湘北☆cop
《case file 17》
正面ゲートから真っ直ぐに伸びる道の左右には等間隔でシュロの木が植えられており、時折その葉を潮風が揺らす。
その先に見える、リゾートホテルさながらの白い建物が辻堂海南署だ。海沿いの景観に合わせて一昨年建て替えたばかりである。
鎌倉方面から一台の車が入って来た。見事なハンドル捌きで駐車スペースに駐めると、運転席から降り立ったのは牧紳一だった。
日焼けした肌で高級スーツをお洒落に着こなし、アタッシュケースを持つ姿はおよそ刑事とは思えない。
彼は現在、単独である事件を追っている。その件でたった今、腰越陵南署から戻ったばかりだ。
(面倒な男に出くわしたな…)
牧は軽く溜息をついた。
先程の会話で仙道は凡その見当をつけたに違いない。万が一、興味本位で勝手に動かれでもすればこちらのこれまでの苦労が水の泡だ。
とは言え、壁にぶち当たっている今、変に隠し立てするよりはいっそのこと仙道を捜査に加えるのも手かもしれない、などと考え考え歩いていると、背後から「牧さぁぁぁん‼︎」と声が掛かった。
自称辻堂海南署スーパールーキー清田信長が、主人の帰りを喜ぶ仔犬のごとく走り寄ってくる。もしも清田に尻尾が付いていたなら、その揺れ方は尋常ではないだろう。
「今日も一人で出掛けたんすか?」
「まぁな」
「今度はオレも一緒に連れて行って下さいよぉ」
「そーだな、そのうちな」
「やったぁ!
絶対ですよ?約束ですからね!」
清田はピョンピョン跳んで喜ぶ。
「ははは……それより
ショッピングモールの方はどうした?ヤツは現れたか?」
現在、管内では盗品を売り捌く事件が度々起きており、グループの1人が先日、その場所で目撃されたのだ。
「すんません、牧さん!
まだ確認出来て無いっす」
途端に悔しげに頭を下げる清田。
「気にするな、アイツらは相当用心深い」
「はい!……でも」
桜木たちに出し抜かれて以来、ずっとイラついている自称スーパールーキーだ。
一方、牧たちが向かった捜査一課では課長の高頭力が大して暑くもないのに自席で扇子を仰いでいる。
実はこの仰ぎ方、彼の情緒と密接に関係しているらしいと専らの評判だ。なので一課の者は皆、上司の機嫌の良し悪しを扇子の動きで判断している。
「戻りました」
コツコツと靴音を響かせる牧の後ろを清田がピタリと付いて歩く。
「お疲れ」
ボソリと返すのは海南署一の巨漢、高砂一馬だ。その厳つい顔で取り調べ室に入ると、大抵の容疑者が瞬時に自白するという。
「なんだ清田、牧と一緒だったのか?」
そう声を掛けてきたのは武藤正。彼は主に新人の教育を任されているのだが……
「そんなに牧が好きなら、オレじゃなくて牧に付いてもらえよ」
皮肉たっぷりに武藤が言えば
「えー♪良いんですか?」
と、100%真に受ける清田。
「バーカ、冗談だよ
ダメに決まってんだろ」
「なぁ〜んだ…」
本気でガッカリする清田に武藤が苦笑する。
そんな彼らの様子を高頭が扇子を仰ぎながらジッと見ていた。
「お前たち、いつまでこの山を追ってるつもりだ」
静かな物言いに反して、仰ぐ扇子が僅かに荒ぶり出した。
ホンワカムードが一転、ピリリと室内に緊張が走る。
「この半月だけで25点も盗品が持ち込まれてるんだぞ‼︎
同じ窃盗集団に25点だ‼︎」
高頭は扇子を畳むとバシンと机を叩く。
「捕まえますっ‼︎」
思わず清田が叫んだ。
「奴らの犯罪を止めることにオレの力を全て注ぎ込む‼︎」
「できるのか?
新人のお前に」
清田の意気込みを高頭が真正面から挫きにかかる。
「…ッ」
一瞬、怯む清田。だが、その頭を牧の大きな手が上からすっぽりと包みこんだ。
「できる‼︎…よな?」
「牧さんっ……‼︎」
清田の瞳が見る見る潤んでいく。
「クソッたれっ‼︎
やってる‼︎」
そう言い残して清田は部屋を飛び出して行った。
「あのヤロー、また勝手に動きやがって」
教育係の武藤はクシャクシャとパーマ頭を掻き乱し、慌てて清田の後を追う。
「課長、煽り過ぎですよ」
牧が笑うと「お前に言われたくない」と高頭は満足そうに扇子を仰いだ。
そんな騒ぎの中、全く動じる事なく黙々とペンを動かす者がいる。
名を神宗一郎。
彼の冷静かつ鋭い洞察力から導き出された推理は、陵南の仙道にも決して引けは取らない。
「神、これから打ち合わせ
ちょっといいか?」
牧の呼び掛けに「はい…」と静かに席を立つ。
「待ちくたびれたましたよ…‼︎」
端整な顔立ちはそのままに、神は呟くようにそう言った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
牧の長い1日もやっと終わり、時計を見ると8時を回っていた。
イスの背もたれに身体を預けて大きく一つ伸びをする。
「アイツ、まだ居るかな?」
内線で電話を繋ぐと直ぐに聴き慣れた声が耳に届いた。
「これから一杯付き合え、宮」
辻堂海南署鑑識、宮益義範。
牧紳一のハートをとった男だ。
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正面ゲートから真っ直ぐに伸びる道の左右には等間隔でシュロの木が植えられており、時折その葉を潮風が揺らす。
その先に見える、リゾートホテルさながらの白い建物が辻堂海南署だ。海沿いの景観に合わせて一昨年建て替えたばかりである。
鎌倉方面から一台の車が入って来た。見事なハンドル捌きで駐車スペースに駐めると、運転席から降り立ったのは牧紳一だった。
日焼けした肌で高級スーツをお洒落に着こなし、アタッシュケースを持つ姿はおよそ刑事とは思えない。
彼は現在、単独である事件を追っている。その件でたった今、腰越陵南署から戻ったばかりだ。
(面倒な男に出くわしたな…)
牧は軽く溜息をついた。
先程の会話で仙道は凡その見当をつけたに違いない。万が一、興味本位で勝手に動かれでもすればこちらのこれまでの苦労が水の泡だ。
とは言え、壁にぶち当たっている今、変に隠し立てするよりはいっそのこと仙道を捜査に加えるのも手かもしれない、などと考え考え歩いていると、背後から「牧さぁぁぁん‼︎」と声が掛かった。
自称辻堂海南署スーパールーキー清田信長が、主人の帰りを喜ぶ仔犬のごとく走り寄ってくる。もしも清田に尻尾が付いていたなら、その揺れ方は尋常ではないだろう。
「今日も一人で出掛けたんすか?」
「まぁな」
「今度はオレも一緒に連れて行って下さいよぉ」
「そーだな、そのうちな」
「やったぁ!
絶対ですよ?約束ですからね!」
清田はピョンピョン跳んで喜ぶ。
「ははは……それより
ショッピングモールの方はどうした?ヤツは現れたか?」
現在、管内では盗品を売り捌く事件が度々起きており、グループの1人が先日、その場所で目撃されたのだ。
「すんません、牧さん!
まだ確認出来て無いっす」
途端に悔しげに頭を下げる清田。
「気にするな、アイツらは相当用心深い」
「はい!……でも」
桜木たちに出し抜かれて以来、ずっとイラついている自称スーパールーキーだ。
一方、牧たちが向かった捜査一課では課長の高頭力が大して暑くもないのに自席で扇子を仰いでいる。
実はこの仰ぎ方、彼の情緒と密接に関係しているらしいと専らの評判だ。なので一課の者は皆、上司の機嫌の良し悪しを扇子の動きで判断している。
「戻りました」
コツコツと靴音を響かせる牧の後ろを清田がピタリと付いて歩く。
「お疲れ」
ボソリと返すのは海南署一の巨漢、高砂一馬だ。その厳つい顔で取り調べ室に入ると、大抵の容疑者が瞬時に自白するという。
「なんだ清田、牧と一緒だったのか?」
そう声を掛けてきたのは武藤正。彼は主に新人の教育を任されているのだが……
「そんなに牧が好きなら、オレじゃなくて牧に付いてもらえよ」
皮肉たっぷりに武藤が言えば
「えー♪良いんですか?」
と、100%真に受ける清田。
「バーカ、冗談だよ
ダメに決まってんだろ」
「なぁ〜んだ…」
本気でガッカリする清田に武藤が苦笑する。
そんな彼らの様子を高頭が扇子を仰ぎながらジッと見ていた。
「お前たち、いつまでこの山を追ってるつもりだ」
静かな物言いに反して、仰ぐ扇子が僅かに荒ぶり出した。
ホンワカムードが一転、ピリリと室内に緊張が走る。
「この半月だけで25点も盗品が持ち込まれてるんだぞ‼︎
同じ窃盗集団に25点だ‼︎」
高頭は扇子を畳むとバシンと机を叩く。
「捕まえますっ‼︎」
思わず清田が叫んだ。
「奴らの犯罪を止めることにオレの力を全て注ぎ込む‼︎」
「できるのか?
新人のお前に」
清田の意気込みを高頭が真正面から挫きにかかる。
「…ッ」
一瞬、怯む清田。だが、その頭を牧の大きな手が上からすっぽりと包みこんだ。
「できる‼︎…よな?」
「牧さんっ……‼︎」
清田の瞳が見る見る潤んでいく。
「クソッたれっ‼︎
やってる‼︎」
そう言い残して清田は部屋を飛び出して行った。
「あのヤロー、また勝手に動きやがって」
教育係の武藤はクシャクシャとパーマ頭を掻き乱し、慌てて清田の後を追う。
「課長、煽り過ぎですよ」
牧が笑うと「お前に言われたくない」と高頭は満足そうに扇子を仰いだ。
そんな騒ぎの中、全く動じる事なく黙々とペンを動かす者がいる。
名を神宗一郎。
彼の冷静かつ鋭い洞察力から導き出された推理は、陵南の仙道にも決して引けは取らない。
「神、これから打ち合わせ
ちょっといいか?」
牧の呼び掛けに「はい…」と静かに席を立つ。
「待ちくたびれたましたよ…‼︎」
端整な顔立ちはそのままに、神は呟くようにそう言った。
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牧の長い1日もやっと終わり、時計を見ると8時を回っていた。
イスの背もたれに身体を預けて大きく一つ伸びをする。
「アイツ、まだ居るかな?」
内線で電話を繋ぐと直ぐに聴き慣れた声が耳に届いた。
「これから一杯付き合え、宮」
辻堂海南署鑑識、宮益義範。
牧紳一のハートをとった男だ。
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