湘北☆cop

《case file 11》


ダイヤ密輸事件で、またしても腰越陵南署に手柄を持っていかれた片瀬湘北署。

とは言え、犯人逮捕で大活躍した捜査一課の新人刑事2名は、署内でちょっとしたヒーローになっている。

「スゴイわスゴイわスゴイわ!」

憧れのマドンナ、交通課の赤木晴子に褒められて大いに有頂天の桜木花道は、現場に踏み込んだ際の様子を身振り手振りで再現し、彼女の興味を更に引こうと躍起になっている。

そこへ現れたもう一人のヒーロー流川楓。

立ち話をする桜木と晴子には目もくれず、無表情で横を通り過ぎていく。途端に晴子の頬が紅潮した。

「ゴメンね桜木くん
続きはまた今度聞かせてね」

「ハ、ハルコさん??」

晴子は桜木に手を合わせると、流川の背中に吸い寄せられていく。

「うぬぬぬぬーっ!
キツネの分際でカッコ付けやがって!そーは行かせねぇぞ!」

逆恨みする桜木も晴子に続いて後を追った。

流川に追い付き、呼び止めた晴子の頬は更に紅くなる。

「あ、…あの!
兄からいろいろ聞きました
お、お疲れ様でした!」

意中の相手を前に緊張しまくりガチガチ晴子。

対して流川の反応は至ってクールに一瞥を寄越すのみ。

「あ、あの!
お怪我とか無かったですか?
すごい格闘だったって……」

ここで桜木が会話に割り込んだ。

「聞いて下さい、ハルコさん!
この桜木に比べれば、キツネ男の働きなど無かったも同然!」

「桜木くんは黙ってて」

「は、はい……スイマセン」

当然、怒られた。

一方、自分への用事が終了したと判断した流川は再び歩き出す。

「待って下さい!」

慌てて引き留める晴子。

「こ、これ、受け取って下さい
お、……お守りなんですけど……
安全祈願の……
鎌倉の八幡宮で買って来ました
ど、どうぞ…///」

深々と頭を下げ、両手を添えて小さな包みを差し出した。

「……いいよ、そんなの」

照れているのか?

直ぐには判別が付かない。

「で、でもコレお利益あるんですよ!」

「…………」

「兄も持っていますし」

「…………」

「だ、だから……その」

「うるせーな
ほっとけよ」

「!!」

予期せぬ流川の塩対応に思わずフリーズする晴子。それを見た桜木が吠えた。

「流川ーーーっ!!!!」

まさに人間瞬間湯沸かし器!!
一気に怒りが頂点に達した桜木の拳が流川の左の頬にヒットする。

「てめえ
ハルコさんのやさしい心を!!」

「キャアアア
やめてえ、桜木くん!!」

「いてーな、この…」

反射的に今度は流川の拳が桜木の左頬に強烈な報復をお見舞いした。

殺気立った二人は顔を寄せたまま睨み合う。

晴子の悲鳴を聞き付けて署員が続々と集まって来た。その中にはハリセンを持った彩子の姿もあって……

「いい加減にしなさいっ!
アンタたち!!」

パンッ!パンッ!

二人の頭から小気味良い音が響いた。

「ヒデェよ、アヤコさん
悪いのは、このキツネだぞ!」

頭を抱えて桜木が抗議するも、一切耳を貸さない彩子。

「ツベコベ言わないっ!
・・・皆さん申し訳ありません
お騒がせしました!
まだ先日の逮捕劇のコーフンが治まってないみたいで……
よぉ〜〜く言って聞かせますのでどうかご勘弁下さ〜〜い!
ホラ、アンタたちも皆さんに謝るっ!」

パンッ!パンッ!

もう一度ハリセンの音が鳴り響くと俄かヒーローの2人がノロノロと頭をさげる。

この見事な彩子裁きで無事に事態は収拾され、その場から二人ずつ左右に別れた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

右を行くのは桜木と晴子。

「すみません、ハルコさん
ついカッとしてしまい……」

「ううん、いーの
片想いなんだから当たり前よ」

「ハルコさん……」

「あ、もし良ければコレ…
私の代わりに怒ってくれたお礼」

晴子の手には先程の御守り。

「え?で、でもコレはハルコさんがルカワの為に……」

「そ、そーよねぇ///
失礼よね、ゴメンなさいっ」

「い、いえ!そーではなく
自分なんかが頂戴しても…?」

「もちろんよ!貰って貰って!」

「・・・やさしいなぁ、ハルコさんは」

「桜木くんも……優しいよ?」

「ハ、ハルコさん…///
い、一生大切にします!!!」

「・・・え?」

「あっ!い、いや……
お、御守りを」

「……///」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

そして、左へ行ったのは流川と彩子だ。

「何やってんのよ!全く…」

「………」

「アンタ、確か安西課長のところに行くって言ってなかった?」

流川は無言でコクリと頷く。

「はぁ……
・・・ねぇ、どうしたの?
この前の事件以来ちょっと変よ?
なんかあった?」

「………別に」

「…そう、ならイイけど・・・
一人で考え込むなよっ!」

彩子が流川の背中をパシンと叩いた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

トントン……

流川は一人になると元々の目的だった課長の安西を訪ねた。

「遅く、なりました…」

小会議室のドアを開けると安西が湯呑みを持って窓際に立っている。ガラス越しの相模湾がキラキラと目に眩しい。

背後でドアを閉めた流川が第一声のタイミングを探っていると、安西が徐ろに茶を啜った。

「それで…
話というのは…?流川君」

「………………」

「………………」

「アメリカに行こうと思ってます」

「アメリカ……」

安西は僅かに眉を動かした。

「FBIかね…?」

「もっと優秀になりたい
ただそれだけです」

流川は射抜くような視線を安西に向ける。

「……………」

「……………」

そして暫しの沈黙の後、安西はキッパリと言い放った。

「私は反対だ」

「……!!」

「今回の事件……
君はまだ仙道君に及ばない」

「……!!」

「今、アメリカへ行くと言う…
それは逃げじゃないのかね?」

「ちが…」

「まして全国にはもっと上がいるかも」

「…………」

「………とりあえず
君は日本一の刑事になりなさい」

「ーーーーー!!」

「アメリカはそれからでも遅くはない」

安西はそう言うと、空になった湯呑みをテーブルにコトりと置いた。

少しだけ開いたサッシの隙間から吹き込んだ潮風が、色褪せたカーテンを物憂げに揺らしていた。


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