湘北☆cop

《case file 10》


要人警護当日の朝、主任の赤木剛憲が二人の新人を従えて慌ただしく部屋を後にした。

それを見送るのは捜査一課の木暮、三井、宮城、そして事務の彩子の4人。

「何だろう…
嫌な予感がするよ」

木暮が半ば独り言のように言う。

「心配し過ぎですよ
そもそもこれは警護課の仕事だ
ダンナだってついてる」

宮城が背凭れの反動でグルリとイスを回転させた。

「いや、木暮はそーゆぅ事を言ってんじゃねぇよ」

三井が会話に割り込むと宮城が怪訝な顔をする。

「は?」

「オレたちは任務に就いてねぇからよ
詳しい事は知らされてねぇんだが・・・」

「なんだよ三井さん
そこで止めんなよっ」

「実は誘拐予告が来てたらしいの」

三井の後を彩子が続けた。

「はぁ〜??ゆ、誘拐って…
ウッソだろォ?ちょっと待てよ……
って何?アヤちゃんも知ってたの?知らないのオレだけかよ」

不貞腐れる宮城を木暮が宥める。

「オレたちだってちゃんと上から聞かされた訳じゃないんだ
一昨日、桜木がポロっと…」

任務の守秘義務を怠った桜木は赤木から「この大馬鹿者がっ!捜査から外すぞっ!」と大目玉を喰らったのだ。

「なるほど、それで捜査一課に協力要請が来たってわけか……
これで合点がいったぜ」

宮城が左の掌を逆の拳でパシンと叩く。

「私もさ、陵南署と合同だなんて少し大袈裟過ぎない?って思ってたのよねぇ〜」

「しかも陵南は仙道まで出してるって言うじゃねぇか!
やっぱりあんな新人じゃなくこの三井寿が出た方が良かったんじゃねぇのか?」

徐々にヒートアップしてくる三人。

「まぁまぁ、皆んな落ち着いて
予告状も稚拙な内容だったし、愉快犯の可能性が高いから捜査一課は念のためだって赤木も言ってたじゃないか」

自身を不安を払拭するように、木暮は赤木たちが出て行ったドアを見ながら言うのだった。

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「ナゼこの天才がこんな場所に!?」

海辺近く、国道へ出る細い脇道で桜木花道がボヤいている。横に止めた車の中には流川楓の姿も…。二人は要人の散策コースからかなり外れた場所に配置されていた。

「おぃルカワ、寝るなよ?」

「…寝てねぇ」

けれどシートに身を預けて寝落ち寸前。

「クソォ、ゴリさんめ
イジワルしやがって!
手柄を独り占めしようと企んでやがるなっ!」

憤慨しながら桜木は頬張ったアンパンを牛乳で流し込んだ。

ピーヒョロヒョロヒョロ〜〜

上空でトンビが輪を描いて、何ともノンビリとした時間が流れていく。

と・・・その遥か前方の国道を見知った人物が港の方角へ消えて行くのが見えた。

「仙道!!」
「フク助もいるぞっ!!」

二人は同時に声を上げ、現場放棄で宿敵の後を追った。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

同じ頃、要人警護の仮設本部で動きがあった。

「やはりウチの仙道の読み通りだったな」

魚住がドヤ顔で立ち上がると急拵えのテントが大きく揺れる。

「本当か、魚住!」

身を乗り出す赤木。

「あぁ、たった今、逮捕状が出た」

「そうか……やっぱりな」

赤木は納得した様に何度も頷く。

「密輸容疑で警護対象者の身柄を即刻確保せよ!」

魚住が指示を出すと周囲は騒然となる。たった今まで警護していた人物が一転、容疑者になってしまったからだ。

今回警護対象となった要人とはとある石油大国の皇子。日本で身分を伏せて芸能活動をしているその彼が突然、お忍びで湘南に行きたいと言い出した。そしてすぐ後を追う様に届いた皇子誘拐の予告状。

この段階で既に仙道は何らか不自然さを感じていたらしい。

「我々に警護させること自体、フェイクの可能性があります」

魚住にそう進言していた。

案の定、仙道の刑事の勘は外れなかった。越野の内偵で皇子とそのマネージャーにダイヤ密輸の嫌疑が浮上。先刻、逮捕状が取れたのだ。

「魚住!」

「なんだ、赤木」

「バイヤーと接触するのは恐らくマネージャーだろう
ウチの若いのを取引現場近くに配置させてある」

なんと!赤木も仙道と同じ推理を立てていたようだ。たった一人、湘北署の誰にも気付かれずに独自で捜査していたらしい。

「なにぃ?!
フン、相変わらず抜け目がねぇな、今日が取引日だと読んでやがったか」

「当たり前だ、たわけが!
ちょっと考えれば直ぐに分かる事だ」

そう言って今度は赤木がドヤ顔でマイクを手に取り、無線で待機中の二人に呼び掛けた。

「桜木、流川
オマエらの出番だ!」

「・・・・・」

「オィ!応答せんかっ!
桜木ぃ!流川ぁ!」

だが、赤木がいくら呼び掛けてもスピーカーからはウンともスンとも返ってこない。

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その日、もうすっかり陽も暮れてから片瀬湘北署に赤木、桜木、流川の三人が帰還した。

「諸々の話は聞いてるわよ
まさか予告状までフェイクだったなんてね!お疲れ様でした〜」

彩子が労いの言葉と熱いコーヒーを運んで来る。

「取引現場で大活躍だったらしいじゃねぇか」

三井の言い方にホンの少しだけ揶揄いが滲む。

「と言っても手柄はまた陵南に持ってかれたけどな」

苦笑する宮城。

「赤木・・・」

全身疲労困憊の相棒を見て、木暮はそれ以上なにも言えない。

神妙な顔付きで課長席の前に並ぶ三人。

「本日の要人警護改めダイヤ密輸事件、取引現場を押さえて無事解決致しました」

赤木が敬礼すると新人二人も慌ててそれに倣う。

「三人ともご苦労さん
桜木くん、流川くん
2人とも良い経験が出来ましたね
結構結構、ほーっほっほっほ」

安西が嬉しそうに笑った。

自席に戻った桜木の元に彩子が近づく。

「桜木花道!
よくやったわよ!!
検挙した気分は?!」

「アヤコさん……
イヤ…、夢中で……」

「あれ??」

意外なリアクションの薄さに拍子抜けした彩子を余所に、桜木は密輸団との乱闘を思い出していた。

現場に踏み込んだ際、結果として宿敵仙道に指示を仰ぐ形にはなったが、容疑者全員を逮捕出来た事に大満足している。

(刑事ドラマとはちょっと違ったけど…
でも手錠を掛ける時はドキドキしたな…)

未だ興奮冷めやらず、手のひらでギュッと拳を作る。

「あ、そうだわ!」

彩子が踵を返して新人二人の元に戻って来た。

「アンタたちが乗り捨てた車
あれね、晴子ちゃんが駐禁の違反キップ切ったって言ってたわよ
ちなみに反則金は経費で落ちないからヨロシクね〜」

明るくウインクすると、部屋中からドッと笑いが起こった。

ただ一人、流川だけが唇を噛み締めて口惜しがっている事に気付く者はまだ居ない。


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