた。



気持ちは本当に有難いんだけど……



そんな僕の複雑な思いを見透かしたのか、水戸くんが
すぐに代弁してくれる。



言い合う2人を放心状態で眺めていると
ガシッと肩を組まれた。



 「おまえ、随分と花道に気に入られちまったな」



野間くんがニヤニヤ笑っている。



 「あんな花道、初めて見るぜ」

 「相手が女ならわかるけどな」



大楠くんと高宮くんが吹き出した。



僕は何だか嬉しくて桜木くんの横顔をジッと見つめた。



桜木くん達と一緒に引き揚げる途中
居残り練習帰りの流川くんとすれ違った。



桜木くんは何か怒鳴っていたけど
自転車で横を通りすぎて行く間、流川くんの表情は
ピクリとも動かなかった。



まるで僕達が電柱や壁と同じだというように……











桜木くんに気に掛けてもらっている!!



それは僕の中で強い力と自信に変わって行った。



あたかも自分が桜木軍団の一員になったような気になり、気付かないうちに態度や物言いも調子に乗り始めていた。



そんな時、それは起きた。



部活を終えた帰り道、珍しく1人だった僕は
いきなり後ろから肩を掴まれ空き地に引き摺り込まれてしまった。



見覚えのある顔……



この間、桜木くんにボコられた奴らが仲間を増やして
仕返しに来たのだ。



パニくる頭で状況が飲み込めた時にはもう僕の逃げ道は無かった。



完全に周りを囲まれてしまう。



今度こそ、殺される!!!



それくらい皆、殺気立っていた。



助けて!! 桜木くんっ



心で叫んだ。



もうダメだ、そう思った時



――リンリンリン



ベルの音と共に自転車が突っ込んで来た。



 「さっさと乗れ、
 どあほう」

 「流川くんっ!!」



僕が荷台にまたがると自転車はギュンと加速して、
追い掛けてくる連中を見る見る引き離して行く。



ただただ恐ろしくて僕は流川くんにしがみ付いたまま
広い背中に頭を押し付けて自分の心臓の音を聞いていた。



しばらく走った後、
流川くんは黙って自転車を止めた。



僕は慌てて荷台から降りると夢中でお礼を言ったが
流川くんはやっぱり黙ったままだった。



沈黙が苦しい……



何か言葉を続けようと口を開いた時、
流川くんがボソリと言った。



 「……それでいいのか」

 「え?」



聞き返す僕を置いて、流川くんは日の暮れた道を走り去った。



 『それでいいのか』



流川くんの言葉が僕の中で波紋の様に広がって行く。



 『それでいいのか』



違う……



良くないよっ!!



今のこの惨めな気持ちがハッキリとそれを物語っていた。



僕は何一つ変わっちゃいない…



拾われた石ころはポケットの中でたちまち輝き出したけど
ポケットから転げ出てしまえばまた只の道端の石ころ…



輝いてたのは僕じゃない。



輝いてたのは桜木くんだ。



なのに僕はそれをずっと、僕自身が輝いてるって錯覚してたんだ。



僕は何一つ変われちゃいなかったのに…



なんでそんな事、分からなかったんだろう。



僕は道の端で声を押し殺していつまでも泣いていた。



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