あれから17年後


約束した時刻のちょうど5分前。

待ち合わせ場所に到着した神 宗一郎はグルリと辺りを見回した。

視界の端に知った顔が映る。

相手も神に気付いた様子で双方が歩み寄った。

 「やぁフッキー
 久しぶり
 彩子さん達の結婚式以来かな?」

飄々と挨拶の言葉を口にする神とは対照的に福田吉兆の表情は硬い。

 「どう?
 戻ってからはちゃんとやってる?」

 「………」

「会いたい」と連絡して来たのは福田なのに、まるで神から呼び出したような会話だ。

今でこそ藤沢の自宅に戻ってはいるが
福田には、大阪で行われた神の結婚披露宴の帰り道
酔って後輩の相田彦一の部屋へ転がり込んだ挙げ句
その後約半年、彦一の所に居候していたという前歴がある。

 「遠い所、今日はどうしたの?
 こっちに何か用事があったとか?」

しかし福田がその問いには答えず歩き出したので、神も苦笑して後に続いた。

婿養子にはならなかったものの、実質それとほとんど変わりない生活を今の神は送っている。

妻は一人娘で義父はビル管理会社の経営者だ。

ゆくゆくは神がその会社を継ぐ事になっており、現在修行中の身である。

先を歩く福田は一軒の居酒屋の前で立ち止まると「ここでいいか」と訊ねた。

優しく頷く神に、相変わらず硬い表情の福田はガラガラと引き戸を開ける。

店員に案内され
2人は黙ったまま、BOX席に向かい合って座った。

飲み物が運ばれ、ツマミの料理が2、3品並んだ辺りで福田がやっと口を開く。

 「…ジンジン
 俺と、プロチームに行こう」

途端に神が、ため息をついた。

 「……やっぱりそれか
 呼び出された時にきっとまたその話だろーなぁとは思ってたけど…
 まだ諦めてないの?」

彼はゆっくりとチューハイを一口飲んで続ける。

 「フッキー…
 前にも言ったよね?
 俺は今の生活を変える気はないって
 それに俺のバスケはプロじゃ通用しない、それは自分が一番良くわかってる
 何度も同じ事言わせないでくれよ」

 「そんな事は
 「あるよ、
 大ありだフッキー
 プロは部活じゃないんだ」

 「…うっ」

福田は下唇をギュッと噛みしめ神から視線を外した。

 「俺はチームメイトに恵まれてただけさ
 もし牧さんや清田が居なかったら、全国なんか到底行けなかったはずだ」

 「違うっ!!
 ジンジンは強い
 まだやれる
 今だって、3Pの練習は欠かしてないんだろ?」

グィと身を乗り出す福田に神はやれやれと目を瞑る。

 「それとこれとじゃ話が違うよフッキー
 実際にプロで成功する奴なんてほんの一握りの人間しか居ないんだ
 その上、俺達は歳を取り過ぎた」

 「………」

 「フッキーだって、本とは良くわかってんだろ?」

神が諭すように言うと、福田は俯き首を振った。

 「…諦め切れねぇ」

絞りだすような声。

 「歳なんて…関係ねぇ
 ………頼むよ
 もう一度考え直してくれ
 ジンジンと一緒なら
 「いい加減、現実を見てくれよフッキー!!」

福田の言葉を遮り、神がテーブルを叩くと客の視線が集まった。

2人の間に気まずい沈黙が流れる。

やがて、神が口を開いた。

 「…ごめんフッキー
 これ以上は不毛な時間だ
 失礼させてもらうよ」

自分の飲み代を置き、ゆっくりと立ち上がる。

 「ジンジンは……
 本当にそれでいいのか」

 「……うん」

 「………」

 「フッキーは……」

 「………」

 「フッキーは
 頑張ってみろよ
 俺、応援してるから
 …………じゃあね」

神は静かに去って行った。

そして福田は一人座ったままで、声を殺して泣いた。

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