あれから17年後


大学を卒業して、いわゆる大手と呼ばれる企業で働いていた桑田登紀は
3年ほど前、思うところあって地元のスーパーに転職した。

現在は惣菜部門の主任として、忙しい日々を送っている。

今は休憩時間。

缶コーヒーのプルタブを引き上げ一口飲むと、桑田は読みかけの雑誌を広げた。

 「あれ、バスケとかに興味あるんスか?」

同じく休憩中の男性社員が雑誌のタイトルを見て声を掛けてくる。

その声のニュアンスに桑田は思わず苦笑した。

身長165cmにも満たない外見からは、確かに結びつかないかもしれない。

 「高校の時、バスケ部だったんだ」

同僚は「へぇ~」と言って
雑誌に目を落とす。

開いているページは
彩子が連載しているコラムで内容は現在制作中の
MAKI SPORTSのCMについてだった。

 「これ書いてるのって
 俺がバスケ部に居た時に
 マネージャーやってた人なんだ」

同僚は今度は少し驚いたように「へぇ~」と返した。

 「それと、このNBAの選手って同じバスケ部で、しかも同級生なんだよね」

文面の横に小さく掲載されている流川の写真を指差して桑田は話を続ける。

県大会での奇跡のような快進撃と初のインターハイ出場
優勝候補No.1の山王工業との激戦と勝利

同僚の眼差しが驚きから尊敬に変わって行く中
気付けばまるで流川を親友のように熱く語っていた。

 「じゃあ桑田さんもかなりな上級者なんスね!!」

 「あ、いや…どうかな?
 でももう長い事やってないからな…
 じゃ、俺、もう時間だからお先に」

ちょっと調子に乗り過ぎたと反省しながら桑田はその場を離れた。

そして、何となく落ち込んだ。

本当は高校3年間で流川と二人きりで話した記憶は一度も無い。

同じ部とは言うものの
部外の取り巻きの生徒達とたいして変わりはしなかった。

ただ、ずっと憧れていただけなのだ。

あんな素晴らしい選手と
いつか同じコートに立って
一緒に試合に出たい…

しかし結局それは叶わぬ夢で終わり、3年の夏に引退した。

自分はチームに必要とされていない…

悔しいけれど、それは仕方ないと思うようになった。

そういう世界なんだと次第に諦めていった。

足掻くだけ惨めになると思った。

なのに、さっき同僚に自慢気に話した内容はなんだ?

まさにそうなりたかった自分が、そこに居た。

割烹「うおずみ」で流川にもらったサインは今も大切に部屋に飾ってある。

その横には彩子と宮城の披露宴で撮った集合写真。

3年間という同じ時間を共に過ごして来たはずなのに
なぜ自分は何年経っても大勢の中の1人のままなのだろう。

社会人になったら、今度こそOnlyONEになりたい。

そう思って今の職場に移ったのだが、果たして自分はここでOnlyONEになれているのか?

加えて高校時代の事を思い出すと焦りと遣り切れなさで大声を上げたくなる。

その日の帰り道
桑田は湘北高校に向かっていた。

わざわざ自分を追い詰めるような行動は桑田自身にも説明がつかない。

少しだけ、感傷的な自分に酔ってみたかったのか…

人気のない校門を通り抜け
足は自然と体育館を目指していた。

中から灯りが漏れている。

まだどこかの部が使っているのか…

そっと覗くと桜木の姿が目に飛び込んだ。

…そうか
アイツ今、湘北の監督なんだっけ…

これまでの桜木の苦労は、いろいろな人から聞いて知っている。

しかし桜木もまた、湘北バスケ部のOnlyONEだった男。

桑田には未だに眩し過ぎる存在だ。

 「おぅ!!
 桑田じゃねーか」

彼に気付いた桜木が駆け寄って来る。

練習中の部員らが一斉に扉に注目した。

 「どうした?珍しいな
 仕事の帰りか?」

 「あ、うん…、まぁ」

ばつが悪そうに答える桑田にお構い無しで、桜木は練習を見て行けと肩を掴む。

仕方ないと諦め、靴を脱いで踏み締めた床はヒンヤリ冷たい。

すると、すぐに足の裏からドリブルの振動が伝わって来た。

館内の空気はあの頃と変わらない。

桑田は軽く息を吸い込む。

横を通り過ぎると、次々に「ウスッ!!」と声が掛かり
その度、気持ちが昂揚してくるのがわかった。

 「コイツは俺と一緒にインターハイで山王と戦った奴だ」

桜木がそう紹介すると「おおーっ」と低いどよめきが起こる。

 「ずっとベンチで出番を待ってただけだがな」

 「…ウウッ」
 
 「だが、しか~ぁし!!
 お前がずっとこの天才と同じ場所に居たって事に本当の意味があるんだぞ?
 …な?そーだろ桑田」

ガッチリと肩を組まれ、桜木がナハハハハ!!と豪快に笑う。

 「あ、…あぁ
 そう、…だね」

本当の意味…?

途端に桑田の目の前に
バスケ部での日々が走馬灯のように流れる。

全身が熱く沸き上がり
鼻の奥がツンと痛くなった。

……そうか

たとえ一度も同じコートに立てなくても、一緒に過ごした3年間は桜木くんと俺の共通の記憶、思い出…

湘北のユニフォームを着た桑田と桜木がハイタッチする。

俺はとっくに湘北バスケ部のOnlyONEだったんだな…

偏った側からしか高校時代を思い出せなかった自分が恥ずかしくなる。

足元に転がって来たボールを拾い上げ、桑田は嬉しそうに笑った。

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