湘北☆cop

《case file 8》


研修2日目、桜木花道は犯人確保の実技訓練中に講師である花形の顔面を肘打ちし流血させ、おまけに彼の大切な眼鏡を破損させるという大失態をやらかした。

そもそも初めから研修態度に問題があった桜木だ。この件も含めて主任の赤木から大目玉を喰らい、当分のあいだ資料整理の内勤を命じられた。

「クソォォォ!
野ザルのヤロォォォ!!」

山積みの書類を前に、桜木は清田にハメられたと口惜しがる。

「黙って仕事せんか!
このたわけが!」

シンとした部屋に赤木の怒声が響き渡った。

捜査一課は今、赤木と桜木そして彩子の三人きりだ。他のメンバーは皆、担当する事件案件を追って席を外している。

「主任、確か来週末でしたよね
例の要人の警護って」

彩子がコーヒーを淹れながら赤木に訊ねた。

「ああ、そうだ
全く……お忍びとは良いご身分だ
警護課のサポートでその日はウチからも2〜3人出せと要請が来ている」

やれやれと頭を振る赤木。

「彩子さん、例の要人とは?」

耳をダンボにした桜木が話に入って来た。

「アンタもきっと知ってるわよ
時々テレビに出てるから」

「ほほぅ〜」

身を乗り出す桜木に

「お前は知る必要ねーぞ
どーせその日も内勤だからな」

赤木がバッサリと斬り捨てる。

「そ、そんなぁ
ゴリさん!」

「ばかもん!誰がゴリさんだ!
お前だけはぜぇ〜ったいに行かせん!」

勝手に付けられたあだ名がどうにも気に入らない赤木。もう桜木が何を言っても聞く耳を持たない。

「諦めなさい、桜木花道」

彩子が「天才」とプリントしてあるマグカップにコーヒーを注いでくれた。

暫くすると捜査一課に白衣を着た小柄な男が入って来た。

「失礼しま〜す」

鑑識課の安田靖春だ。

「赤木さん、頼まれてた鑑定
終わりました」

書類を手渡す。

「おぉ安田か、ご苦労さん
いつも助かってるよ、有難う」

赤木に礼を言われて、彼は嬉しそうに会釈すると軽い足取りで部屋を出ていった。

その様子をジーッと見ていた桜木が神妙な顔で席を立つ。

「…ちょっとションベン」

「やぁーね、トイレって言いなさいよ!」

「全く……下品な男だ」

赤木が思い切り眉間にシワを寄せる。

嘘八百で廊下に出た桜木はすぐに目当ての人物を見つけた。

「ちょっと待った!」

白衣の背中がビクンと跳ねる。恐る恐る振り返ると赤い髪の大男がノシノシと近づいて来る。

「ぼ、僕ですか?」

「そうだ、お前だヤス」

「ヤ、ヤスって…」

「おい、ゴリさんの喜びそうな事を教えてくれ」

「何だよ、藪から棒に…って
ゴ、ゴリさん??……プッ
もしかして赤木主任の事?」

「そうだ
ありゃ〜どう見てもゴリラだろ」

「キミ、そんなこと言ってるから研修でも怒られたんだな?」

「ナ、ナゼそれを?!」

「署内で知らない人いないよ
翔陽署の花形主任に怪我させて、おまけに自慢の眼鏡をブッ壊したって」

横を通り過ぎた女性職員が桜木を見てクスクスと笑った。

「ッッ!!!」

恥ずかしさの余り、チョップで安田の頭をズビシズビシと叩きまくる桜木。

「クソォォォ!
あのキツネ男が言いふらしやがったんだな!!ゆるさん!!」

完全に流川が犯人だと思っている。

「ちょっと止めてよ、痛いよ〜」

「うるせー黙れ、ヤス!」

とんだトバッチリの安田。

すると桜木の背後から声がした。

「あら?桜木くんじゃない?」

「はっ!そ、そのお声は…」

案の定、交通課の赤木晴子が立っている。

「ハルコさん!!!」

「聞いたよ、お兄ちゃんから
研修、大変だったんだってね」

気の毒そうに桜木を見上げる。

「そ、そーなんですよハルコさん!!
わかって頂けますか?
あれは100%事故なんです!
それなのに周りの者どもが寄ってたかって、やれ故意だとか計画的だとか抜かしやがるから…」

「へぇ、そーだったんだ
それは災難だったわねぇ」

「……うぅ
やさしいなぁ〜ハルコさんは」

感涙に咽ぶ桜木。その隙に退散しようとした安田だが、しっかりと首根っこを掴まれる。

「ではハルコさん、また!
ワタクシはこれからコチラの安田センパイと鑑識課で打ち合わせがありますので!」

ビシッと敬礼すると、桜木は安田を抱えて走り去った。

・・・・・

「他にはないのか?他には
もっとこう、具体的な…
使えるネタをくれ!!」

安田を前に桜木が先程の話の続きをしている。

「そんなに内勤がイヤなの?」

「当たりめーだろ!
刑事は足で稼いでナンボの仕事じゃねーか!
机になんぞ向かってられっかよっ!」

「ふ〜〜ん……
そうだな、赤木主任は厳格な人だから…
曲がったことがキライで……
あ、すごく綺麗好きだな」

「キレイ好き…!!
それだ!!使える!!」

「じゃあ、もういいかな?
急ぎの仕事が入ってて…」

「あ、あと好きな食べ物は?
やっぱバナナか?ゴリラだから」

「し、知らないよ!」

とんでもない男が湘北署に入ったものだと真っ青な顔の安田は、このあとやっと解放された。

ーーー翌日

捜査一課は部屋じゅう隅から隅まで塵ひとつなくピッカピカになっていた。特に赤木の座席は椅子や机まで念入りに磨き込まれ「全国制覇」とプリントされたマグカップも新品同様に光り輝いている。そして机の上には立派なバナナが一房、朝日を浴びてその黄色が目に眩しい。

「おはようございます
赤木シュニン!!!」

桜木の猛アピールに彩子が吹き出した。

「赤木、もう許してやれよ
桜木だってこんなに反省してるじゃないか」

木暮の進言に赤木はソッポを向くと、新聞を広げて顔を隠してしまった。

そこへ課長の安西がやって来る。

「おや?今日はずいぶんと部屋が片付いていますね、結構結構」

「さすがはオヤジ!目敏いな
やはり職場はキレイじゃねーとな!ナーハッハッハッハ」

「そーですね、ホーホッホッホ」

安西が着席すると彩子がサッと緑茶を出した。湯気の立つ湯呑みには「白髪仏」とプリントしてある。彼はそれを美味しそうに啜るとサラリと言い放つ。

「あーそうそう
来週末の要人警護ですが
腰越陵南署と合同で当たる事になりました」

「りょ、陵南署!!
去年、県で検挙数ベスト4の?!」

驚いて叫ぶ木暮。

「チッ、ウチだけじゃ力不足だってのかよ」

宮城が悪態をつく。

そして桜木と流川は・・・

「ほほぅ〜」

「………」

改めて、打倒仙道への闘志をメラメラと燃やすのであった。


.
8/19ページ
スキ