湘北☆cop

《case file 7》


桜木と流川が研修室に入ると、並べられたパイプ椅子にはまだ数人しか着席していない。オリエンテーションの開始時刻まで少しあるようだ。

それを見て流川がフラリと部屋から出て行った。その背中に

「てめぇキツネ男、サボんじゃねーぞ、コラァ!」

桜木が凄むと一斉に室内の視線を集める。

チョンチョン……

そんな桜木を誰かがつついた。

「あ"?」

見れば、大事そうにノートを抱えた小柄な男が目を輝かせている。

「誰だ、てめぇは」

「初めまして
わいは相田彦一って言います」

そう言って彦一は人の良さそうな笑顔を桜木に向けた。そして確信する。今の凄み方は間違いないと……。

「あんた、片瀬湘北署の桜木花道さんやな!」

見知らぬ小男に言い当てられて、ちょっとだけ驚く桜木。

「ほほぅ〜
キミはこの天才を知っていると?」

「もちろんや!交番勤務から異例の大出世で、今春刑事になりはった桜木さんや!
よく調べとるやろ?わいの特技は要チェックなんや!」

彦一が胸を張る。

「異例の大出世……ナハ
ナハハハハ///
まぁ、この天才に掛かれば刑事になるなど朝飯前の事だがね」

桜木は鼻の穴を膨らませて上機嫌だ。

「そしてその桜木さんの相棒が本庁から転任のキャリア組、神奈川No.1ルーキーの流川さんや」

調子に乗った彦一が使い込んだノートを読み上げると、突然桜木から笑顔が消えた。

「あ"あー?
誰がルーキーだとぉ?」

「え?流川、さん??」

「このサルがァ!!」

ドゴッ!!!

「ぐおおおおっ!!」

桜木の頭突きを食らって引っくり返る彦一。

「バカモノォ!!!
ルカワごときがルーキーなわけあるかァ!!!」

「る、流川ごときって……」

彦一が頭を押さえてフラフラと立ち上がる。

「ごとき、だ!あんなの!!
キャリアだかキャビアだか知らねーが、所詮は現場を知らないただの事務屋風情!」

「な、なるほど!
交番勤務叩き上げの桜木さんやからこそ言えるその言葉!説得力がちゃうでっ!!」

「フッフッフッ
これで分かったかね?彦一くん
ヤツにとってオレは相棒なんて生易しいもんじゃねぇのよ
まぁ、強いて言うなら越えられない『カベ』だな」

こ、このお人
凄い迫力や!!!

彦一は自分のチェック不足を猛省した。

「お前の特技とやらも、まだまだのようだな
改めて名乗ろう
オレは片瀬湘北署捜査一課、桜木花道だ!しっかりチェックしとけ!!」

「は…、はいっ!!!」




・・・そのやり取りを耳をダンボにして聞いている者がいた。

神奈川No.1ルーキー、だと?

中途半端に伸びたボサボサ髪にギラギラと光る大きな目玉。刑事というよりもむしろ被疑者寄りの出で立ちでジッと2人の様子を伺っている。

ふん、湘北署の流川楓、か……
気にくわねぇ

No.1ルーキーはこの清田信長!
流川じゃねえ!!

モノローグで吠えるこの男、辻堂海南署の刑事である。みてくれはこんなだが、非常に高いポテンシャルの持ち主なのだ。新人ながら既に犯人検挙の実績を持つ。

オリエンテーション開始3分前、流川が部屋に戻って来た。

「ルカワ、てめぇ
どこまでクソしに行ってやがった」

下品極まりない桜木の物言いを完全にスルーして流川は自席に着く。すると今度は反対側から強い視線を感じた。

「テメェが流川だな?」

「…?」

「キャリアだかキャディーさんだか知らねーがNo.1ルーキーはテメェじゃねえ!!」

「そーだ!No.1はルカワじゃねえ!!」

待ってましたとばかりに桜木が乱入する。

「な、なんだテメェは」

「黙れ、野猿!
さっきからずっと盗み聞きしやがって!」

「はぁ??
へ、変な言い掛かりはやめろっ!
サルはテメェだろ!
この、赤毛ザルがっ!!」

桜木と清田がガンを飛ばし合う真ん中で、流川が「はぁ〜〜やれやれ」と肩を竦める。

「「テメェにゃ負けねーぞ!!」」

と、流川を指差し2人がハモったところでオリエンテーションが始まった。




前方に用意されたホワイトボードの前で話し始めたのは、桜木たちを出迎えた相模翔陽署の花形だ。
ウェリントン型の黒縁眼鏡の奥から鋭く研修室を見渡す。

「おい」

桜木が小声で彦一を呼ぶ。

「どうされましたん?桜木さん」

「なんであのメガネの隣にバイトの学生さんがいるんだ?」

「??」

「アレだよアレ
坊ちゃん刈りのちっちゃいヤツ」

「え!………し、知らへんのでっか?桜木さん」

「あ"?」

「あのお方は相模翔陽署捜査一課の課長さん、藤真健司警部でっせ!」

「・・・・・ウソだぁ〜」

「ウソじゃありまへんで〜」

それまで黙って聞いていた清田が堪らずに口を挟んだ。

「知らねーのか、赤毛ザル
プププププーっ」

「う、うるせぇ野猿!
し、知ってるに決まってんだろっ」

「あ〜らら、負け惜しみ〜〜」

「テメェ、やんのかコラァ!」

清田に掴み掛かろうと桜木が腰を浮かせる。彦一が間に入るが桜木は止まらない。流川は我関せずととっくに舟を漕ぎ始めていた。

「そこの4人っ!
ヤル気が無いなら出ていきたまえ!」

研修開始早々、こっ酷く怒られる桜木たちであった。


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