あれから17年後


 「ここですねん
 ごっつ美味い酒、揃えてるんですわ
 ビックリせんといて下さいね」

話ながら入って来たのはスーツ姿の小柄な男だった。

どうやら連れがいるらしい。

 「なんやずいぶん混んどるやないけ
 座れるんか?」

スーツの男より悠に頭1つは大きな男が店内をジロリと見回す。

 「よぉー、彦一じゃねーか」

途端に調理場から声が掛かった。

 「魚住さん!!
 えらいご無沙汰して申し訳ないです
 相変わらず繁盛してはりますね」

元陵南バスケ部、相田彦一がペコリと頭を下げた。

 「あぁ、お陰さんでな
 で?そちらのお連れサンは?」

 「あっ、覚えてはりませんか?南さん…
 大阪豊玉高校バスケ部の主将してはったお方です」

 「豊玉…」

 「えぇ、IHの常連校だったところですわ
 今は南龍生堂の若社長はん
 そんでウチとこの会社のお得意様ってわけです」

 「ほー」

 「今日はまぁ、その…
 接待ちゅうヤツですわ」

南が軽く会釈した。

陵南高校を卒業した相田彦一は
しばらく東京でフリーターをした後、生まれ故郷の大阪に戻り、親戚のコネで今の製薬会社に就職。
営業一筋12年、先頃やっと役職に就いたばかりだった。

 「彦一、奥に懐かしいのが集まってるぞ
 後でちょっと顔出してみろ」

 「え?どなたさんやろ…
 気になりますなぁ~」

魚住が意味深に笑う。

 「相田さん、俺のことはええから
 先に挨拶して来たらどないや」

南の言葉に「えらいすんません」と深々と一礼すると
彦一は足早に座敷に向かった。

 「ご注文は?」

魚住の声に南は店内に貼ってある品書きを眺め
「とりあえず生ビールやな、中で」と言ってカウンター席に腰を下ろす。

ほどなくジョッキと付きだしがドンと置かれた。

それを半分程、一気に飲み干す。

 「フゥ…、美味いわ」

その時、南は人の気配を感じた。

 「……よぉ」

酒のおかげで簡単に声が掛けられた、と流川は思った。というか、飲んでなければ到底
自分から声を掛けようなどとは思わなかっただろう。

振り返った南は17年前とあまり変わっていない印象だが、それは長く伸ばした揉み上げと
前髪を一直線に切り揃えた独特の髪型のせいかもしれない。

 「お前………
 ナガレカワ、か?」

落ち窪んだ瞼を更に窪ませて南が驚く。

 「……ナガレカワじゃねー、ルカワだ」

 「フッ…、そーやったな」

懐かしそうに笑う。

 「……いいか、隣」

 「あぁ、かまへんで」

南は椅子を後ろに引いた。

 「…魚住さん
 俺、さっきのもう一杯…
 美味いっすね、あの酒」

 「おぅ『神鷹』だ
 ウチの一押しでな
 さすが流川だ
 わかるか、この味が」

器用に料理を盛り付けながら満足そうに返す魚住。

 「じゃ、俺ももらおうか
 その『神鷹』って酒」

南のジョッキは既にカラになっていた。

自分の帰国がきっかけで皆が集まる事になったのだと
簡単に事情を説明する。

透明の液体が注がれたグラスが2つ、トンと置かれた。

 「何年振りやろな、お前に会うたの…
 えらい出世してしもーたな」

 「………」

 「お前はやっぱり……
 本物やったんやな」

南はひどく神妙な顔をする。

不意に豊玉戦の1シーンが頭に浮かんだ。

後半残り20分、豊玉に10点リードされ
こちらの速攻は簡単に止められてしまった。

そんな中、片目で遠近感の取れない俺にコイツは

 『ベンチでおとなしくしとればよかったものを』

と言った。

今思えば、あれで完全にスイッチが入った気がする。

 「お前…
 試合中、俺に『一歩も引く気はねーぜ』って
 言うたの覚えとるか」

どうやら南も自分と同じ記憶を手繰り寄せていたらしい。

軽く頷く。

 「あん時の事思い出すと
 今でも鳥肌が立つんや」

 「………」

 「……俺、お前とやれて良かったと思おとる
 あのままやったら、ほんま
 しょーもない人生送っとったと思うわ」

少し照れたように、南はグラスの液体を口に運ぶ。

 「んっ!!
 大将、美味いでぇこの酒
 『神鷹』…ゆうたっけ?
 ……取り寄せ出来るんやろか」

南はグラスを上にかざしてマジマジと液体を見ている。

 「若社長さんのお口に合いましたか?
 そりゃ良かった
 ではお帰りに一本差し上げますよ
 いつも彦一が世話になってるホンのお礼です」

調理の手を止めて会釈した。

 「……若社長?」

 「あぁ…家、薬局ってゆぅたやろ?
 親父の後、継いでん
 ……小さな店やけどな」

 「ふぅ~ん……あっ」

 「なんや」

 「あの塗り薬……、スゲーよく効いた」

 「そーか、そりゃ良かった
 ここだけの話やけど、実はあれな
 薬剤師やったウチとこのおかんのオリジナルや
 せやから一般には販売せーへんかったんやけど…
 そーかぁ、効いたんか」

 「……おぃ、どーゆぅ意味だ」

 「いや、深い意味はないさかい、気にせんといてや」

 「ぬっ……」

そこに彦一が戻った。

 「やぁ~、えらいすんませんでした若社長!!
 座敷ですっかり捕まってしもーて…
 ってあれ?流川くん
 席はずされたぁ思おとったら、こっちに居てはったんですかぁ」

向こうで皆にずいぶん飲まされたのか
彦一の頬はかなり赤い。

 「あの、良ければ奥に移らしませんか?
 あっちの皆さん、若社長と話たがってはりますよ」

 「…いや、俺なんかが行ったかて
 話す事、なんもあらへんし」

躊躇する南。

 「いーんじゃねーか
 別に気にするようなタマじゃねーだろ?」

俺はグラスを2つ手に持ち、立ち上がった。


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