ボクの好きな人


「甲斐原のバックに桜木花道が付いたらしい」



そんな噂が校内に広まっていた。



実際、桜木くんに助けてもらって以来
僕への不当な扱いが不思議なくらいピタリと止んでいる。



それどころか今まで僕を馬鹿にし、不満の捌け口にしていた奴等は目が合うだけでこそこそと逃げ出して行った。



僕にはそれが愉快で堪らなかった。



湘北での僕の地位はみるみる上昇し、僕は堂々と廊下の真ん中を歩いた。



すごく気持ちが良かった。



 「行くぞ、カイワレモヤシ!!」



毎日、放課後になると桜木くんが教室まで迎えに来てくれる。



部室に向かう僕らに道を開ける生徒を見て、優越感に浸った。



 「おいカイワレモヤシ
 今日の練習終わったら、ちょっと付き合え」

 「何かあるの?」

 「まぁな」



桜木くんはニヤリとした。



 「この前、俺が言った事覚えてっか?」

 「え?」

 「喧嘩の仕方を教えてやるって話だ」

 「あぁ、あれか……って
 えーーっっ!?
 ほ、本気だったの!?」



途端に眉間にシワを寄せた桜木くんは
上から僕をギロリと睨み付ける。



 「いいか、喧嘩ってのは習うよりまず慣れろだ
 テメーの身体で覚えるもんだって大昔から決まってんだよ」



言いながら、僕の背中を拳で突く。



めちゃくちゃ悪い予感がした。



 「そーゆぅわけだから
 カイワレモヤシ、今日がキミの輝かしいデビュー戦だ
 俺の代わりに洋平達の助っ人をしろ」

 「え?……えぇぇぇ!!!」



突然何て事を言い出すんだよ、この人!!!



 「ほら、俺はオヤジとの約束があっからよ
 それを破るわけにはいかねーだろ?
 頼んだぞ、助っ人くん!!
 なーはっはっはっはっ」

 「そ、そんなぁ~」




この前、とっくに破ってるよと言ってはみるが
もう何も聞き入れてもらえない。



当然、その後の練習は全く身が入らず
おかげでいつも以上に彩子さんにハリセンで叩かれるは、赤木キャプテンの拳骨は食らうはで散々だった。



でも、考えないようにすればするほど逆に想像して
身体が縮み上がる。



いきなり喧嘩の実践だなんて……
やっぱり桜木くんは恐い人間だ。



そんな風だから全然集中出来ず、僕はさっきから
キャッチミスを連発している。



弾いたボールを追って行くと、その先に流川くんが立っていた。



 「ヤル気がねーなら
 とっとと帰れ」



その冷ややかな声と視線に僕は頭から水を掛けられたような気分になった。



そう言えばこの頃ずっと流川くんと喋ってないな…



最近、昼休みは桜木くんや桜木軍団の人達とばかり過ごしている。



学校生活がすこぶる快適になったせいで、
大切な気持ちを忘れてしまっている事に
この時、僕はまだ気付かないでいた。



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