あれから17年後
割烹『うおずみ』の奥座敷は決して狭い作りではないのだが
これだけの人数の大男が揃うとかなり窮屈だ。
「赤木先輩が到着したところで
もう一度、カンパ~~イ!!」
彩子が音頭をとると
皆それぞれのグラスをぶつけ合い、中の液体を飲み干した。
さすがにビールは飽きたので
少し前に別のアルコールに替えている。
豪快な飲みっぷりで一気にジョッキを空けた赤木は
次をオーダーするとこちらに顔を向けた。
「元気そうだな」
「…ウス」
「どうだ、アメリカ暮らしは」
「まぁ、それなりに…」
目尻に多少年齢は伺えるものの鋭い眼光は学生時代と変わらない。
「なんだ、相変わらずのリアクションだな
まぁ、それがお前のいい所なのかも知れねぇけど」
「……」
「それ、酒か?」
小振りのグラスの中の透明な液体をみて、赤木がニヤリとする。
「結構いける口か?
ここは美味い酒揃えてるぞ
俺も後で付き合うかな」
そう言って目を細める。
何年も会っていなかったのに
言葉を交わした瞬間、あの頃の距離に戻っている自分が少し気恥ずかしくて視線を外した。
「知ってるかもしれないけど赤木は今
深体大のバスケ部でコーチをしているんだ」
横から木暮が話し掛けて来た。
結局、バスケではほとんど無名の大学に進学した赤木は
再びそこで伝説を作り上げていった。
そして、遂に念願の全国制覇。
卒業後は全日本のセンターとして活躍し
昨シーズン、惜しまれながらも涙の引退。
現役時代の先輩、杉山祥太の推薦で今の職についた。
「赤木は選手としても一流だけど
指導者としても一流だと思うよ
俺はずっと赤木を尊敬して来たんだ!!」
酒の勢いも手伝い、木暮はハイテンションで赤木を褒め称える。
「そーよねぇ
なんて言っても赤木先輩は
あの、どーしようもない問題児軍団をまとめあげて
IHまで行っちゃったんだから!!」
彩子もグラスを片手に会話に加わった。
その後を追うように宮城がヒョイと顔を覗かせ、早速異議を唱える。
「ひでーな、アヤちゃん
俺まで一緒にしないでよ」
「なに言ってんのよ
種を蒔いたのはリョータじゃないの」
「や、あれは三井さんが」
「おいおい、ずいぶん懐かしい話してんじゃねーか
仲間に入れてくれよ 俺がどーしたって?」
続いて三井も乱入。
「や、だから三井さん達がバスケ部を潰しに…」
「言っとくけどな、宮城
最初に手ぇ出したのは流川だからな」
「あ、そっか…流川だ!!
おめーが1番悪りぃ!!
問題児は流川に決定~」
「っ!!
オレはただ…ボールに吸い殻を…
だから…つい」
一同、大爆笑。
今となってはバスケ部最後の日も楽しい青春の1ページだ。
「そう言えば1番うるさいのがまだ来とらんようだな
奴は来るのか、彩子」
赤木が2杯目のジョッキを空にして座敷を見渡す。
「一応、メールは入れてるんですけど…
アイツもやっと最近ケータイ持つようになって
連絡取るのすごく楽になったんですよね」
「ひょっとして、メールひらけねーんじゃねぇか?」
三井の一言で再び大爆笑。
彩子は「まさか…」と言っているが、案外そうかもしれない。
この時間まで姿を見せないとなると
やはり都合がつかないか、
メールを読んでいないかのどちらかだろう。
(フン…、どあほうめ)
別に会いたいわけじゃない。
だから気にするまでもない。
静かで丁度いい。
「こっちにはいつまでいるんだ?」
不意に赤木に声を掛けられ視線を戻す。
「もうそろそろ戻ります」
心は決まったのだ。
1日も早く練習を始めたい。
「そうか…
もし時間があればウチの練習、覗きに来ないか?」
一瞬、赤木は気弱な表情を見せる。
「いや…、たいした事じゃない
ただ今の指導でいいのか、ちょっと迷ってる」
「ん?」
「恥ずかしい話なんだが
今一つ、奴らが理解出来なくてな…」
「……」
「与えられたメニューは文句1つ言わず完璧にこなすし
チーム内はいつも和気あいあいとして
ゲーム成績も決して悪くない
皆、素晴らしい素質を持ったいい選手ばかりだ
だがな…、いい子過ぎる
どうにも覇気がない、貪欲さや反骨精神に欠ける
言われた事を淡々と消化するだけで
奴らから熱いものを少しも感じねぇんだ
だから指導していてもまるで手応えがない
本当に奴らの心に俺の声が届いているのか…
時々不安になってな」
「あ~
なんかそれ、わかる気します」
いきなり彩子が相づちを打った。
違う話題で盛り上がっていたはずなのに
三井、宮城、木暮らも気付けばウンウンと頷いている。
「確かにダンナの言う通り
最近の若い奴らは事なかれ主義が多いよな
変に冷めてるってゆーか
妙に小さくまとまってるってゆーか…
上司に食って掛かるのなんて俺ぐらいなもんだぜ」
「リョータはすぐに熱くなり過ぎ!!
だからいつまでもヒラなのよ」
「そ、そりゃねぇよ、アヤちゃん…」
夫婦漫才さながらの横で三井が自虐的に続ける。
「じゃ、俺らがフツーにやってた殴り合いなんざ
今の世の中、天然記念物並みの扱い受けるんじゃね~の?」
「そうだな…
ウチの会社の若い子達も結構いるよ、そーゆぅの
言われた事しかやらない、出来ない…
やっぱり時代が変わったのかな」
木暮もため息をつく。
「そうか…ウチの奴らだけじゃねぇんだな
…俺達はもう古いって事か」
赤木が半ば諦めたように苦笑した。
「今の日本て…そんなにつまんねーのかよ」
皆の視線が一斉に集まるのを感じる。
アルコールのせいで思った事が口をついて出ていた。
「古いとか新しいとか関係ねぇ…
自分が信じる事を最後までやり遂げるだけだ
そういう姿が本当に人の心を動かすんじゃねぇかな?
オレはあのどあほうを見て そう、思った」
「桜木…、花道」
彩子がそう呟くのと同時に
店の引き戸がガラガラガラと勢いよく開いた。
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