あれから17年後


終電で帰って来た客達が捌けると店内は一気に閑散とした。

長谷川一志はフゥーとひとつ息をつき、アルバイトの大学生とレジを替わる。

2年前、酒屋だった実家をコンビニエンスストアにした。

御用聞きメインの昔ながらの商売では先が見えている。

反対する父親を『長谷川酒店』の名前は残すという条件でやっと説得し、跡継ぎである長谷川が一から事を進めた。

始めのうちは文句ばかり言っていた父だったが
黙々と頑張る息子を見て
じきに店を手伝うようになる。

だが、やっと軌道に乗った矢先、父が体調を崩し入院。

追い討ちを掛けるように、近くに同種の店がOPENし
この半年、売上も芳しくない。

せめて人件費だけでも削ろうとバイトの人数を減らした結果、長谷川の睡眠時間は毎日4時間前後に減った。

客足が途絶えるこの時間、陳列棚を整理していると強い眠気が襲う。

こんな事では結婚などいつの話になるやら…

『次は嫁さんだな』

宮城の結婚式で藤真に言われた言葉がふと思い出されチクリと胸を差した。

両親を安心させる為にも、早く何とかしたいと思うのだが、そもそもその相手が居ないのだから始まらない。

これ以上考えても仕方ないと頭を振り、長谷川はまた陳列棚の整理を始めた。







草木も眠る丑三つ時…

時折開く店の自動ドアを、長谷川がいつも以上に鋭い目でチェックする。

というのも先週となり町で深夜にコンビニ強盗が発生しその犯人が未だ逃走中なのだ。

用心に越した事はない。

だが、バイトの学生には
「犯人が店長を見たら逆に逃げますよ」と笑らわれた。

そんなに自分は人を威嚇するのに長けているのか…

そういえば以前、お得意さんの口添えで一度だけ見合いをした経験があるが
途中で相手の女性の気分が悪くなり退室、そのまま見合い話もうやむやになった事を思い出す。

あれはきっと俺が怖かったんだろうな…

頭を切り替えたつもりが、気付けばまた結婚の事を考えている。

正直、生涯独身でも構わない気もある。

細々とでもこの店を続けていければ、とりあえず食べるには困らない。

ただ一方で、祖父の代から続いて来た長谷川酒店を自分の代で絶やしてしまうのは忍びない。

何より、それで父を悲しませてしまうのは堪え難い事だった。

最悪、嫁いだ妹が産んだ2人の子供のうちどちらかに店を継いでもらうという考えもあるが、かなり難しいだろう。

結婚するのがこんな大変だとは思わなかった。

ひょっとしたら最初から自分の小指には赤い糸が付いていなかったのかもしれない、などと甚だ弱気になり深いため息をつく。

しかしここまでネガティブになるのは、やはり慢性の寝不足のせいかもしれない。

硝子にこっそり自分の顔を映し、無理やり口角を上げてみるが余計に落ち込む。

と、その時
店のドアが開いた。

ほろ酔い気味で腕を組んで入って来たカップルを見て
長谷川は思わず絶句する。

あれは……

三井 寿 ―――!?

バスケを通して高校時代の挫折と復活を書いた自叙伝がベストセラーになり一時期マスコミから持て囃されていた。

最近でも時々テレビや雑誌で見掛けるが、最早そのオーラは一般人のものではない。

 「ねぇ寿ぃ~
 甘いもん食べたぁ~い」

派手な身なりの女が身体を擦り寄せて三井に甘える。

 「こんな時間に食うと太るぞ」

 「え~、だって寿
 ポッチャリ系のがそそられるって言ってたじゃ~ん」

 「バカヤロー、限度ってもんがあんだろ
 テメーのは、それ以上太ったらただのデブだ」

そう言って三井は女の脇腹の肉をグニっと摘んだ。

 「キャー!!痛ぁ~~い」

ふざけながらスイーツの並ぶケースに歩いていく2人。

その様子を長谷川は微動もせずにガン見し続けた。

何なんだ、あれは…

長谷川の中で何かがピキピキと音を立てる。

彼の強い視線を感じたのか
ふと三井が振り返った。

 「ん?何だあの店員は
 お前の知り合いか?」

 「え~?
 知るわけないじゃん
 あんなオッサン」

馬鹿にしたように女が答えると、三井が目を剥いて吠えた。

 「なーーに見てやがんだコラァ!!!
 ………って、あ?
 オメー、もしかして…
 長谷、川…か?翔陽の」

遠い昔、街で不良の三井を見掛けた時と同じ、嫌な汗を長谷川は背中に感じた。

 「お前、確か宮城たちの式にも来てたよな?
 ここで働いてんのか?」

 「……あぁ
 ここは、…俺の、店だ」

 「へぇ~~」

三井はグルリと店内を見渡す。

 「だぁーれぇ?」

後ろで女が訊ねた。

 「テメーには関係ねーよ
 さっさと選べ」

 「はぁ~~い」

女はそれ以上、長谷川に興味を示さず再びスイーツのケースに顔を近付ける。

 「……よ、嫁さんか?」

長谷川の絞り出すような声に、2人が同時に吹き出した。

 「バカ言ってんじゃねーよ
 俺は花の独身だぜ?
 誰が結婚なんかするかよ面倒くせぇ
 あんなもん、する奴の気が知れねーよ」

三井はそれが当然とばかりに言い放つ。

 「…っっ」

 「あ?
 何だよ、その面は」

 「……別に」

長谷川はそう言うと踵を反しその場から離れた。

やっぱりアイツとは心底合わねぇ…

心で静かに呟く。

生涯、自分は三井とだけは決して友達になる事はないだろう。

そして、絶対に結婚してやるぞっ!!と固く誓うのだった。


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