湘北☆cop
《case file 16》
腰越陵南署、捜査一課の昼行灯こと仙道彰。
そのあだ名通り、普段は覇気も緊張感も無くおよそ刑事とは思えない振舞いをしているが、いったん捜査に加わると迅速且つ的確な推理と判断力であっという間に事件を解決してしまう。いわゆる天才肌というやつだ。
ちなみに昨年はその功績が評価され、県警の刑事ベスト5に選ばれている。
午後1時、自席の仙道は手持ち無沙汰でファ〜〜と生あくびをしている。それを課長の田岡が苦虫を噛み潰したような顔で黙認していた。
例え昼行灯とあだ名されようが彼は間違いなく捜査一課のホープ、多少の事は目を瞑るしかない。正直、この課の者はほぼ全員心の中で「どんな事件も必ず仙道が解決してくれる」と信じて疑わない。
とは言え、今日は余りにも暇を持て余し過ぎた。仮にも国民の税金で生計を立てている身、ここまでの怠惰は如何なものか?
「魚住‼︎」
見兼ねた田岡が遂に主任の魚住純を呼び付けた。
「はい!何でしょうか課長」
「どうにかしろ」
魚住にだけ聞こえるような小声で指示を出す。
「は?どうにか、とは?」
「だから、あれをだ」
眉間にシワを寄せた田岡が視線で促した。
ああ、仙道か……と俯く魚住。
全てに於いて自分よりも格が上であろう相手に、いったい何をどうしろと言うのだ。
こういう場合の対処法は1つしかない。
「越野っ‼︎……越野はどうした?」
彼以外、仙道の手綱を引ける者がこの課には居ないのだ。
「今日は有休です」
植草が直ぐに答えた。生真面目で物静かな男だ。
「有休だと?」
なるほどだからか、と魚住は合点がいった。今日の仙道は100%野放し状態だったのだ。
どうする、どうさせる……
越野不在のピンチに両の目蓋を固く閉じた魚住から低い呻き声が漏れ出すと福田の肩がビクッと上がった。この福田吉兆、一旦キレると収拾がつかなくなるが普段は極めて小心な男である。
そんなところへ、聞き込みに定評のある池上が外回りから戻って来た。魚住と並ぶ古参の刑事だ。
「どうした魚住、顔色が悪いぞ
昼に変なもんでも食ったか?」
「いや、大丈夫だ
……それより仙道に」
「仙道?アイツなら今、オレと入れ替わりで出て行ったぞ?」
「・・・は?」
言われてビックリ、確かに彼の席はもぬけのカラ。
「あのヤロー、いつの間に‼︎」
怒りながらちょっとだけホッとする魚住だった。
一方、仙道はのんびりと廊下を歩いている。向かう先は一階だ。
「午後イチは眠くて適わねぇ」
階段を降りながらまたファ〜〜と生あくびをする。
正面玄関横に設置された自販機にコインを投入してブラックコーヒーのボタンを押した。
ガコンッ
「これでちょっとは目が覚めるかなぁ」
プルタブを引き上げ苦い液体を喉に流し込む。と、その背後に近づく者があった。
「例の密輸事件じゃ、随分とご活躍だったな」
その低く通る声に振り返ると、高級感漂う上物スーツを身に纏った浅黒い肌の男が立っている。
「あっ
あんたは……
ポマードでカッチリ固めたオールバック、瞳の奥に野生を秘め、左目の下には小さなホクロ。
辻堂海南署の牧さん」
「よう、仙道」
「珍しいですね、ウチに来るなんて」
「まぁな、野暮用だ」
牧紳一、辻堂海南署捜査一課主任。3年連続で県警のMVP刑事に輝いている男である。
「湘北の新人も一緒だったそうじゃねーか
ウチの新人が悔しがってたよ」
「へぇ、それはそれは…」
仙道は戯けるように肩を窄めた。
「どうだ?お前から見て
湘北の2人は……?」
「派手な奴らですよ
初めて組んだんですが、ワクワクが止まらなかった」
「へぇ……
オレも早く会ってみたいもんだ」
「きっと気に入りますよ、牧さんも」
「だといいが」
牧が口角を上げるとチラリ覗いた白い歯が浅黒い肌に映える。
「ところで牧さん…….
野暮用って例の事件、ですよね?」
仙道が作る柔らかな表情とは相反して、視線だけが鋭く牧を捉えた。
「今、海南が追ってるんですか?」
「さぁな、ご想像にお任せするよ」
「てことは、次は名古屋…?」
仙道がさらりと鎌をかけるが、相手は眉一つ動かさずに「じゃあ、またな」と踵を返した。牧ほどの刑事になるとそう簡単に尻尾は掴ませてくれない。
その背中を見送りながら、缶に残ったコーヒーを一気に飲み干す仙道だった。
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腰越陵南署、捜査一課の昼行灯こと仙道彰。
そのあだ名通り、普段は覇気も緊張感も無くおよそ刑事とは思えない振舞いをしているが、いったん捜査に加わると迅速且つ的確な推理と判断力であっという間に事件を解決してしまう。いわゆる天才肌というやつだ。
ちなみに昨年はその功績が評価され、県警の刑事ベスト5に選ばれている。
午後1時、自席の仙道は手持ち無沙汰でファ〜〜と生あくびをしている。それを課長の田岡が苦虫を噛み潰したような顔で黙認していた。
例え昼行灯とあだ名されようが彼は間違いなく捜査一課のホープ、多少の事は目を瞑るしかない。正直、この課の者はほぼ全員心の中で「どんな事件も必ず仙道が解決してくれる」と信じて疑わない。
とは言え、今日は余りにも暇を持て余し過ぎた。仮にも国民の税金で生計を立てている身、ここまでの怠惰は如何なものか?
「魚住‼︎」
見兼ねた田岡が遂に主任の魚住純を呼び付けた。
「はい!何でしょうか課長」
「どうにかしろ」
魚住にだけ聞こえるような小声で指示を出す。
「は?どうにか、とは?」
「だから、あれをだ」
眉間にシワを寄せた田岡が視線で促した。
ああ、仙道か……と俯く魚住。
全てに於いて自分よりも格が上であろう相手に、いったい何をどうしろと言うのだ。
こういう場合の対処法は1つしかない。
「越野っ‼︎……越野はどうした?」
彼以外、仙道の手綱を引ける者がこの課には居ないのだ。
「今日は有休です」
植草が直ぐに答えた。生真面目で物静かな男だ。
「有休だと?」
なるほどだからか、と魚住は合点がいった。今日の仙道は100%野放し状態だったのだ。
どうする、どうさせる……
越野不在のピンチに両の目蓋を固く閉じた魚住から低い呻き声が漏れ出すと福田の肩がビクッと上がった。この福田吉兆、一旦キレると収拾がつかなくなるが普段は極めて小心な男である。
そんなところへ、聞き込みに定評のある池上が外回りから戻って来た。魚住と並ぶ古参の刑事だ。
「どうした魚住、顔色が悪いぞ
昼に変なもんでも食ったか?」
「いや、大丈夫だ
……それより仙道に」
「仙道?アイツなら今、オレと入れ替わりで出て行ったぞ?」
「・・・は?」
言われてビックリ、確かに彼の席はもぬけのカラ。
「あのヤロー、いつの間に‼︎」
怒りながらちょっとだけホッとする魚住だった。
一方、仙道はのんびりと廊下を歩いている。向かう先は一階だ。
「午後イチは眠くて適わねぇ」
階段を降りながらまたファ〜〜と生あくびをする。
正面玄関横に設置された自販機にコインを投入してブラックコーヒーのボタンを押した。
ガコンッ
「これでちょっとは目が覚めるかなぁ」
プルタブを引き上げ苦い液体を喉に流し込む。と、その背後に近づく者があった。
「例の密輸事件じゃ、随分とご活躍だったな」
その低く通る声に振り返ると、高級感漂う上物スーツを身に纏った浅黒い肌の男が立っている。
「あっ
あんたは……
ポマードでカッチリ固めたオールバック、瞳の奥に野生を秘め、左目の下には小さなホクロ。
辻堂海南署の牧さん」
「よう、仙道」
「珍しいですね、ウチに来るなんて」
「まぁな、野暮用だ」
牧紳一、辻堂海南署捜査一課主任。3年連続で県警のMVP刑事に輝いている男である。
「湘北の新人も一緒だったそうじゃねーか
ウチの新人が悔しがってたよ」
「へぇ、それはそれは…」
仙道は戯けるように肩を窄めた。
「どうだ?お前から見て
湘北の2人は……?」
「派手な奴らですよ
初めて組んだんですが、ワクワクが止まらなかった」
「へぇ……
オレも早く会ってみたいもんだ」
「きっと気に入りますよ、牧さんも」
「だといいが」
牧が口角を上げるとチラリ覗いた白い歯が浅黒い肌に映える。
「ところで牧さん…….
野暮用って例の事件、ですよね?」
仙道が作る柔らかな表情とは相反して、視線だけが鋭く牧を捉えた。
「今、海南が追ってるんですか?」
「さぁな、ご想像にお任せするよ」
「てことは、次は名古屋…?」
仙道がさらりと鎌をかけるが、相手は眉一つ動かさずに「じゃあ、またな」と踵を返した。牧ほどの刑事になるとそう簡単に尻尾は掴ませてくれない。
その背中を見送りながら、缶に残ったコーヒーを一気に飲み干す仙道だった。
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