あれから17年後


ケープを外し「如何ですか?」と訊かれた潮崎は
まるで別人のような鏡の中の自分に熱いものが込み上げて来る。

正直、髪の毛など生えていれば上等だ、くらいのどうでもいい認識だった。

だが、美容室のスタッフらに褒められ三井に肩を叩かれ
生まれて初めて自分の容姿に自信を持った。

 「三井さん…
 俺、なんてお礼を言ったらいいか…」

 「バカヤロー!!
 勝負はこっからじゃねぇかっ
 気ぃ抜くんじゃねーぞ」

 「はいっ!!」

 「人間、中身だっていうけどな
 中身だけじゃダメだ
 どうでもいい身なりをしてりゃ、自然と中身もどうでもいいもんになっちまう
 それに、女ってのは第一印象に拘る生き物だ」

 「なるほど!!」

つい先程までの不信感は吹き飛び、潮崎はもうすっかり三井信者だ。

2人がビルを出ると、
街はネオンが煌めく夜の顔になっていた。

とりあえず飯でも、と歩き出す三井に
潮崎が腰巾着のようにピタリとくっ付く。

 「そういや、シオ」

 「はいっ
 なんですか?三井さん」

 「角田はどうしてる?」

 「あぁ…」

一瞬、潮崎の顔が曇った。

 「俺も宮城の結婚式以来、連絡取ってないんですよ
 ずっと気にはなってるんですが…」

 「そうか…
 じゃ、呼んでやるか」

 「は?」

 「どーせアイツも独り寂しく晩飯食うんだろ?
 ほら、携帯出せ」

 「え?……ああっ」

三井は潮崎からサッと携帯を奪い取ると角田の番号に繋いだ。







くそ…

ボスザルまであんなふざけた事を言いやがって…

何が運命だっ!!

児童公園の薄暗い街灯が、ブランコに腰掛けた桜木花道をボンヤリと浮き上がらせている。

魚住のところへ顔を出す前
桜木は深体大に居た。

赤木に内緒でこっそり、彼がコーチをしているバスケ部の練習を見ていたのだ。

サングラスに帽子という怪しい出で立ちで、何か盗めるものはないかと食い入るように観察する桜木に
赤木の怒声が響いた。

 「たわけがっ!!
 こんなところで何をしている
 下手な変装しやがって」

 「…ギクッ」

仁王立ちする赤木の威圧感は今も昔も変わらない。

桜木は反射的に頭を押さえて防御体制を取る。

 「お前にやる拳骨はねぇ
 さっさと帰れ
 他にやらなきゃならん事が山ほどあるだろ」

 「このドけちゴリラめ!!
 ちょっとくらい見たって減るもんじゃねーじゃねぇか」

 「何度言えばわかるんだ
 他人の真似ばかりしていても何も変わりゃしねーぞ?」

 「うっせぇよ!!
 わーってらぃ、そんなこたぁ!!
 ふんっ!!邪魔したなっ」

まずはお前が生徒達に信頼されなきゃ始まらねーんだぞ…

体育館を出て行く桜木の背中に赤木はひとり呟く。

桜木以外とは絶対に結婚しないと言い切った最愛の妹、晴子。

1日も早く幸せになってもらいたいのは事実だが
一方で、いつまで経っても尻の青い未来の義弟に赤木がため息を洩らしている事を当の桜木は露ほども知らない。

 「よしっ!!
 次はじいのところにでも行ってみるか」

昼間の回想を終えた桜木は不意に立ち上がりそう言うと、夜の空を仰いだ。







 「ねぇパパ
 また、にほんにいくの?」

妻に問われるまま、流川が先程の電話の内容を話していると
娘の紅葉が会話に割り込んで来た。

シリアルを掬うスプーンの手を止めてジッとこちらを見つめる瞳は、我ながら自分とよく似ていると流川は思う。

 「…あぁ」

 「ふ~~ん
 じゃあ、こんどは
 もみじもいっしょにいくね」

 「「 は?」」

夫婦の声が揃った。

 「なに言ってるの紅葉
 パパはお仕事で日本に行くのよ?」

妻の言葉に娘は頭を振る。

 「やだやだやだぁぁぁ
 もみじもいっしょにいきたいぃぃぃ!!!」

 「わがまま言うんじゃありません!!
 ダメなもんはダメっ!!」

妻は取り付く島も無く立ち上がってキッチンに向った。

 「やだやだやだぁぁぁ
 いきたいぃぃぃ
 もみじもいっしょにいきたいぃぃぃ!!!」

娘は足をバタつかせテーブルを叩き、仕舞いには小さな頬に涙が伝う。

 「……わかった
 連れてってやる
 だからもう…、泣くな」

流川がそっと涙を拭うと
紅葉は「ほんと?」と言って父親の顔を見つめた。

 「…本当だ」

 「ちょっと、本気なの?」

慌ててキッチンから妻が顔を出す。

 「…あぁ、大丈夫だ
 昼間は母さんに預ける」

 「ハァ、……OK
 ったく、紅葉には甘いんだから」

大仰に首を振る妻を見て
流川は僅かに口角を上げると、ティッシュで娘の洟をかんでやった。


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