あれから17年後
流川がアメリカに戻る日が来た。
ハードな日程での滞在だったが、それなりに有意義だったように思う。
結局、自分が釣られた沢北との1on1対決は、互いのスケジュールの関係で別撮りとなり、編集で合成する事になった。
流川としては肩透かしを食らった形になったが、今思うと最初から牧も沢北もそのつもりだったのかもしれない。
彼らがもう自分と同じ方向を向いていない事はプレゼンで会った時から何となく解っていた。
二人の利害関係は完全に一致していたからだ。
さして興味もないが、CMの放映はアメリカで観る事になりそうだな…と流川はフゥーとため息を洩らす。
あれからずっと頭の片隅で沢北の事が気になっていた。
『あいつ今、選手兼プロチームを運営する一般社団法人の理事やってるんだぞ』
牧の言葉が蘇る。
自分も一時は真剣に引退を考えた事があった。
でも今は、とにかく現役としてやれる所までやるしかないと思っている。
だが、その後のビジョンはあるのかと問われたら、流川は何も答えられない。
全ての夢を叶えた先にあるものとは何だろう。
そんな事を考えていると
娘の紅葉が部屋に入って来た。
先日、祖母に買ってもらった服を着ている。
「ねぇ、パパ
もみじ、かわいい?」
「あぁ…
ん?…ちょっとおいで」
娘を呼び寄せて、曲がった襟元を直してやる。
「ひとりで着たのか?」
「うん!!そうだよ
もみじ、えらい?」
自慢気にクルリと廻る。
「あ、おばあちゃまが
もうすぐでるから
したくしなさいって」
父は頷くと、娘の頭に手を乗せた。
その時、階下から声が掛かる。
「楓ぇ~、お客様ぁ~
桜木さんがお見えよ」
…!??
腕時計を見ると午前9時を少し過ぎたところだ。
途端に流川から父親の顔が消えた。
少し不機嫌そうに階段を降りて行く父の後ろを紅葉がチョコチョコとついていく。
玄関に立っている桜木を見た流川は、不意に時間が巻き戻ったような不思議な感覚に襲われた。
「何の用だ」
「…ぬっ」
あまりに無愛想な流川の態度にキレ掛けた桜木だったが、一呼吸置くと
「てめぇが見られなかった景色をオレはこの目で必ず見てやる!!」
カッと目玉を剥いて言い放った。
オレが見られなかった景色…か
記憶はすぐさま高3の夏に飛んだ。
「そん時ゃ、悔しくて吠え面かくんじゃねーぞ!!」
腰に手を当てナハハハハと桜木が笑う。
「…フン
わざわざそんな事を云いに来たのか」
腕組みしたまま流川は失笑した。
「こんなところで油売ってねーで、さっさと戻れ
教師がサボッてんじゃねぇ
どあほう」
「んだと、コラァ
んなこたぁ言われなくてもわぁーってらぃ!!」
桜木の怒声に後ろで紅葉がビクンと飛び上がった。
「…チッ、今日のところは娘に免じて勘弁してやらぁ
……じゃあよ」
そう言うと桜木は少しバツが悪そうに帰って行った。
「パパのおともだち?」
紅葉が目を輝かせて訊く。
好奇心旺盛なのは誰に似たのか。
「……友達
…どうかな?」
流川は首を傾げた。
「でも、パパ
うれしそうなおかおしてるよ?」
「……そうか?」
「うん、とっても」
「……ライバル、かな?」
父は娘と頭の高さを合わせてから、考える様にそう言った。
「らいばる?
なぁに、それ?」
「……そうだなぁ
……………………
一緒に居ると頑張ろうって思える人、かな?」
「ふぅ~~ん」
流川は、よく意味が飲み込めない紅葉をヒョイと抱き上げる。
そうか、立ち止まっている暇はなかったな…
今を全力で突っ走る。
それがオレとあのどあほうの生き方だ…
先の事はその時考えればいい。
「いまパパ、がんばろーっておもった?」
「あぁ、…そうだな」
「じゃあ、あのひと
やっぱりらいばるだね」
娘は笑って、父の太い首に抱きついた。
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