あれから17年後


間一髪で逮捕を免れた桜木と清田は、牧の邸宅のゲストルームに通された。

軽く20畳はあるだろうか。

塵1つないフローリングの床と機能的でスマートな調度品。

隣接するテラスは開け放され夜の相模湾が一望出来る。

潮を含んだ風が2人の頬を撫でた。

少しすると部屋着に着替えた牧が現れた。

 「牧さん
 すいませんでした!!」

スッと立ち上がった清田は開口一番にそう言い
「テメーも謝れ」と隣で座ったままの桜木の頭を押さえ付ける。

 「なんでだ
 オレは謝るよーな事をした覚えはねー」

 「バ、バカヤロー
 そーゆぅ事言ってんじゃねーんだ
 「いいさ、清田
 気にすんな」

後輩の言葉を遮り、牧が笑った。

 「で? 俺に用事あったんだろ?」

 「あ、はい!!
 それが、この赤毛…じゃねぇ桜木が」

清田がチラリと隣に視線を移す。

 「ん? どうした」

牧の問い掛けに桜木は一瞬躊躇した。

「どうすれば全国へ行ける」
そう単刀直入に訊くべきなのか…

桜木は柄にもなく言葉を選ぼうとしている。

牧はテーブルの上のティーカップに目をやると「酒にするか」と静かに立ち上がった。

そしてサイドボードに近付き
ズラリと並ぶ高級洋酒の1つに手を掛ける。

 「牧さん
 お気遣いなく!!」

清田の腰が反射的に上がった。

 「気にすんな
 それより清田、グラスの用意だ」

 「あ、はいっ!!」

慌てて牧の傍らへ駆け寄る。

 「そこの冷蔵庫から氷と何かツマミでも出してくれ」

牧に指示され清田が嬉しそうに頷く。

一方で1人ソファに残った桜木はどこからかヴァイオリンの音が聞こえて来る事に気付いた。

それはたどたどしくはあるが、とても優しい音色をしている。

 「息子だよ」

牧が少し照れたように言った。

 「ほぅ…」

ずいぶんと高尚な趣味のガキだ…と桜木は鼻を鳴らす。

 「バスケはやってねーのか」

桜木の質問に牧は「あぁ」とあっさり答えた。

 「なんでだ
 教えてやりゃいいじゃねーか」

 「そうだな
 いつかアイツが興味を持った時に教えてやるさ」

 「じいの息子なのにバスケに興味がねーのかっ!?」

桜木は驚きを隠せない。

 「おぃおぃ、いくら俺の息子だからと言ってバスケが好きだとは限らんだろ?」

牧が苦笑する。

 「…そんなもんなのか?」

 「そんなもんなんだよ
 単純赤毛ザルめ」

ちょっと偉そうに清田がプスススと笑う。

テーブルに酒の仕度が整うと
牧がグラスを掲げ、乾杯の仕草をとった。

それを見て2人もグラスを手に取る。

ロックの洋酒は贅沢な香りを漂わせながら皆の喉をチリリと焼いた。

 「そーいや、ついさっきまで流川と会ってた」

 「「 あ゙ぁーっっ!??」」

牧の口から出たあまりにも意外な名前に桜木と清田は同時に叫んだ。

 「な…なんだってキツネ男とじいが」

乗り出す桜木をスルーして牧は続ける。

 「それと、沢北
 お前ら、覚えてるか?
 山王工業の選手だったんだが」

 「ええ、確か奴も
 少しの期間、NBAでプレイしてましたよね?」

清田が興味津々で受けた。

 「あぁ、そうだ
 今はまだ詳しい内容は言えねぇが、今度あいつらにウチのCMに出てもらう事になってな
 今夜はスタッフ共々その顔合わせがあった」

なるほどだから遅かったんですね!!と納得する清田を余所に桜木は眉間に皺を寄せている。

キツネ男が…
じいの会社のCMにだと?

あの日交わしたハイタッチが蘇る。

 『負けねーぞ、ルカワ
  テメーにだけは
  ぜってー負けねー
  これだけは忘れんな』

自分が口にした言葉に歯軋りした。

このままでは追い付くどころか、また引き離されてしまう。

焦りと嫉妬が桜木を襲う。

 「なぁ、桜木」

 「あ゙~?
 なんだ、じい」

 「今のお前の1番の望みってなんだ?」

 「はぁ~!?
 んなの、決まってんだろ
 県大会で優勝して全国だ!!」

 「ほぅ…」

牧は薄笑みを浮かべながらグラスをゆっくり回す。

 「桜木、
 ではそれは何の為だ」

 「な、何の為って
 そ、そりゃ……」

言葉に詰まった桜木を牧は容赦なく睨み付けた。

 「お前が言えぬなら俺が代わりに言ってやろう
 恋人との結婚の為
 ライバルへの意地の為
 ……違うか?」

 「ぬっ…」

 「それら全ては己の私利私欲に他ならねぇ
 そんな奴に子供達が本気で付いて来ると思うのか」

 「うぐぐっ……」

桜木は目を見開いたまま、微動だにしない。

まさに牧の言う通りだった。

自分の気持ちが先走り空回りし、部員達に全く届いていない事は桜木自身が一番良くわかっていた。

 「俺はな、桜木
 それが悪いと言っているわけじゃねぇ
 何をするにも人間、必ず多少の私利私欲は付いて回るもんだ
 だが、それを前面に出してちゃ人は動かせねーぞ
 これからはもっと子供達と真剣に向き合え、寄り添ってみろ
 安西先生がそうされたようにだ
 そして、仲間と共に勝利を掴み取る喜びを、その達成感を教えてやれ
 お前は誰よりもそれを知ってる男だろ?
 お前なら出来る」

 「……じい」

桜木の見開いた瞳がうっすらと潤んで行くのを
傍らにいた清田は見逃さなかった。

さすが牧さんだ!!

猛烈に感動したぜ…
俺らが何も言わずとも理解し導いてくれる!!

この人に一生ついて行こうと改めて心に誓う清田だった。


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