あれから17年後
もう何時間も前に太陽は水平線の彼方に沈み、江ノ島の灯台が放つ真っ直ぐな光が闇に吸い込まれていく。
それらが一望出来る小高い山の上に牧 紳一の自宅があった。
その敷地面積は悠に500坪を越えるだろう。
文字通りの大邸宅である。
「おぃてめー、野猿っ
いったい何時までこうやってる気だ
まさかこの天才に無駄足踏ませたわけじゃねーだろうな?」
桜木はどこまでも続く牧の家の塀を拳で叩き、清田をジロリと睨み付けた。
「大丈夫だって
週末にゃ牧さん、必ずこっちに帰ってくんだ
それだけは間違いねぇ
だからアポ無しでもここで待ってりゃ、会えるって寸法よ」
「フンッ、怪しいもんだぜ
あんだけ勿体つけやがって結局このザマじゃねーか」
「うっせぇ!!
いつもなら、もうとっくに帰って来てんだ!!
てめーこそラーメン1杯奢ったくらいでえらそーにすんじゃねぇ」
「んだと、野猿の分際で」
「やるかぁ、赤毛ザル!!」
退屈し切った桜木と清田が互いの胸ぐらを掴み合った瞬間、2人にライトが当たる。
「君たちっ
そこで何をしている!!」
それは巡回中の警官だった。
今、彼らが高校生ならここは間違いなくトンズラする場面だろう。
しかし、さすがに30過ぎの大人にその軽率さは無い。
「あ、自分らこの家の…
牧 紳一さんの友人なんです
ここで牧さんの帰りを待たせてもらってます」
正直に答えた清田に、バイクから降りた警官は怪訝な眼差しを向けた。
「友人なら何故家の中で待たないんだ?
こんな時間にこんな所でおかしいじゃないか
最近、この周辺で引ったくり事件が多発している
…君たち、住所と名前を言いなさい」
「……はっ!!そーか!!
そーだぞ、野猿っ!!
なんでずっとこんな所で待ってなきゃなんねぇ!!
普通はじいん家で待つもんだろ?
てめー、…怪しいな
なに企んでるっ」
「ハアーッッ!??」
突如、反旗を翻した桜木に唖然とする清田。
「いや…、
そっちのでっかいキミも十分怪しいからね」
警官は桜木のとぼけた言動に咳払いをして気を引き締めると、手帳を出して本格的に職務質問を始める。
「ちょ、待って下さいっ
俺達、全然怪しいもんじゃないですって!!」
自分の言葉が全く信用されていなかった事に気付いた清田は俄然焦って、勢い警官の腕を掴んだ。
「なにをするっ
放しなさい!!
抵抗するならこのまま署の方に連行するぞ!!」
胸の無線機に手を掛け身構えた警官の耳元で、桜木が囁く。
「ねぇ、お巡りさん
この男、暴れると手が付けられないんですよ
早く逮捕しちゃって下さい」
「な、なにぃ!?本当かっ」
「て、てめー馬鹿いってんじゃねぇぞ、赤毛ザル!!
……そうだ!!
ちょっとお巡りさん
なんなら、この家の人に訊いて下さいよっ
俺達が、いや…
俺が牧さんの知り合いかどうかってのをっ!!
それでハッキリしますから!!
ね?ほら早く、訊いてみましょう!!
お願いします、訊いてみて下さいぃぃぃ!!」
何とか疑いを晴らそうと清田が必死になればなるほど、警官の表情は険しくなっていく。
「キミ、それ以上騒ぐと本当に公務執行妨害で現行犯逮捕するぞ!!」
「そ、そんなぁ!!
本当なんだよ
信じて下さいよっ」
ちょっぴり涙声の清田と警官のやり取りに、傍で桜木が「プスススス…」と笑いを堪える。
「バカヤロー、赤毛ザル
笑ってる場合か!!
逮捕されたら、てめーも監督クビだぞ!!」
「ぬ……、本当か?それ」
「たりめーだろっ!!」
「まずいっ!!
それは非常にまずい!!!
頼む、お巡りさん!!!
今回ばかりは見逃してくれぃ」
事の重大さを知った桜木が警官に詰め寄ったその時
ついに2人の前に救世主が現れた。
ゆっくりと近付く高級外車の後部座席の窓がスーッと開く。
「何やってんだ 清田
なんだ、桜木も一緒か」
渋い低音ながら、よく通るこの声の主!!
間違いない!!
「牧さんっ!!」
「じいっ!!」
2人共、瞳をウルウルさせて叫ぶ。
「おぅ、どうした」
「「おかえりなさいっ!!」」
ピタリ90度、上半身を倒し
桜木と清田は声を揃えて待ち人を迎えた。
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