湘北☆cop
《case file 18》
小競り合いする女性たちの声が給湯室から聞こえる。
「アナタ、昨日も持って行ったじゃない!」
「そうよ、ずるい!」
「あら、そっちだって今朝持って行ってたわよね?」
「ちょっと待って!お茶入れたの私なんですけどっ!」
『そんなの、かんけーないっ‼︎‼︎』
目尻を吊り上げて主張する彼女らの前には『闘魂』と書かれた緑色の湯呑みが盆に乗せられ、今まさに運ばれようとしていた。
ここは相模翔陽署。そしてその湯呑みの持ち主こそが、捜査一課の課長でありながら進んで第一線に出ては事件解決に尽力するという県下一の美青年刑事、藤真健司である。
そんな彼の嫁の座を狙う女性は署内外含め数え切れない。
お茶出しの度に揉めるのもそれが理由で………と、そこへ藤真の右腕、花形透が197cmの長身を屈めて給湯室に入って来た。
「廊下まで丸聞こえだぞ」
やや語気は強めだが、メガネの奥の瞳にはおよそ感情というものが現れない。常に冷静沈着な彼の事を影でサイボーグとあだ名する者もいる程だ。
「オレが持っていく」
花形は彼女らの頭上から長い腕を伸ばすと湯呑みが乗った盆を取り上げた。
途端に小さな悲鳴とブーイングが上がるが、彼の動きに動揺の欠片も見当たらない。
給湯室を出て行くサイボーグの背中を女性職員たちは恨めしそうに睨んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
県央に位置する翔陽署は、窓を開けると海ではなく低く連なる山々が見える。その窓を背に藤真が自席で書類に目を通していた。今日は朝からずっとデスクワークだ。率先して現場に足を運びながら役職も兼務するというのは想像以上にハードだが、藤真はいつも涼しげな顔でそれらをこなしていた。
「少し休憩したらどうだ?藤真」
傍らにそっと湯呑みを置いて、花形が声を掛けた。
「ああ、悪いな」
視線を上げるのに合わせて、藤真のその長いまつ毛もゆっくりと動く。性別問わず誰が見ても「美しい」と思う瞬間だ。
ところがこの容姿に反して藤真の内面は漢気溢れるとんだ熱血野郎だったりする。なので外見だけで彼に近付き、当てが外れた者は数多い。
とは言うものの、そんな藤真も人知れず悩みを抱えている。
美し過ぎる彼は同時に童顔でもあった。いわゆる老けない顔というやつだ。この歳になっても未だに大学生と間違われている。
恐らく内面の未熟さが原因だろう…
真面目な彼は密かに盆栽と茶道を始めた。
侘び寂びを知る事で自ずと佇まいも大人びて来るはずだと考えたからだ。藤真はただの美青年刑事ではない。とても努力家なのだ。
そして、そんな課長の苦悩と頑張りを花形だけが知っている。
「ねぇ花形、どうかなオレ、最近」
藤真がスーツの襟を正して咳払いする。
「どう…って?」
「年相応に見えるか?」
「ああ、うん
見えるよ、大丈夫だ」
心底ホッとする藤真を見て、8月に行われた研修で新人刑事が彼をバイト生と間違えた事は口が裂けても言えないな、と思う。
「この後、湘北署との打ち合わせだったよな?」
花形に言ったはずなのに、何故か長谷川が反応して勢いよく起立した。
「なんだ一志、急に」
驚く藤真。
「あっ、いえ、……別に」
頭を掻きながら長谷川の心は、今度こそ三井と会えるかもしれないという期待ではち切れそうになった。
しばらくして伊藤が湘北署の到着を伝えに来る。
「じゃあ藤真、先に言ってるぞ」
花形が永野と高野を連れ立って部屋を出て行くのを長谷川が目で追っている。
「一志も来るか?」
藤真が水を向けると「任せてくれ!」と飛び上がった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
会議室に案内された湘北署の刑事たちは既に着席して打ち合わせが始まるのを待っている。
資料に目を通す者、室内をキョロキョロと見回す者、舟を漕ぐ者。
ややあって「お待たせしました」とドア越しで軽く会釈し、主任の花形から順に入室。先手必勝舐められてたまるかと永野と高野が歩きながら湘北サイドを睨み付けると、ガン飛ばしなら負けねぇぞと受けて立つのは負けず嫌いの新人二人。
捜査協力を要請する前に全てが台無しになりかねない険悪なムードが漂う。
そこへ藤真が颯爽と登場した。
「さあ、気合い入れて行こう‼︎」
なんとその一言で室内の不穏な空気を一掃してしまったのだ。これぞ藤真マジック。奇跡の瞬間。
「藤真……」
サイボーグの瞳にも刹那の感情が宿ったと思いきや、それを見事にぶち壊す者がいた。
「よぉ、バイトくんじゃねーか」
藤真以外、この場に居る全員が声の主を注視する。
「バイトくんはここで働いてたんだな」
そう言ってフレンドリーに藤真に近づこうとする赤い頭の男。
よせ!やめろ!
それ以上、藤真に向かってバイトって言うな‼︎
心で叫んだ花形は、両腕を広げて立ちはだかる。
「この、たわけ者が‼︎」
片や、突然の非礼を詫びながら部下を羽交い締めにする湘北署の主任。
今度こそ完璧に台無しだろうと誰もが思った時、笑い声が聞こえた。
「どうした?みんな落ち着けよ」
花形の肩に手をやり、藤真が一歩前へ出張る。
「そいつは俺の友人だから問題無いよ?
……まぁ、今のはちょっとフランク過ぎたけどな」
まさかの展開に響めきが起こった。
「ええぃ!離せ離せっ!
これで分かったかっ!
オレとバイトくんは友達なんだよ!ちょっと前から」
「トモダチ……信じられん……」
「本当なのか、藤真」
開いた口が塞がらない両署の主任。永野と高野は目を白黒させている。
「ナーーッハッハッハッハ‼︎‼︎‼︎」
赤頭の勝ち誇った高笑いが室内に響く。
一方、周囲からひとりフェードアウトした長谷川はガックリと膝をつくのだった。
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小競り合いする女性たちの声が給湯室から聞こえる。
「アナタ、昨日も持って行ったじゃない!」
「そうよ、ずるい!」
「あら、そっちだって今朝持って行ってたわよね?」
「ちょっと待って!お茶入れたの私なんですけどっ!」
『そんなの、かんけーないっ‼︎‼︎』
目尻を吊り上げて主張する彼女らの前には『闘魂』と書かれた緑色の湯呑みが盆に乗せられ、今まさに運ばれようとしていた。
ここは相模翔陽署。そしてその湯呑みの持ち主こそが、捜査一課の課長でありながら進んで第一線に出ては事件解決に尽力するという県下一の美青年刑事、藤真健司である。
そんな彼の嫁の座を狙う女性は署内外含め数え切れない。
お茶出しの度に揉めるのもそれが理由で………と、そこへ藤真の右腕、花形透が197cmの長身を屈めて給湯室に入って来た。
「廊下まで丸聞こえだぞ」
やや語気は強めだが、メガネの奥の瞳にはおよそ感情というものが現れない。常に冷静沈着な彼の事を影でサイボーグとあだ名する者もいる程だ。
「オレが持っていく」
花形は彼女らの頭上から長い腕を伸ばすと湯呑みが乗った盆を取り上げた。
途端に小さな悲鳴とブーイングが上がるが、彼の動きに動揺の欠片も見当たらない。
給湯室を出て行くサイボーグの背中を女性職員たちは恨めしそうに睨んだ。
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県央に位置する翔陽署は、窓を開けると海ではなく低く連なる山々が見える。その窓を背に藤真が自席で書類に目を通していた。今日は朝からずっとデスクワークだ。率先して現場に足を運びながら役職も兼務するというのは想像以上にハードだが、藤真はいつも涼しげな顔でそれらをこなしていた。
「少し休憩したらどうだ?藤真」
傍らにそっと湯呑みを置いて、花形が声を掛けた。
「ああ、悪いな」
視線を上げるのに合わせて、藤真のその長いまつ毛もゆっくりと動く。性別問わず誰が見ても「美しい」と思う瞬間だ。
ところがこの容姿に反して藤真の内面は漢気溢れるとんだ熱血野郎だったりする。なので外見だけで彼に近付き、当てが外れた者は数多い。
とは言うものの、そんな藤真も人知れず悩みを抱えている。
美し過ぎる彼は同時に童顔でもあった。いわゆる老けない顔というやつだ。この歳になっても未だに大学生と間違われている。
恐らく内面の未熟さが原因だろう…
真面目な彼は密かに盆栽と茶道を始めた。
侘び寂びを知る事で自ずと佇まいも大人びて来るはずだと考えたからだ。藤真はただの美青年刑事ではない。とても努力家なのだ。
そして、そんな課長の苦悩と頑張りを花形だけが知っている。
「ねぇ花形、どうかなオレ、最近」
藤真がスーツの襟を正して咳払いする。
「どう…って?」
「年相応に見えるか?」
「ああ、うん
見えるよ、大丈夫だ」
心底ホッとする藤真を見て、8月に行われた研修で新人刑事が彼をバイト生と間違えた事は口が裂けても言えないな、と思う。
「この後、湘北署との打ち合わせだったよな?」
花形に言ったはずなのに、何故か長谷川が反応して勢いよく起立した。
「なんだ一志、急に」
驚く藤真。
「あっ、いえ、……別に」
頭を掻きながら長谷川の心は、今度こそ三井と会えるかもしれないという期待ではち切れそうになった。
しばらくして伊藤が湘北署の到着を伝えに来る。
「じゃあ藤真、先に言ってるぞ」
花形が永野と高野を連れ立って部屋を出て行くのを長谷川が目で追っている。
「一志も来るか?」
藤真が水を向けると「任せてくれ!」と飛び上がった。
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会議室に案内された湘北署の刑事たちは既に着席して打ち合わせが始まるのを待っている。
資料に目を通す者、室内をキョロキョロと見回す者、舟を漕ぐ者。
ややあって「お待たせしました」とドア越しで軽く会釈し、主任の花形から順に入室。先手必勝舐められてたまるかと永野と高野が歩きながら湘北サイドを睨み付けると、ガン飛ばしなら負けねぇぞと受けて立つのは負けず嫌いの新人二人。
捜査協力を要請する前に全てが台無しになりかねない険悪なムードが漂う。
そこへ藤真が颯爽と登場した。
「さあ、気合い入れて行こう‼︎」
なんとその一言で室内の不穏な空気を一掃してしまったのだ。これぞ藤真マジック。奇跡の瞬間。
「藤真……」
サイボーグの瞳にも刹那の感情が宿ったと思いきや、それを見事にぶち壊す者がいた。
「よぉ、バイトくんじゃねーか」
藤真以外、この場に居る全員が声の主を注視する。
「バイトくんはここで働いてたんだな」
そう言ってフレンドリーに藤真に近づこうとする赤い頭の男。
よせ!やめろ!
それ以上、藤真に向かってバイトって言うな‼︎
心で叫んだ花形は、両腕を広げて立ちはだかる。
「この、たわけ者が‼︎」
片や、突然の非礼を詫びながら部下を羽交い締めにする湘北署の主任。
今度こそ完璧に台無しだろうと誰もが思った時、笑い声が聞こえた。
「どうした?みんな落ち着けよ」
花形の肩に手をやり、藤真が一歩前へ出張る。
「そいつは俺の友人だから問題無いよ?
……まぁ、今のはちょっとフランク過ぎたけどな」
まさかの展開に響めきが起こった。
「ええぃ!離せ離せっ!
これで分かったかっ!
オレとバイトくんは友達なんだよ!ちょっと前から」
「トモダチ……信じられん……」
「本当なのか、藤真」
開いた口が塞がらない両署の主任。永野と高野は目を白黒させている。
「ナーーッハッハッハッハ‼︎‼︎‼︎」
赤頭の勝ち誇った高笑いが室内に響く。
一方、周囲からひとりフェードアウトした長谷川はガックリと膝をつくのだった。
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