推しがオレを呼んでいる


湘北バスケ部史上最強メンバー。それは誰がなんと言おうと7年前インターハイに出場した時の赤木、三井、宮城、流川、桜木の5人だろう。

でもって俺の贔屓は今も昔もダントツで赤い坊主頭の桜木花道。いつもメチャクチャやらかすけどあんなにイカす人を俺は他に知らない。

バスケのバの字も知らなかった俺がバスケを始めたのも、あんな風になりてぇ!って思ったからだ。

そんなわけで、俺の目標は中学生になる前から湘北高校に入学してバスケ部に入る事だった。そしてこの春、漸くそれを達成したんだ……が。

レジェンド監督の安西光義先生は既に退職。同学年はもちろん、先輩たちすら俺と大して変わらない初心者に毛の生えたような奴らばかりで、桜木花道流に言えば今の湘北バスケ部は『庶民の集まり』に等しかった。

でも俺は満足している。言うなればここは長年憧れ続けた聖地。この体育館であの最強メンバー達が毎日練習してたんだと思うとテンション上がりまくりだ。それだけいい。もう十分だ。

入部当初はもしかしたらOBの誰かが(出来れば桜木さんが)指導しに来てくれるのでは?と期待もしたが、安西監督が退職されて以降、誰一人、一切、顔すら出したことはないと先輩から聞き、早々に諦めた。まぁ現実なんてそんなもんだ。何せ7年前の最強メンバーの皆々様は今や雑誌や新聞、テレビでしか拝顔出来ない雲の上の上の上の存在になってしまったのだ。

こうして同じユニフォームを着て同じコートを走り回れる事の尊さよ。決して贅沢は言うまい。

今日も聖地での部活を終え大満足の俺だったが、駅への道でまたしても仕様も無い仮説が頭に浮かんだ。

『山王戦で桜木さんが負傷しなかったら、湘北は全国制覇出来たんじゃないか?』

自分で立てたこの仮説のせいで、これまでどれだけ苦しめられて来たことか。

小学生の俺は本気で湘北が全国制覇すると信じていたから、本当に悔しくて悲しくて、ずいぶんと周りに当たり散らした記憶がある。

桜木さんさえ怪我しなきゃ絶対に勝てたのに!

ずっとそう思っていた。

バスケを少し齧った今となっては、あの時湘北が勝ち進めなかった原因がそれだけじゃない事が良く分かる。けど、それでもやっぱり悔しい気持ちは何年経ってもずっと燻り続けてて、俺はまだ、あの湘北史上最強メンバーで全国制覇してほしかったと心の隅で強く願っている。

全国の天辺で高笑いする桜木さんが見たかった。

「ハァ…」

俺のため息と共に『プワァ〜ン』と警笛を鳴らし、電車がホームに入って来る。開いたドアに一歩踏み込んだ瞬間、真綿を踏んだ様な妙な感覚が足裏に伝わった。

同時に空間が一瞬大きく歪んだ気がして車内を見廻すと、この時間なのにやけに静かで空席が目立つ。

まぁこんな日もあるんだろう

気にせず着席した途端、俺は強い眠気に襲われた。

ーーーーーーーーー。

どれくらい寝ていたのか?車掌に肩を叩かれるまで時間の感覚がまるで無かった。

促されるままホームに降りたが、頭の中はまだボンヤリと霞がかかっている。もし終点ならここは小田原か?いや熱海かもしれない。

乗り物酔いなどした事がないのに軽い吐き気があった。

ったく…
引き返すのにどんだけ掛かんだ

腹たち紛れで駅名を確認した俺は思わず自分の目を疑った。

…ウッ……ソだろォォオ!??
乗ったのは藤沢だぞ?!

なのに俺が今見ているのは『JR広島駅』と表示されたプレートだ。

有りえない!

混乱と驚愕で冷や汗が吹き出す。

慌ててホームを見回し、目の端に入った掲示板のポスターを見て冷や汗が凍りついた。

『歓迎 全国高校総合体育大会
 広島市高等学校推進委員会』

日付は7年前の8月。

な、何なんだ……
何が起こってる?

ほっぺたをつねってみるが夢では無かった。俺は改めて愕然とする。そして考えた。

考えて考えて考えて………

自分は今、時間を遡りあの湘北バスケ部史上最強メンバーが出場するインターハイ開催地に来ているらしいという結論に辿り着いた。

目を閉じてひとつ大きく深呼吸する。胸の鼓動が速く強くなる。身体中の血が沸点に達し、叫びたい衝動に駆られた。

過去に飛ばされた不安や恐怖よりも、興奮と高揚の方が数段勝っている。

こんなところでジッといては居られない。

到着した団体客の列に運良く紛れ込み、JR広島駅から脱出した俺は一路試合会場を目指した。


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