あれから17年後
自室の丸いテーブルの上に
見合い写真が放り投げてある。
それを横目に、赤木晴子はため息をついた。
父から手渡された際
一度開いただけで、相手の顔すらろくに見ていない。
こんな事になったのも、実はまだ両親に桜木の事を話せていないせいだ。
30を過ぎた娘の行く末を心配して、見合い話を持って来る父親の気持ちが解らないでもないので、晴子としてもかなり複雑だ。
今まで晴子が桜木を親に紹介出来なかった理由は兄、赤木剛憲が猛反対している事が大きいが
桜木自身も全国制覇して相応しい男になるまではと、頑なに彼女の家に来ようとしなかった事もある。
晴子が最初に桜木の想いを知ったのは2人が高校を卒業してしばらく経ってからだった。
相変わらず流川に片想いしているだけの晴子に
桜木はある日とうとう言えなかった気持ちを打ち明けた。
だが晴子にとってはまさに晴天の霹靂。
自分の気持ちが良く解らないまま返事を先延ばしにしているうちに、意中の流川は渡米してしまう。
流川が居なくなり少なからず落胆する晴子を見て、桜木もまた渡米を決意。
師、安西の忠告も聞かず
プロ入りを目指して無茶な練習を重ねた結果
背中の古傷を悪化させてしまい、今度は本当に選手生命を断たれてしまった。
晴子を振り向かす事も出来ず、流川に追い付く事も出来ず、何より大好きなバスケが出来なくなってしまった事で桜木は酷く荒れた。
そんな桜木を見て、晴子は初めて自分の本当の気持ちに気付く。
自分はこの人が好きだったんだ、と…。
やがて晴子の想いを知った桜木は牧や清田との交流を経て見事に立ち直り
後に、湘北バスケ部の監督になり全国制覇するというとんでもない公約を掲げて
晴子にプロポーズしたのだった。
まぁ、その後もいろいろあって今日に至るのだが
なかなか思い通りにいかないのが現実なのだろう。
せめて兄だけでも自分で説得出来たらと常々思っている晴子だが
先日も話の途中で喧嘩になり、桜木以外とは絶対に結婚しない!!と言い切った後、悔しいけれど泣いてしまった。
兄は何故そんなにも桜木が気に入らないのだろうか?
まるで本当の兄弟のように見える事すらあるというのに…
晴子がもう一度ため息をついた時、ドアがノックされた。
「俺だ、晴子
ちょっといいか?」
「っ!!…お兄ちゃん」
ドアノブが動き、扉の隙間から赤木がヌッと顔を覗かせる。
赤木の結婚が決まった時に今の二世帯住宅に建て替えた。
兄の家とは1階のリビングで行き来出来る造りだ。
義姉との関係はすこぶる良好で、二歳になる姪は晴子にとても良く懐いている。
「父さんから聞いた
見合い、…するのか?」
「………しないよ
するわけないっ!!」
「……そうか、わかった
じゃ、父さんには俺から断っておく」
言いながら、赤木がテーブルの上の見合い写真を無造作に掴む。
「え…?」
「する気、ねぇんだろ?」
「うん…」
「その気がねぇなら相手に失礼だ」
「っっ…
で、でも何でお兄ちゃんが?」
だが、赤木はそれには答えず目を閉じ暫し沈黙した。
「晴子…」
「…なに?お兄ちゃん」
「お前、本当にずっと待ってるつもりなのか?」
「うん」
「それで本当に後悔しないのか?」
「…うん、しない
それにね…
私、頼まれたの
彩子さん達の披露宴の時
流川くんに…」
「流川に?」
「うん…
『どあほうのこと、よろしく』って」
「………そうか
流川がそんな事を」
赤木はヤレヤレ…とばかりに頭を振る。
「…次の日曜
アイツを家に呼んどけ」
「え?」
「桜木の事だ
……たわけが」
「お兄ちゃん…?
それってもしかして」
「下らん意地など張らず
そろそろちゃんと挨拶しに来いと言っておけ」
そう言うと赤木はそそくさと部屋から出て行った。
「お兄ちゃん
………………………
……………ありがと」
ドアに向かい晴子が頭を下げると涙が床にポタポタと零れ落ちた。
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