あれから17年後
南と彦一が加わり
割烹『うおずみ』の奥座敷はいよいよ超満員だ。
息苦しさを感じて
1人グラスを持ち、テーブル席に移動した。
少し離れた場所から旧友達を眺めていると
不思議に気持ちが優しくなる。
同じ記憶を持つ者がいるという事は良いものだと改めて思う。
ジーンズの尻ポケットで着信音が鳴った。
表示は妻のものだ。
「……はい」
「パパーッ!!おそーい!!」
耳に飛び込んで来たのは娘の愛らしい声だった。
腕時計を見ると9時を少し回っている。
「どうした、まだ寝てないのか?」
「だってモミジ、パパをまってるんだよ
はやくかえってきてよ
ナギちゃんだってまってるんだよ、ほら」
「ダァーダァー」
ガシガシ…
息子の声と雑音が聞こえる。
「あー!!だめだよナギちゃん!!おくちにいれちゃだめーっ!!」
「ギャーーーーッ!!!」
姉が携帯を取り上げたのか弟が激しく泣き出した。
「やれやれ……」
「もしもしパパ?はやくかえってきて」
相変わらず横で弟は火が点いたように泣いている。
「モミジ?
…ちょっとだけナギサの耳に携帯当ててごらん?」
「えーなんでー?ナギちゃんケータイたべちゃうの」
「いいから」
「はぁーい」
娘が渋々、携帯を近付けると息子の泣き声が大音量になる。
「もしもし?ナギサ、パパだよ…ナギサ?」
「………パー、パー、キャッキャッキャッ」
途端に笑い声に変わる。
「あーずるーい!!モミジもパパとおはなししたいのにぃ」
また取り合いになり掛けた所で妻の声がした。
「はい、ケンカする人はもうおしまい!!ママに貸して」
「えーっ!!」
「ギャーーッ!!」
大騒ぎになっている。
「もしもし?」
「……おぅ」
「遅くなりそー?」
「……あぁ」
「了解!!気を付けてね、じゃあ」
「待て…」
「ん?」
「……紅葉と替わって」
「ハイハイ……
モミジ~、パパがぁ」
娘が駆け寄る音がする。
「なぁに?パパ」
「おやすみ、モミジ…
また明日」
「うん、おやすみなさいパパ!!
モミジ、パパだぁ~~いすき!!」
「…パパもだよ」
ピッ…
携帯を切った。
姉の紅葉の顔立ちは自分と瓜二つだとよく言われる。
だが、フレンドリーな明るい性格は妻譲りだ。
黒いストレートのロングヘアをサラサラとなびかせると
まだ3歳だというのに妙な色気があって困る。
悪い虫が付くのではと、行く末が心配だ。
反対に弟の渚は妻によく似たクリッとした二重瞼に丸い鼻をしている。
栗色の髪はフワフワとまだ薄い。
時折見せる負けん気の強さとしぶとい性格が
ひょっとして自分似なのかと、少々嬉しい。
「流川~、いい?そっち」
上機嫌の彩子がグラスを持って移って来た。
彩子の酒はとても明るい。
「ねぇねぇ、…今の電話さぁ 家から?」
「………まぁ」
「このぉ~~
なんで照れるかなぁ」
「……別に」
「…………いい顔してた
流川でもあんな顔する事あるんだねぇ
すごい驚いた……」
「…………」
見られていたのか…
なんともバツが悪い…
「……ねぇ
結婚て……いいもの?」
「は?」
「自分の家族が増えて行くって
……どんな気持ち?」
「先輩、……酔った」
「酔ってないよ、全然
ただ……
目の前であ~~んな幸せそーな顔されちゃったから
ちょっと訊いてみたくなっただけ……」
「…んだよ、それ」
彼女の視線の先には三井とじゃれ合う宮城の姿があった。
「ねぇ、携帯にお子ちゃまの写真とか入れてないの?」
「………あるけど」
「キャー!!!見せて見せて~~」
彩子に子供の画像を見せながら
この人もそろそろ年貢の納め時なんじゃねーかと
オレは思った。
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