あれから17年後
時間は少し遡る。
MAKI SPORTS本社ビルの一室では、来月撮影予定のCMに関する初のプレゼンが行われていた。
前方のモニター横に立ち、進行を務める広報室長の諸星大が流川と沢北の紹介をする。
その場でゆっくり立ち上がった流川は軽く会釈した。
少し離れた席で沢北も同じように頭を下げる。
拍手と共にあちこちから
「でかいなぁ」と感嘆の声が上がった。
チラリと沢北を見た流川は、沢北の身体が記憶していたそれより一回り大きくなったと感じる。
NBA時代、その鋭い動きから名前に掛けて「Edge Sawakita」と呼ばれていた彼は流川の中ではもっとシャープで繊細なイメージだった。
諸星の話を聞きながら流川の意識は沢北と戦ったあの夏へと飛ぶ。
あんな試合、滅多にやれるもんじゃねぇ…
今、思い出しても血が騒ぎ鳥肌が立つ。
そして赤い頭の男がこちらを見て不敵に笑っている。
彩子たちの結婚式ではまともな会話すらしなかったが少しは前に進めたのだろうか。
『テメーにだけは
ぜってー負けねー』
フン、…10年早ぇ
そんな事を考えているうちにプレゼンは終了した。
ふと見ると、席を立ち上がった沢北が牧に近付いていく。
プレゼンの最中はもちろん始まる前も何度か沢北の視線を感じていたが、特に言葉は交わしていなかった。
だが今、流川は牧に話し掛ける沢北の姿をジッと見ている。
「すいません、牧さん
じゃ、自分はこれで…
今日中に秋田に戻らないとまずいんで」
「ああ、わかってる
気にすんな
忙しい中、今日は悪かったな、気を付けて帰れよ」
「いえ、こちらこそ
快諾してもらえて本当に嬉しいですよ
父も喜んでます
よろしくお願いします」
「おぅ、任せておけ」
沢北と牧が握手を交わしたところで流川が乱入した。
「よぅ、…覚悟しとけ」
以前、牧から聞かされた
「手加減はしない」という沢北の言葉が流川を刺激していた。
CMには一応台本があり、2人はそれに沿った簡単な芝居をするわけなのだが
この話を受けた時点で流川には演技をする気はサラサラなかった。
しかし今日の説明でスポンサー側もそれを強く望んいる事が分かり、これで心置き無く沢北とやり合えると静かにテンションを上げたのだった。
「フッ…
変わってないな、その目
IHの時のまんまだ」
「…っ」
想定外の返しに言葉を詰まらせる流川を見て、沢北が懐かしげに口角を上げる。
「牧さん
これなら間違い無くいいのが撮れますよ
じゃ、新幹線の時間があるんで俺はこれで」
沢北は目深にCapを被ると片手を上げて退室した。
「あいつも大変だな」
牧が呟くように言う。
「…ん?」
「あれ?お前知らなかったっけ?
あいつ今、選手兼プロチームを運営する一般社団法人の理事やってるんだぞ」
「っ!!?」
「最初は沢北の親父さんがメインでやってたんだが
運営会社が経営難でリーグから除名されてな
で、親父さんの反対を押し切って帰国してチーム再建に乗り出したって経緯だ」
「………」
知らなかった…
「金がないとチームが存続出来ねーって、シーズンオフはスポンサー探しに奔走してるそうだ
実は今回の話も元々は沢北が持ち込んだ企画でな」
牧の話を聞きながら流川は胸の奥で得体の知れない何かが疼くのを感じた。
「沢北の夢は日本でバスケをメジャーにする事なんだそうだ
それを聞いた時、久しぶりに身体が熱くなったよ
地元秋田にいるチームを支えてくれる大勢のファンの為にも負けるわけにはいかないとも言ってたな」
「…………」
プロチームの再建…
日本でバスケをメジャーにする夢…
支えてくれる大勢のファン…
流川は軽い目眩を覚える。
NBAを去った沢北は確実に今、自分の2歩も3歩も先を歩いていると実感した。
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