推しがオレを呼んでいる
長テーブルを元の位置に戻して丁寧に白い布を掛け直す桜木さんのお兄さんの後ろ姿を、俺は投げ飛ばされたままの姿勢でジッと睨み付けている。
納得出来ない、どうしても…
「悪かったなショーネン、
怪我してねぇか?」
視線を感じたのか、振り返ったお兄さんは優しくそう言った。
「べつに…」
その不貞腐れた声が、正気の俺を連れ戻す。
なんて大それた事を……
身体が震えた。
確かにお兄さんの言う通り、歴史を変えるなんて絶対にやっちゃダメだ。いくら過去に飛ばされたとしても、長年夢見て来た事だとしても。
「あの……
すみませんでした」
おずおずと床から胸を離し、俺はキチンと正座した。そして深く頭を下げる。
「分かればいい
それよりショーネン
……ケンカは強ぇか?」
「は??」
「どうやら本命の到着らしい」
「え?な、何ですか??」
お兄さんがそれを答える前に館内の空間が大きく歪んだ。俺があの妙な電車に乗った時と似ている。と、同時にこそから続々と黒ずくめ男達が現れた。
「ショーネン!!
長テーブルを守れっっ!!
コイツらみんな、オレの…
じゃねぇ、オレの弟の未来を
変えようとしてやがるっ!!
死守だぁぁぁぁぁ!!」
「は、はいっっ!!!」
状況が全く理解出来ないまま、俺は大声で返事していた。
見れば、お兄さんは歪みから出て来る男達を捕まえては次々と歪みの向こうに放り返している。
たまにその手を免れてこちらに向かって来る奴が俺の相手だ。
ケンカらしいケンカなんて、生まれてこの方やった事なんか無かったけど、とにかく俺も無我夢中で長テーブルを守った。歴史を変えさせてたまるかっ!
いったいどれくらいの時間、戦っていたのだろう。
再び館内が静まり返ると俺の両拳は真っ赤になっていた。
「ナハハハハ、ショーネン
ヤルじゃねぇか、助かったぜ」
何故だろう……
お兄さんの人懐こい笑顔に、慣れ親しんだ尊さと憧れを感じる。
「い、いえ
お兄さんの頼みですから
頑張りますよっ!」
「ショーネンはいいヤツだな」
褒められて尻の辺りがムズムズした。
「ところで……今の人達って」
「おお、あれはだな
全員ゴリの差し金よ
今みてぇに度々オレの…じゃねぇ
弟の未来をジャマしにココに送って寄越しやがる」
「ゴリ?……って」
「知らねぇか?人の振りして人間社会に紛れ込んでる赤木剛憲ってゴリラだ」
「ぷぷっ!
キャプテンじゃないですかぁ
でも何でです?
赤木さんだって全国制覇が夢だったはずですよね?」
「まぁな、それとこれとは
ちょっとな……
事情が違うっつうかよぉ
色々あんだよ」
「はぁ…」
訊ねたい事はまだ山ほどある。
我先にと湧き出す質問を抑え付けながら俺が曖昧に頷くと、お兄さんはそれを見透かした様に転がっていたバスケットボールをヒョイと拾い上げた。
「ショーネンも湘北バスケ部員なんだろ?」
「え…?
あ、…はぃ」
「ならばこの天才桜木の
……じゃねぇ
弟の、後輩って事だな」
「ええ、まぁ…
7年後ですけど」
「よしっ!
巻き込んじまった詫だ
この天才桜木が直々に指導してやろう」
お兄さんはもう言い直さなかった。代わりに俺の胸のど真ん中に物凄いスピードでパスが飛んで来た。ボールは勢い余って構えた両手を盛大に弾く。手のひらがビリビリと痺れた。
「すげぇ……」
これが本物のパス!
正真正銘、憧れ続けた桜木花道からのパス!!
あまりの感激に膝が震える。
「オィ、ショーネン
こんなのも取れねぇのか?
キミ、もしや初心者だな?」
桜木さんがニヤリと悪い顔をした。
それから館内は延々と
ダムダムダムダムダムダムダム
ダムダムダムダムダムダムダム
ダムダムダムダムダムダムダム
ドリブル音が続いた。片膝を立て中腰の俺を桜木さんが横で楽しそうに見ている。
基本姿勢は本当にキツいんだけど何故か俺は死ぬほど幸せで、この時間が永遠に続いてほしいと願っていた。
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