湘北☆cop

《case file 19》


旅行鞄を持った長身の男が2人、砂浜に降り立った。

一人は毛先パーマのセミロングで髪を後ろに束ねたチョンマゲ男。

もう一人は前髪を眉の1センチ上で真横にカットした、俗に言うヘルメットヘアの男。

チョンマゲ男の方が海岸をグルリと見渡し鼻で笑う。

「なんや、大した事無いな」

「せやな、大した事無いな」

カリメロ男が興味なさげに返した。

このチョンマゲ男、名を岸本実理という。カリメロ男は南烈だ。彼らは住吉豊玉署の刑事である。手配中の容疑者を追って大阪から到着したばかりなのだ。

行ってみたい場所がある、と言い出したのは岸本の方だった。以前、湘南海岸を舞台にしたドラマにハマっていた時期があり、いつか訪れてみたいと思っていたのだ。

だが残念な事に今日は鼠色の雲が空を覆う生憎の天候。これも日頃の行いからなのか?彼が思い描いていた風景とは大きくかけ離れていた。

「湘南、湘南、言うさかいにどないにええところなんやろと思っとったらえらい期待外れやな」

悔し紛れに悪態をつく。

「もう気ぃは済んだやろ
……ほな、ぼちぼち行くで」

そう言うと、南はほとんど表情を変える事なく鼠色の海に背を向けた。

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海岸から街中に場所を移した二人が喫茶店でコーヒーを飲んでいる。

「なぁ、ほんまにこのホシ挙げたら北野さんは戻ってくるんか?」

岸本の問いかけに南は深く頷いた。

「北野さんのやり方で、ラン&ガンで挙げたるんや
わいら二人だけで」

「せやな
あんな新任の、金平なんぞにこれ以上デカい顔させへんで!」

「あたり前や
何が『これからは情報戦の時代や』だ
バカにしとるで北野さんを!
今まで通りのスタイルを貫く」

「そうや、走って撃つ
ラン&ガンで挙げたろやないか!
わいらが北野さんは間違ってへんことを証明したる」

「そしたらきっと北野さん
また豊玉に戻ってこれるで」

何やら訳ありな二人のようだ。

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数日後、片瀬湘北署に数件の不審者情報が入った。

その全ての目撃証言が大阪弁を話す二人組の男で一致したという。早速、捜査一課の桜木と流川が最後に不審者が目撃された現場に派遣された。

「どうやらここでタコ焼き食ってたみてーだな」

直ぐに桜木が聞き込んで来る。

テラス形式のフードコートだ。客は店内で好みのファストフードを買い、このパラソル付きの小洒落たテーブルで食すようだ。微かに潮の香りがする。

「やはり何処にいても故郷の味というのは忘れられんのだなぁ」

桜木が一人納得していると、シレッと流川がタコ焼きを買って来た。

「お、ルカワにしちゃあ気が利くじゃねぇか」

手を伸ばした桜木を流川が華麗なロールターンで躱す。

「食いたきゃ自分の金で食え」

「おのれ、けちギツネ‼︎
誰がテメェのキツネ臭えタコ焼きなんか食うかよっ‼︎」

プンプンと腹を立てる桜木がふと見た先に、タコ焼きが放置されている。

さりげなくテーブルに近寄るとなんと!まだ手付かずのタコ焼き8個が竹の皮の舟の上で美味しそうな香りを放っていた。

左右を確認するも誰かが戻って来る様子は無い。

しめしめ
これは食べちゃっていいヤツだな

そう判断した桜木が舟に手を伸ばそうとした時、グィと肩を掴まれた。

「何しとるんや」

「あ"〜?
なんだテメェは」

振り返りざま桜木も反射的にガンを飛ばす。

「どないした」

後から来た男がジロリと桜木を一瞥した。

「コイツがわいのタコ焼き、くすねようとしとるんや」

そこで初めて桜木は彼らが大阪弁なのに気付く。

「アーーーッ‼︎テメェらだなっ
通報があった不審者はぁ‼︎」

「はぁ?
オマエなに寝言いうてけつかんねん
どつくぞ、コラァ」

男が凄むと

「あ"あ"?
やんのかチョンマゲ」

怯む事なく桜木も凄み返す。

「やめとき、そんな雑魚相手にしな
ぼちぼちヤツが来る頃やで」

もう一人が鋭い視線で制した。

「おぃ、そっちのカリメロ男‼︎
誰が雑魚だと⁉︎」

憤怒する桜木に目もくれず立ち去ろうとする大阪弁の二人組。

「ルカワっ‼︎
いたぞっ‼︎コイツらだっ‼︎」

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時は遡る・・・

喫茶店を出た南と岸本は駅前のビジネスホテルに宿を取ると、早速容疑者の足取りを追い始めた。土地勘が無いとは言え、そこはAランクの刑事だ。大阪を離れて油断している容疑者の居場所を突き止めるのにそれほど日数は掛からなかった。もっとも、まさか自分たちに不審者容疑が掛けられているとは夢にも思っていなかったようだが……

南らは容疑者の行動パターンから鑑みて確実に確保出来る時間と場所を割り出した。

それが今日、この場所この時間だったのだ。南の立てたプランは完璧だった。桜木たちに遭遇しなければ……

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「行かせん」

素早く先回りした流川が両腕を広げて彼らの行手を塞いだ。

だが、その後方に南は容疑者の姿を捉える。

「岸本、ヤツや‼︎」

叫びながら咄嗟に流川の顔面に肘打ちを食らわせて、強引に道を開いた。

「わかっとるわ‼︎」

岸本が走り出すと、それに気づいた容疑者がテラスの植え込みを飛び越えて現場から逃走した。

「待てコラッ、逃がさへんぞ‼︎」

続けて岸本も植え込みを飛び越える。

軽い脳震盪を起こして倒れた流川を冷やかに見下ろし立ち去ろうとする南に、桜木が近寄って来た。

「カリメロ、よくやった
不審者のくせに」

「は?」

「最初に逃げたヤツを追ってるんだろ?
オレも手伝ってやる」

「なんや?テメェは」

「いいから行くぞ‼︎
急げ、カリメロ‼︎」

そう言って桜木が植え込みを飛び越えて行った。

「いったい何なんや?」

首を傾げながら南も後を追う。

ややあって、流川がムックリと起き上がった。

「あんにゃろー」

呟くと同時に遠くで銃声が聞こえた。

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人気の無い昼下がりの小さな漁港に銃声が響く。岸本が走りながら威嚇発砲したのだ。

「止まらんと次はほんまに撃ち抜くでっ‼︎」

前方の音に桜木が併走する南に訊ねる。

「おい、オメーらただの不審者じゃねーな?」

「何を言うとんねん、アホやな
わいらは刑事やで?
大阪から手配中の容疑者を追って来たんや」

衝撃の真実・・・

「え"え"え"え"えーーーっ‼︎⁉︎」

「ホンマに何も知らんと一緒に来よったのか?」

「お、おぅよ」

「そりゃ、えろうご苦労サンやったなぁ
ここはもうええから、はよ帰り」

「いやいやいやいや
だったら尚更このまま同行するぜ
オレも刑事だからよぉ」

「はは、ウソやろ?
冗談はその赤い頭だけにせぇや」

「いや、冗談じゃねー」

二人が驚いて振り返ると、猛ダッシュで追い付いて来た流川が警察手帳をドーンと翳している。

「ぬっ、死んでなかったか‼︎」
「‼︎⁉︎」

「オレたちは刑事だ、正真正銘のな」

「・・・ホンマやな」

こうなれば南とてグゥの音も出ない。

この後、小さな漁港内での捕物は刑事4人の威嚇発砲祭りでアッと言う間に一件落着となった。

「走って撃つ
これがわいらのラン&ガンや」

「どや、最強やろ?」

掟破りにも程がある。

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連絡を受け、まもなく現場に到着したパトカーに容疑者を挟む形で南と岸本が乗り込んだ。

「ほなな」
「おおきに」

見送る桜木たちに、車窓を下げて二人が会釈する。

漁港から海沿いの国道に出ると、突然車内に光が差し込んで来た。

「なんなんや、これ」

目を細める岸本に、南が窓の外を指差した。

日没間近の太陽が今日最後の輝きを放ち、僅かに波立つ海面に一本の真っ直ぐな道を作っている。

その道はオレンジ色をして遥か水平線の彼方まで続いていた。

「『湘南オレンジロード』や」

岸本の口から昔観たドラマのタイトルが溢れる。

「物ごっつ綺麗やぁ〜」

「…ああ」

「なぁ、南……
次は観光しよな」

「せやな」

国道を走るパトカーはオレンジ色に染まり、その影は長く伸びていた。


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