あれから17年後


閑静な住宅街。

今風の家は見当たらず
屋根に瓦を乗せた純日本家屋が立ち並んでいる。

その一角に安西光義の自宅もあった。

妻と2人の昼食を終えると彼は小脇にアルバムを抱え、縁側に移る。

決して広くはないが、手入れの行き届いた庭を一望し深呼吸を1つ。

そしてどっかりと腰を下ろし、胡坐をかいた。

 「またご覧になってるの?」

妻が湯気の立つ湯呑みを安西の横に置く。

開いたアルバムのページには
かつてIHで自らが監督を務め、強豪と言われた山王工業を下した際に撮った集合写真が貼ってあった。

ここ半年、安西はこの写真を眺めている事が多い。

確実に未来より過去の時間の方が長くなって来ている今、この写真が語り掛けて来る事は殊の外たくさんあった。

 「私も若かった…」

希望に満ち溢れる子供達に混じり、安西もまた眼鏡の奥からしっかりと未来を見据えている。

 「みんな、本当にいい顔をしていますね」

写真を覗き込み、妻が微笑んだ。

実子に恵まれなかった夫婦にとって、写真の中の子供達は皆、息子や娘同然という思いがある。

その子供一人一人の成長をこの歳になるまで見守って来られた事が何よりも嬉しい。

深体大で指導者として頑張っている赤木剛憲

サラリーマンになり、幸せな家庭を築いた木暮公延

自身の苦い体験を執筆出版し、青少年の育成に尽力する三井寿

長年の恋を実らせ、彩子と結ばれた宮城リョータ

類い稀な才能と強い意志で渡米し、夢を叶えた流川楓

そして、自分の後を継ぎ
母校バスケ部の監督となった桜木花道

立派になった子供達に、思わず目頭が熱くなる。

 「あなた最近、涙もろくなりましたね
 鬼、なんて呼ばれていた時期もあったのに」

妻がからかうように笑った。

 「…そうだね」




谷沢……

もしお前が生きていたら、今どんな人生を送っていたのだろうか




安西は雲1つない青い空を見上げる。




お前のおかげで、こんなに素晴らしい子供達に出会えたのだよ

お前が気付かせてくれたから…

谷沢……

私を許してくれるか




安西がゆっくり目を閉じると、妻は立ち上がり静かに座敷の奥へ消えた。

遠くで鳶が鳴いている。

近いうち、谷沢の墓参りに行こうと安西は思った。

電話のベルが響く。

応対した妻が子機を持ってやって来た。

 「あなた、田岡さんから
 今夜そちらに伺ってもいいですかって」

電話口に出た安西は穏やかに返す。

 「お待ちしていますよ
 久しぶりに昔話でもしましょう」

例え過去の何分の一しか残っていない未来であっても
悔いなく生きたいと、田岡の熱弁を聞きながら強く思った。

.
53/55ページ
スキ