あれから17年後
「悪りぃ…
雑誌の取材が押しちまって」
そう言いながら
三井寿は宮城リョータの横に座った。
「三井、
一昨日の特番 観たぞ」
木暮が早速 声を掛ける。
ニヤリと笑うと三井は座敷を見渡した。
「よう、流川
元気だったか」
「……うす」
「チッ、変わってねーなぁ
そんなんでよくアメリカでやれてるな」
「………」
30歳の時に自費出版した
自叙伝『あきらめの悪い男』がまさかの大ブレイク。
一躍、時の人となって以来
テレビ出演、雑誌のコラム、講演会など
芸能人並みに多忙な毎日を送っている。
先月、続編となる『しぶとい奴ら』を発表し
その右肩上がりの売れ行きに
この所また、仕事が増えていた。
三井を囲み、再度乾杯となる。
「三井先輩、ちょっと太ったんじゃないですか?
忙しいからって不摂生しちゃダメですよ」
彩子は遠慮無しだ。
「うるせぇ ほっとけよ」
その言葉とは裏腹に薄笑み顔で三井はジョッキを口に運ぶ。
「そうだ三井
お前、次の参院選の出馬要請が来てるって聞いたけど
本当なのか?それ…」
木暮が少し眩しそうに訊ねた。
「「「えーーっ!?!?」」」
一同、三井に注目すると
彼はすぐに「興味ねぇよ」と肩を竦める。
「だよなぁ~~」
間髪入れずに宮城が受けると座は大爆笑になった。
テーブルの上に
割烹『うおずみ』の人気メニューが次々と並び始める。
その後に潮崎、角田、石井、佐々岡、桑田らが
ポツリポツリと到着し
気付けばかなりの大所帯になっていた。
こうして、そこここで皆が盛り上がっているのを見ていたら
ふと、広島からの帰りの光景が浮かんだ。
結果的には3回戦敗退だったが
誰もが一様に清々しい表情をしていたのを覚えている。
そういえばあの時も
一番煩いどあほうが居なかったな…
今夜は来るんだろうか
まぁ、別にどうでもいいんだが…
そんな事をボンヤリ考えていると声を掛けられた。
横を見ると、ジョッキを片手に三井が胡坐をかいている。
「……うす」
「お前、海の向こうでずいぶん出世しやがったな」
「別に…
三井さんこそずいぶん有名になっちまったみてーですね」
「まぁな…」
顎の傷痕を右の中指で擦りながら、照れくさそうに笑う。
「流川…
お前、現役退いたらどうすんだ?」
「っ!?」
いきなりのヘビーな質問に言葉が詰まる。
「日本に戻って来るのか」
「さぁ…
まだ考えてないっす」
「…そうか」
「まだ…、十分やれますから」
「そうだな」
今度は少し自虐的に微笑む。
「……本
正直、自分でも驚いた
あそこまで売れるとは思ってなかった」
「………」
「あの頃ちょっといろいろあってな…
自分の人生ってヤツを振り返ってみたくなってよ
で、書いたんだ」
「………」
「こう見えても結構文才はあるんだぜ
湘北の入試もかなり上位で受かってたんだ」
「へぇ~」
「それで、初めて知ったんだよ
世の中には俺みてーな奴が星の数ほどいるってな」
「…?」
「ちょっとしたきっかけではみ出しちまった奴
元の自分に戻りたいのに戻れない奴
そんな奴らの周りで
奴らと同じくらい悩み苦しんでる家族、友達、恋人…
あの本の反響、すごかったんだぜ」
「……へぇ」
「自分なりに懺悔の意味も多少はあったんだと思う
怪我してから安西先生に再会するまで
周りに迷惑掛けて、無駄な時間過ごしちまってよ… ずっと心のどっかで引っ掛かってたからな
だから、なんだかよ…」
「報われた気がする……とか」
「お、おぉ…
まぁ、そんな感じだな
てゆうか、お前ずいぶん鋭くなったな」
「……別に、俺は昔から正論しか言わねーです」
三井は「そうだな」と頭をかいて話を続けた。
「でよ、そんな奴らをよ
何とか助けてやりてぇ、力になってやりてぇって
俺が安西先生に受けた恩をそーゆぅ形で返せたらって」
「………」
「上手い具合に続編も売れ行き上々だ
ある程度金が貯まったらそーゆぅ奴らの受け皿…
ま、早い話高校なんだが…
作りてーと思ってる」
「へぇ~~…」
「だからもしも、だ
もしも、お前が日本に戻って仕事にあぶれたら
俺んとこ、手伝え
お前は普段はクソ生意気でにくたらしくて無口で
無愛想で生意気で無口な野郎だが…
人としては結構認めてっからよ」
「……そりゃどーも」
それで話は済んだようで
三井はスッ立ち上がると化粧室に姿を消した。
高校…か
決してやり直す事が出来ないと諦めていた後悔だけの時間が
17年の時を経て、彼の中で今
輝き始めたのかもしれない。
失ってしまった何かと引き替えに手にしたモノ…
彼はきっとそれを見付けたんだろう。
いい顔をしていた。
いつか、三井の夢が現実となった時
自分も何かの形で協力してもいいか、と思う。
「流川くん」
呼ばれて我に返ると、同期の3人に囲まれていた。
「サイン…、もらっていいかな?」
桑田が遠慮がちにねだる。
「…あぁ」
「じゃあ、俺も!!」
「俺もいいかな?」
後の2人も興奮気味に続いた。
手慣れた仕草でサラサラとペンを動かしながら
コイツらに、あのどあほうの事を
訊いてみようかと迷っていると突然、座が沸いた。
どうやら元湘北バスケ部主将、赤木剛憲が到着したようだ。
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