あれから17年後
会社帰りのサラリーマンで賑わう週末の飲食街。
その中に三井寿と木暮公延の姿があった。
彼らの頭が2つ並んで人波から飛び出している。
2人はつい先ほど、駅前で落ち合ったばかりだ。
「ちょっと飲まないか?」と呼び出した三井に目的がある事を、まだ木暮は知らない。
そして、カラカラカラ…と引き戸を開けて彼らが入っていった店。
元陵南バスケ部主将、魚住純がオーナー兼板前をする割烹『うおずみ』だ。
戸口に立った三井がぐるりと店内を見回すと厨房から太い声がした。
「おぅ、三井じゃねぇか
なんだ木暮も一緒か、珍しいな よく来た」
包丁を持った魚住と、三井の後ろに立つ木暮が同時に会釈をする。
「相変わらず繁盛してやがるな」
「おかげさんで…
今夜は奥も予約客で一杯だ 悪いがカウンターでいいか?」
「あぁ、構わねぇよ
いいだろ?木暮」
「もちろんさ」
座敷に料理を運んでいた魚住の妻がオーダーを取りに来る。
三井は中ジョッキを2つ頼むと木暮をチラリと見て咳払いをした。
「さてと…」
「で?何の用だ?三井」
「お、おぅ…」
木暮にはお見通しだ。
「か、…角田の事だっ」
照れ隠しにわざとつっけんどんに返す。
「角田?」
「ほ、ほらあれだ
宮城の結婚式ん時
何だかんだ話してたろ?おまえら」
「………あぁ、あの事か
でも何でそんな事、三井が知りたいんだ?」
「いーじゃねぇか別に!!
可愛い後輩が困ってんだ
訊いちゃ悪ぃのかよ」
むきになる三井に木暮が吹き出したところでジョッキが運ばれて来た。
「くそっ、乾杯だ乾杯!!」
カツンを音を立ててグラスをぶつけ合い2人は美味そう生ビールを飲む。
「なんか、三井らしくないなぁ
いつからそんなに後輩思いになったんだよ」
「うるせぇ
もう、いい」
そっぽを向く三井を見て、木暮は眼鏡に手を添えるとちょっと躊躇気味に話し始めた。
「一言で言えば、まぁ…
夫婦生活の不一致ってところかな?」
三井が思わずビールを吹き出す。
「な、なんだよそりゃ
夫婦生活って、まさかあっちの方のか?」
「うん、そーいう事になるな」
「不一致ってなんだよ
今さらかよ…」
「角田が全然ダメらしい」
「待てよ…
ガキだって作ったんだろ?」
自分が想像していた原因とあまりに掛け離れていた三井は木暮の横顔をガン見する。
「だけど俺は少し解る気がするよ、角田の事」
「おぃおぃ、勘弁しろよ
お前まで何言ってんだ
お互い好き合って一緒んなって、ガキまで作っといてやっぱりタイプじゃなかったてか?」
三井が目を剥いた。
「…や、そーいう事じゃないんだ、三井
タイプとか、タイプじゃないとかそーいう事じゃ」
「じゃあ何だよ」
三井に問われた木暮はイスに座り直すと、今度は彼が咳払いをした。
「いいか、三井
お前はまだ独身だから解らないと思うが
長い事夫婦やってると変な話、夜の方もだんだん義務的なもんになっていくんだよ
下手したら奥さんのご機嫌取りになり兼ねなかったりする」
「そ、そーいうもんなのか!??」
愕然とする三井に木暮はゆっくりと頷く。
「もちろん一概には言えないよ
そうじゃない夫婦もたくさんあるとは思う」
「…それで?」
「でも角田はそれがある日突然、物凄く負担に感じたそうだ
堪らなく苦痛になったと言ってた」
「負担?苦痛?Hがか!?
マジか!!信じがてぇな」
カウンターの2人に客の注目が集まる。
「シーッ!!
声がでかいよ、三井」
「だ、だってよ
あんまり馬鹿げた事いうから…」
「そりゃお前はまだフリーだし、一期一会の相手だって今までたくさんいただろ?
俺ら妻帯者とはわけが違うよ」
「まぁな……
って何言わせやがる!!」
「とにかくそれ以来、あっちの方が全く使い物にならなくなったらしい」
「…な、ッッ!!
もし俺がそんな体になっちまったら、間違い無く首吊ってるぜ」
憤りを感じた三井はジョッキを一気に空にする。
「あいつさ、案外デリケートなんだよ」
「チッ…
デリケートって面かよ、情けねぇ
…で?木暮 お前はどんなアドバイスしたんだ?
結局ダメだったみてぇだが」
「ああ…
俺も時々世話になってる滋養強壮ドリンクを教えてやったんだけど」
木暮は照れくさそうに頭を掻いた。
「…プッ、なんだそれ
スッポンエキスか?
奴のは精神的な原因だから当然効かねーだろ」
「仰る通り!!」
「なるほどな
それじゃあ放っておいてくれって言うわけか…」
三井が小声で呟く。
「え?」
「あ、いや…
こっちの話だ
……けどよぉ
結婚てつくづく面倒くせぇもんなんだな
やっぱ俺は遠慮しとく」
「悪い事ばかりじゃないんだけどな」
2人が苦笑いしていると、カウンター越しに魚住が話し掛けて来た。
ついこの前、ここに桜木が来たと言う。
「飲みにか?」
「いや、店が始まる前だ」
「なら何しに?」
「さぁな…
でも妙な事、訊いていきやがった
『本当に全国に行く気があったのか』ってな」
「あの馬鹿…
また余計な事考えて
チョロチョロ動き回ってやがるのか?」
「そうみたいだな」
同じ想像をした三井と木暮は顔を互いの見合わせた。
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