湘北☆cop
《case file 15》
海面に出来た細波が柔らかな日差しを反射してキラキラと眩しい昼下がり。
皆が出払って人気の無い片瀬湘北署捜査一課で、ひとり黙々と事務処理をしていた木暮公延がウ〜ンと大きく伸びをした。
いつもならここで直ぐに事務員の彩子が緑茶かコーヒーを出してくれるのだが、生憎と彼女も今は使いの仕事で不在だ。彩子はこの職場には勿体ないくらい良く出来た女性だ。
「ありゃ、きっと良い嫁さんになるな」
そう言うと同時に浮かんだのは宮城リョータの顔。配属された当日に彼が彩子に一目惚れした事を木暮は知っている。なのに未だに想いを伝えられずに悶々とするシャイボーイ宮城。
余計な世話かもしれないが、木暮は近いうちに一度、彼の背中を押してやろうかと考えている。彩子の方も宮城の事は満更でもないのではないか?
刑事の勘てヤツだ。
こんな仕事をしているせいか、人が幸せになるのが堪らなく嬉しい。
「たまには自分で煎れてみるか」
木暮は僅かばかり残ったポットのコーヒーをシンクに捨てて軽く水で濯ぐと、円すい形の紙フィルターをコーヒーメーカーにセットした。そこに豆の粉を入れるのだ。戸棚を開くと缶が二つ並んでいて一方には「三井専用」と書かれてある。
実は三井寿は少々コーヒーにうるさい。わざわざ専門店で買ってきて、こうして自分専用の缶を作る程だ。以前、銘柄を聞いた彩子が「高級豆だわ」と感心していたっけ。ついでに三井だけはこのコーヒーメーカーを使わない。その都度ドリッパーで作るから、煎れる彩子は一手間だ。
一見、素行が悪そうに見える三井。実はなかなか裕福な家の育ちらしい。プライベートな話は滅多にしない男だが、以前2人で飲んだ時に父親と兄は歯科医で実家にはゴールデン・レトリーバーが二匹いると話していた。その時、ひょっとして三井は自分にだけは心を許しているんじゃないか?とちょっと嬉しかった記憶がある。
そう言えば桜木花道が着任したばかりの頃、「三井専用」の高級豆を使ってしまった事があった。もちろんワザとだ。
『なんだ?こりゃ?!
ミッチー専用のコーヒーとか言うからどんだけ美味ぇのかと思えば、飲めたもんじゃねーな!』
どうやら桜木は挽いた豆を直接マグカップに入れて熱湯を注ぎ飲んだらしい。聞けばインスタント以外のコーヒーを知らなかったと言う。
一同大爆笑となり、自分の豆を勝手に使われてキレかけていた三井も呆れて怒る気力が失せたようだった。
そんな事を思い出しながら木暮はスーパーの安い豆の粉をフィルターにサラサラを落とした。
「全く……桜木が来てから毎日騒がしくなったよなぁ」
だが反面、木暮は桜木に期待もしていた。きっと彼は良い刑事になるんじゃないかと思っている。
今は仲違いしている流川とも、そのうちきっと良い関係になるはずだ。そうすればこの片瀬湘北署の最強コンビになるだろう。先日の密輸事件での二人の活躍に木暮はその片鱗を見た気がした。
「アイツら二人はよく似てるんだよな」
だから余計にぶつかるのだろう。
コーヒーメーカーからフツフツと音がし始めると、何気なく水切りカゴに目がいった。伏せられた数個のマグカップ。そのうちの一つ
には『全国制覇』とプリントされてある。
「オレ、コイツとぶつかった事あったかな?」
木暮は初めて赤木剛憲と出会った日の事を今でもハッキリと覚えている。
あれはまだ警察学校に入校したての頃だ。学校内の施設の場所が分からずにウロウロしていた時に現れたのが彼だった。
『あの先輩、すいません……
武道場に行きたいんですけど…』
『ん?
オレも入校したばかりなんだけど』
そう返されて驚いた。
『赤木剛憲ってんだ
いずれ全国を平和にするつもりだ』
『ぜ……全国‼︎』
見た目と違って随分と青臭い事を大真面目に言う奴だなと、少し可笑しくなった。
『君は?
なぜ警察学校に?』
『ああ、木暮公延っていうだ
ぼくは親に勧められて……』
『親……』
今度は逆にこちらが嘲笑されたが、嫌な気分になるどころか寧ろこの男と友達になりたいとさえ思った。一目で彼に魅了されてしまったのだ。
それからの毎日は心身共にただただキツいの一言だった。けれど傍にはいつも赤木がいて、時に叱咤され、時に励まされ、何とか卒業まで漕ぎ着けた。今の自分が有るのは全て赤木のおかげだと言えよう。
卒業後は当然別々の道に行くと思っていたので、この片瀬湘北署で彼と再会した時は思わず泣いてしまった。
そして、現在に至る。
赤木の隣で共に全国を平和にする為に尽力する日々。感無量だ。
気付けば部屋中に良い香りが立ち込め、ポットの中の茶褐色が少しだけ滲んで見えた。
「やっぱりアイツとぶつかった事なんて無いな」
木暮は鼻を啜る。彼にとって赤木剛憲は唯一無二の存在なのだ。
しばらくすると、ドアが乱暴に開いて桜木と流川が戻って来た。
「おっ!グレさん
ひとりでコーヒータイムか?」
僅かな残り香に鼻をクンクンさせて早速桜木が絡んで来る。
「…先輩は?」
「ああ、彩子なら今日は県警本部までお使いだ」
「なんだぁ〜アヤコさん横浜かぁ
そんなら土産を頼めば良かったな
シウマイとか中華まんとかカステラとか」
「どあほう
カステラは横浜じゃねぇ」
こんな風に直ぐに流川が突っ込むあたり、だんだんと息が合って来ている証拠なのか。
「えっ⁉︎そ、そーなのか?
・・・・・あぁぁあぁーっ‼︎
ルカワてめぇ、それミッチーのコーヒーじゃねーかよ‼︎」
見れば流川がシレッとドリッパーに紙フィルターをセットしている。
「し、知らねーぞぉ
スんゲェ怒られんぞぉ〜」
「バレなきゃいい
証拠隠滅だ」
「・・・なるほど
おぃルカワ、オレにも飲ませろ」
「ヤダ」
「んだと、てめぇ‼︎
ミッチーに密告してやる‼︎」
「オレに言ってる時点で密告になってねー」
「ぁぁあ"あ"ーっ‼︎
いちいち人の揚げ足取りやがってぇぇえ‼︎」
まるで漫才コンビだな、と吹き出す木暮。けれどやがてこの二人は自分らに追いつき追い越して行くのだろう。
とは言え、現時点での片瀬湘北署最強コンビは赤木と自分だ。まだまだこの座を譲る気はない。
1日でも長く赤木との最強コンビが続けられるように自分も気を引き締めて行かないとな、と木暮は心に誓いコーヒーを飲み干す。
胸ぐらを掴み合う漫才コンビを横目にシンクでマグカップを洗うと『全国制覇』の隣にそっと伏せる木暮だった。
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海面に出来た細波が柔らかな日差しを反射してキラキラと眩しい昼下がり。
皆が出払って人気の無い片瀬湘北署捜査一課で、ひとり黙々と事務処理をしていた木暮公延がウ〜ンと大きく伸びをした。
いつもならここで直ぐに事務員の彩子が緑茶かコーヒーを出してくれるのだが、生憎と彼女も今は使いの仕事で不在だ。彩子はこの職場には勿体ないくらい良く出来た女性だ。
「ありゃ、きっと良い嫁さんになるな」
そう言うと同時に浮かんだのは宮城リョータの顔。配属された当日に彼が彩子に一目惚れした事を木暮は知っている。なのに未だに想いを伝えられずに悶々とするシャイボーイ宮城。
余計な世話かもしれないが、木暮は近いうちに一度、彼の背中を押してやろうかと考えている。彩子の方も宮城の事は満更でもないのではないか?
刑事の勘てヤツだ。
こんな仕事をしているせいか、人が幸せになるのが堪らなく嬉しい。
「たまには自分で煎れてみるか」
木暮は僅かばかり残ったポットのコーヒーをシンクに捨てて軽く水で濯ぐと、円すい形の紙フィルターをコーヒーメーカーにセットした。そこに豆の粉を入れるのだ。戸棚を開くと缶が二つ並んでいて一方には「三井専用」と書かれてある。
実は三井寿は少々コーヒーにうるさい。わざわざ専門店で買ってきて、こうして自分専用の缶を作る程だ。以前、銘柄を聞いた彩子が「高級豆だわ」と感心していたっけ。ついでに三井だけはこのコーヒーメーカーを使わない。その都度ドリッパーで作るから、煎れる彩子は一手間だ。
一見、素行が悪そうに見える三井。実はなかなか裕福な家の育ちらしい。プライベートな話は滅多にしない男だが、以前2人で飲んだ時に父親と兄は歯科医で実家にはゴールデン・レトリーバーが二匹いると話していた。その時、ひょっとして三井は自分にだけは心を許しているんじゃないか?とちょっと嬉しかった記憶がある。
そう言えば桜木花道が着任したばかりの頃、「三井専用」の高級豆を使ってしまった事があった。もちろんワザとだ。
『なんだ?こりゃ?!
ミッチー専用のコーヒーとか言うからどんだけ美味ぇのかと思えば、飲めたもんじゃねーな!』
どうやら桜木は挽いた豆を直接マグカップに入れて熱湯を注ぎ飲んだらしい。聞けばインスタント以外のコーヒーを知らなかったと言う。
一同大爆笑となり、自分の豆を勝手に使われてキレかけていた三井も呆れて怒る気力が失せたようだった。
そんな事を思い出しながら木暮はスーパーの安い豆の粉をフィルターにサラサラを落とした。
「全く……桜木が来てから毎日騒がしくなったよなぁ」
だが反面、木暮は桜木に期待もしていた。きっと彼は良い刑事になるんじゃないかと思っている。
今は仲違いしている流川とも、そのうちきっと良い関係になるはずだ。そうすればこの片瀬湘北署の最強コンビになるだろう。先日の密輸事件での二人の活躍に木暮はその片鱗を見た気がした。
「アイツら二人はよく似てるんだよな」
だから余計にぶつかるのだろう。
コーヒーメーカーからフツフツと音がし始めると、何気なく水切りカゴに目がいった。伏せられた数個のマグカップ。そのうちの一つ
には『全国制覇』とプリントされてある。
「オレ、コイツとぶつかった事あったかな?」
木暮は初めて赤木剛憲と出会った日の事を今でもハッキリと覚えている。
あれはまだ警察学校に入校したての頃だ。学校内の施設の場所が分からずにウロウロしていた時に現れたのが彼だった。
『あの先輩、すいません……
武道場に行きたいんですけど…』
『ん?
オレも入校したばかりなんだけど』
そう返されて驚いた。
『赤木剛憲ってんだ
いずれ全国を平和にするつもりだ』
『ぜ……全国‼︎』
見た目と違って随分と青臭い事を大真面目に言う奴だなと、少し可笑しくなった。
『君は?
なぜ警察学校に?』
『ああ、木暮公延っていうだ
ぼくは親に勧められて……』
『親……』
今度は逆にこちらが嘲笑されたが、嫌な気分になるどころか寧ろこの男と友達になりたいとさえ思った。一目で彼に魅了されてしまったのだ。
それからの毎日は心身共にただただキツいの一言だった。けれど傍にはいつも赤木がいて、時に叱咤され、時に励まされ、何とか卒業まで漕ぎ着けた。今の自分が有るのは全て赤木のおかげだと言えよう。
卒業後は当然別々の道に行くと思っていたので、この片瀬湘北署で彼と再会した時は思わず泣いてしまった。
そして、現在に至る。
赤木の隣で共に全国を平和にする為に尽力する日々。感無量だ。
気付けば部屋中に良い香りが立ち込め、ポットの中の茶褐色が少しだけ滲んで見えた。
「やっぱりアイツとぶつかった事なんて無いな」
木暮は鼻を啜る。彼にとって赤木剛憲は唯一無二の存在なのだ。
しばらくすると、ドアが乱暴に開いて桜木と流川が戻って来た。
「おっ!グレさん
ひとりでコーヒータイムか?」
僅かな残り香に鼻をクンクンさせて早速桜木が絡んで来る。
「…先輩は?」
「ああ、彩子なら今日は県警本部までお使いだ」
「なんだぁ〜アヤコさん横浜かぁ
そんなら土産を頼めば良かったな
シウマイとか中華まんとかカステラとか」
「どあほう
カステラは横浜じゃねぇ」
こんな風に直ぐに流川が突っ込むあたり、だんだんと息が合って来ている証拠なのか。
「えっ⁉︎そ、そーなのか?
・・・・・あぁぁあぁーっ‼︎
ルカワてめぇ、それミッチーのコーヒーじゃねーかよ‼︎」
見れば流川がシレッとドリッパーに紙フィルターをセットしている。
「し、知らねーぞぉ
スんゲェ怒られんぞぉ〜」
「バレなきゃいい
証拠隠滅だ」
「・・・なるほど
おぃルカワ、オレにも飲ませろ」
「ヤダ」
「んだと、てめぇ‼︎
ミッチーに密告してやる‼︎」
「オレに言ってる時点で密告になってねー」
「ぁぁあ"あ"ーっ‼︎
いちいち人の揚げ足取りやがってぇぇえ‼︎」
まるで漫才コンビだな、と吹き出す木暮。けれどやがてこの二人は自分らに追いつき追い越して行くのだろう。
とは言え、現時点での片瀬湘北署最強コンビは赤木と自分だ。まだまだこの座を譲る気はない。
1日でも長く赤木との最強コンビが続けられるように自分も気を引き締めて行かないとな、と木暮は心に誓いコーヒーを飲み干す。
胸ぐらを掴み合う漫才コンビを横目にシンクでマグカップを洗うと『全国制覇』の隣にそっと伏せる木暮だった。
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