あれから17年後


大勢の人でごった返す成田空港の到着フロア。

その中に頭ひとつ飛び出して歩いている息子を見付けた母は我が子の名を呼び、手を振った。

やがて娘とスーツケースを乗せたカートを押して、流川が母親の前に姿を現す。

祖母の顔を見た途端、紅葉はポンとカートから飛び降りて彼女の元に走り寄った。

 「紅葉、元気だった?
 飛行機揺れなかった?」

孫娘を抱き締め、母は嬉しそうに目を細める。

それを見た流川は心底ホッとした。

任務完了、と言ったところか。

娘との初めての二人旅で、今まで自分がいかに子育ての良いところしか見ていなかったかがよく解った。

ひょっとしたら妻はそれを解らせる為に、この旅にOKを出したのかもしれないとさえ思える。

子供の要求は常に貪欲で非情だ。

こちらの都合など一切考えてはくれない。

だが、いい加減にしろと声を上げそうになる頃
スヤスヤと愛らしい寝顔を見せられるものだから
まぁいいか、と苦笑せざるを得なかったりする。

自宅を出てから成田に着くまで、何度これを繰り返した事か。

 「……深いな」

再会を喜ぶ2人を見下ろしながら呟く。

空港内のパーキングに停めてある母親の車に乗り込むと流川は急に睡魔に襲われた。

 「ごめんなさい、おばあちゃま
 パパってねるのがシュミなの
 おあいてはもみじがします」

後部座席のチャイルドシートに座った紅葉が、早速となりで寝息を立て始めた父親を見て大人びた事を言う。

 「いいのよ
 きっと疲れたんでしょ
 ……それより紅葉?」

 「なぁに?」

 「紅葉は日本、好き?」

 「うん!!
 もみじ、にほんだいすきだよ!!」

 「そう…
 じゃ、このままずっと
 日本でおばあちゃまと暮らさない?」

 「……え?」

嫁がついて来ない今回の帰国は、またとないチャンスかもしれない。

流川の母は、紅葉の教育は是非とも日本で受けさせたいと強く思っていた。







大阪の高校で講演を終えた三井は、教師達が用意した急拵えの控え室にいた。

カップに注がれた熱いコーヒーをブラックのまま口に含む。

実は、彩子から言われた「ちょっと太ったんじゃないですか?」の一言をずっと気にしていた。

ベストセラー「あきらめの悪い男」の作者の話を是非拝聴したい!!

そんな全国からの講演依頼が後を絶たない。

高校時代の自分を赤裸々に綴った、いわば暴露本に
ここまで大きな反響があるとは、三井自身全く予想もしていなかった。

続編となる「しぶとい奴ら」はその後の県大会~IHの軌跡を書いた物だが、こちらの売れ行きも発表から半年以上経つ今も順調に伸びている。

更に先日、「あきらめの悪い男」のドラマ化の打診があったばかりだ。

仕事は至って順調だった。

 「ふぅ…」

三井は手帳のスケジュールを見ながら、頭の片隅では角田の事を考えている。

結局この間は彼を呼び出す事が出来なかった。

「もう自分の事は放っておいてほしい」と電話を切られてしまったのだ。

軽い気持ちで呼び出そうとしたのだが、角田はかなり深刻な状況のようだ。

学生時代、ろくに話した記憶もない後輩なのだが
何故か心に引っ掛かっている。

そう言えば、木暮が角田の相談に乗ってやっていた事を思い出し
次の休みに彼に会って詳しい事情でも訊いてみるか、と思った。







上空で数羽のトビがゆっくり旋回し、潮の匂いが強い。

沖に突き出した堤防で男が2人、並んで海を見ている。

 「で?この信長様に何とかしてほしいってか?」

 「ち、ちがーーぁう!!!
 それは断じて違うぞっ」

桜木の声が海風に乗って響いた。

代々シラス漁で生計を立てて来た清田家。

急逝した父親の後を継ぐ為大学を中退し、バスケットボールも諦めたのはもう10年以上も昔の事。

最近、湘南シラスの全国発送を始めた。

 「俺はただ、どーすればじいに会えるかってのを訊きに来ただけだぞ
 何度もじいの会社に行ったんだが、いつも受付のおねぇちゃんに断られてしまってなぁ」

 「……ガーーアッハッハッハッ!!!
 桜木、てめぇ
 牧さんを誰だと思ってんだよ?
 天下のMAKIスポーツの重役だぞ?
 アポすら取るのが難しいのにアポ無しで会えるわけねーじゃねぇか!!」

 「ふん、えらそーに」

 「俺が偉いんじゃねーよ
 牧さんが偉いんだ」

 「だからよぉ
 その、アホだかマヌケだかしんねーが、そいつを取るにゃどーすりゃいいんだって訊いてんだろーが…
 野猿、てめぇ知ってんだろ?その抜け穴をよぉ
 ………頼む」

悔しそうに頭を下げる桜木を見て、清田はプスススス…と手を口に当てる。

このクソ生意気な赤毛ザルにここまで言わせるなんざ、さすが牧さんだぜっ!!

これぞ牧の威を借る、牧の七光り

牧に会わせる代わりにどんな条件を突き付けてやろうかとワクワクする清田だった。


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