赤い糸の彼


登録したけど一度も使わなかった電話番号を今日、消去した。

その番号を知ったのは世の中がまだ個人情報の扱いに大雑把な頃、私が高校生の時だ。

クラス替えの折には当たり前に緊急連絡網の載ったプリントが配られ、自分は誰から連絡が来て誰に連絡するのかをドキドキしながら確認したものだ。

家が遠い生徒からスタートする連絡網は3グループに分かれていて奇跡的に3年間同じクラスだった彼とは一度も同じグループになる事はなかった。

それでも3年間、彼の家電の番号は変わること無く載っていて、私の家電の番号も変わること無く載っていた。

彼を好きになった瞬間の記憶は一切ない。多分、そういう恋では無かったのだろう。ただ2年の夏の終わり頃にはもう彼に夢中だった。

当時、バスケ部のスーパースターだった彼はとにかくモテていた。校内に親衛隊まで出来ていたほどだけれど、遂に卒業まで彼の恋人はバスケットボールだけだった。

彼に告白して玉砕した女子を何人見て来たかしれない。皆んなワンチャン両想いを狙ったんだろうけど、私にはそんな気は毛頭無かったし、そもそもこの恋心を他人に打ち明ける事もしなかった。彼に夢中な事をひたすら隠していた。

だから振られた子が友達なら慰めて、知らない子なら顔を見に行って、そしてどちらも心の中でいつもコッソリほくそ笑んだ。あぁ良かった!と、アンタじゃ釣り合うわけないじゃん?と。

3年生も同じクラスになった時、私は勘違いをした。

ーーこれって赤い糸!?ーー

実際3年間同じクラスだったのは彼と私だけで、彼を好きなのだからそう思い込んでも仕方なかったかもしれない。別に彼が選んでくれた訳でもないのに私は大いに浮かれていた。

そして更に大きな勘違いを重ねる。今なら差し詰め痛々しい妄想だ。

赤い糸の二人なら運命が必ず結びつけてくれるはず。だからその時が来るまでジッと待っていれば良い。恥ずかしい思いで告白したり、無惨に玉砕することも無いんだ。赤い糸ってそういうものだ。

私は相変わらず次々と玉砕する女子たちを横目に、胸の奥底でほくそ笑み続ける。いつかやって来る運命の時を待ちながら……

ーー季節は変わり、卒業式。

彼はバスケで大学に推薦入学すると聞いた。私は音響機器メーカーの事務に就職が決まった。

あら…?

私は彼と話しをした事が無かったのだ。ただ見ているだけの3年間だった。

社会人のお祝いで親に携帯電話を買ってもらった。嬉しくて電話帳に色んな人の番号を登録した。連絡網を見ながら彼の家電の番号も登録した。

それはもちろん、いつかの為に。

彼の顔を思い出して胸がドキドキした。卒業しちゃったけど、ここでは繋がっていられるんだとワクワクした。

けど本当はもうこの時、薄々は分かっていたんだろう。そんな都合の良い恋なんて有るわけ無い。

振られたら自分が可哀想だから…
振られたら嫌われちゃうから…
振られたら好きなままでいられないから…

今なら分かる、赤い糸を信じ続けた理由。

成人してもうずいぶん経つ私は若かった自分を、幼い恋を、愛おしく思う。

彼が結婚したと噂で聞いた。

何度か機種変しながらも、ずっと引き継いできた電話帳のデータを今日、一件消去した。


お題:切ない恋


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