あれから17年後


高校教師、藤真健司の1日は忙しい。

受け持っているクラスのHRを終え職員室に戻ると、直ぐに一時限目の授業へ向かう。

担当教科は数学。

藤真先生の授業は解りやすいと生徒の評価も上々だ。

教職に就いて早10年。

男女問わず藤真目当てで入学してくる生徒が毎年後を絶たない。

もっとも男子の場合はバスケ部目当てと言った方が正確だろう。

というのも、翔陽高校バスケ部は藤真が監督に就任以来8年連続でIHに出場しているからだ。





授業が終わると、質問と称して女生徒が藤真を囲む。

いつもの見慣れた風景。

昼休みは昼休みで
食事が終わった頃を見計らい、藤真とお喋りしたい女生徒が続々と職員室にやって来る。

こちらも見慣れた風景。

今日の藤真は彼女らとの会話を楽しんだ後、午後から行う小テストの準備に取り掛かった。

 「藤真先生、相変わらずお忙しいですなぁ」

 「ご結婚されて尚、この人気とは…
 我々もあやかりたいもんですよ」

同僚のからかい半分の言葉に「いやいや」と頭を掻く。

彼は一昨年、教え子と結婚した。

藤真が初めてバスケ部の監督になった時、部のマネージャーをしていた女性だ。

卒業後も教師兼監督の藤真を支え、やがて愛し合うようになる。

決して美人ではないが、よく気のつく心根の優しい嫁は現在、妊娠5ヶ月半。

やっと悪阻も治まり安定期に入ったところだ。





藤真はグルリと首を回すと、5時限目の授業へ向かう。

放課後は補習授業を行う為
途中、バスケ部主将のいる教室に寄り、今日の部活の指示を与えた。

今年主将になった生徒は能力が高く、安心して練習を任す事が出来る。

その日、藤真が教師としての仕事を終えたのは夕方6時を過ぎていた。

まだ練習には間に合う時間だ。

ジャケットを脱ぎジャージを羽織ると、急いで体育館に向かう。

バッシュが床を擦る音とドリブルの振動が渡り廊下まで響いていた。

藤真は、ふと足を止める。

高校時代、この音を何度聞いていただろう。

ベンチで腕を組みながら…

涼しげな顔の下でどれだけ試合に出たい気持ちを押し殺し、チームを勝たせる為の作戦を練り続けた事か。

監督という役割は当時から嫌いではなかった。

その証拠に今もこうして続けている。

同時にまた、人を導き育てる面白さもあの時に知った。

だから教師という職業を選んだと言っても過言ではない。

だがそれと引き換えに残った思いもあった。

俺もボールに触りたい!!

バッシュを擦らせコートを走り、リングを狙いボールを放つ瞬間に餓えていた。

たぶんそれは今も変わらない。

試合中、生徒たちを押し退け無性にプレイしたくなるのは、選手として生きた時間が足りていないせいだろうと藤真は分析している。

そう…

つまり今さら仕方のない事なのだ。

頭ではよく解っている。

解ってはいるが、
でも……

藤真は踵を反すと、今来た廊下を戻っていく。





数分後、ユニフォーム姿の藤真がコートの中にいた。

グリーン地に白抜きで「SHOYO」の文字。

10年以上も前のデザインだ。

No.4が眩しい。

 「おまえら、
 本気で来いっ!!」

味方の生徒からパスを受けると藤真は不敵に微笑み走りだす。

その華麗でパワフルなドリブルは現役時代を彷彿とさせた。

IH常連校の高校生相手でも決して引けは取っていない。

あっという間にボールはリングをくぐった。

豹変した監督に驚いた一年生部員が上級生に訊ねる。

 「いったいどーしちゃったんすか?藤真先生」

 「あぁ、あれなぁ…
 年に2、3回あーなる」

 「はぁ?」

 「まぁ、一種のストレス発散ってとこじゃねーか?」

 「……なるほど」





こうして今日も教師兼監督、藤真健司の1日は忙しく過ぎて行く。

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