あれから17年後

[三部]続・17年後ーーーー




ここは――

開店前の割烹『うおずみ』

生け簀の低いモーター音と包丁の音が薄暗い店内に響く。

店主で板前の魚住純は今日も厨房で仕込みに余念がない。

その横のカウンター席に
飲みかけの瓶ビールと泡の残ったグラスが1つ置かれている。

ホンの少し前までそこに男が一人、座っていた。

湘北高校バスケ部監督
桜木花道である。

監督に就任して足掛け4年

だが、緒戦敗退の不名誉な成績が続いている。

フラリと彼が現れたのは小一時間くらい前だった。

店のガラス越しに大きな影が右へ左へ落ち着きなく動いているのを不審に思い
魚住が表へ出てみると桜木がバツが悪そうに立っていたというわけだ。

 「店はまだやってねーぞ」

 「わ、…わーってらぃ」

 「わかってるならさっさと帰れ、店の前でウロウロされちゃ迷惑だ」

すると、桜木は小さく舌打ちして拍子抜けするほどあっさりと背を向けた。

当然彼が食って掛かるだろうと予想していた魚住は首を傾げる。

 「待て、気が変わった
 ビールくらい出してやる」

 「え?…ホント?」

振り返った桜木の顔色がパッと明るくなる。

 「ゴリと違って優しんだな、ボスザルは」

 「バ、バカ野郎…
 からかうんじゃねぇ
 全く、いくつになっても調子のいい奴だ
 俺は仕込みで忙しいんだ
 飲んだらとっとと帰れ」

魚住は桜木を店に招き入れ、栓を抜いた瓶ビールとグラスをカウンター席にドンと置いた。

余程ノドが乾いていたのか桜木はすぐに手酌でビールを注ぎ、そのまま一気に飲み干す。

そして頬杖を付きジッと魚住の作業を見つめていた。

 「なぁ…、ボスザルよぉ」

 「…なんだ」

 「ボスザルは本気で全国に行きたかったのか?」

 「何を今さら…」

魚住は手を止める事なく失笑する。

 「答えろ」

 「……当たり前だ
 その為に俺達はどのチームより厳しい練習に耐えた」

 「でも、…負けたぞ」

 「そうだったな」

 「何故だ?
 どうしてどのチームより厳しい練習に耐えたはずの陵南が全国に行けなかった」

静かな口調ではあったが
どこか切羽詰まっている。

 「……そうだな
 今思えば、そういう運命だったのかもしれねぇな」

 「運命…?」

 「ああ、そーだ運命だ
 あそこで負けて俺は板前になる決心がついた
 だから今がある
 あの時もし俺達が全国に行っていたら、この未来は全く別のものになっていたかもしれねぇ
 お前だってケガする事はなかったろうし

 「訊きてぇのはそんな事じゃねーぞっ!!」

桜木が魚住の言葉を遮った。

 「……そうか
 なら悪いが他を当たれ
 俺には分からん」

 「クソッ!!」

拳でカウンターを叩くと桜木は店を出て行った。

それでも魚住は手を休める事はなく、ただ少しだけ羨ましそうに目を伏せた。







同じ日――

一本の国際電話が流川楓の元に入った。

電話の主は牧紳一。

 「よぅ、この前はゆっくり話せなかったな」

 「…別に
 牧さんと話すような事はねーですけど」

 「やれやれ、相変わらずだな」

牧は苦笑しながら話を続ける。

 「お互い忙しい身だ
 単刀直入に言うぞ
 流川、お前ウチの会社のCMに出てくれないか?」

 「…は?」

突拍子もない牧の申し出に流川の眠い目が開く。

 「あ、お前んとこのオーナーには許可もらってるから、そっちの方は心配するな」

 「………」

さすがに手回しが良い。

 「それにもう共演者も決まってるぞ
 もちろん向こうは出演の承諾済みだ」

 「共演者…?」

流川はあからさまに怪訝な声を出す。

 「そうだ、お前のよぉ~く知ってる奴だ
 CMではそいつとお前とで1on1をやってもらうつもりだ」

 「誰だ」

 「知りたいか?」

 「………」

 「沢北栄治だよ」

 「っっ!!」

 「奴は今、日本に戻って来ている」

山王工業、沢北栄治。

流川より数年早く渡米したが、予期せぬアクシデントに見舞われ、NBAデビューは結局彼より1年近く遅れた。

互いの全盛期の頃は一緒に取材を受ける事もあったし
もちろん試合でも度々顔を合わせていたが
特にプライベートで親しかったわけでもなく
引退後の沢北がどうしているかなど知る由もない流川だった。

 「今すぐ返事をしろとは言わんが
 あちらさんはヤル気満々だったなぁ
 例えCMとはいえ、手加減しねぇとさ」

 「手加減…?」

途端に流川の瞳の奥で青い闘志がメラメラと立ち昇った。

 「じゃあ、また少ししたら連絡入れるぞ?
 それまでに決めて

 「やります…、それ」

 「お?…おおっ!!
 そーかそーか
 やってくれるか!!
 すまんなぁ、助かるぞ
 じゃ、詳細は追而という事で宜しく頼むな!!」

思っていたよりもずっとスムーズに事が運んだと
電話を切ったMAKI SPORTSの若き重役はフゥ~と安堵の息を吐いた。







そしてこちら

某駅前の繁華街――

そこを歩く三井寿と潮崎哲士の姿があった。

 「なにキョロキョロしてやがる」

 「だ、だって三井さん…
 どこ行くんですか?」

夕方、いきなり呼び出された潮崎だった。

 「チッ、ビビんなよ
 情けねぇな
 中身もアレだが
 まずは、おめぇは…
 ほら、ここだ」

三井が顎を杓って見上げたビルの最上階を
釣られて見た潮崎は思わず後退りした。

 「ここって…、ヘアサロン?
 び、美容院ですかっ!?」

 「そうだ、男だってな
 見てくれは大事だぞ?
 女にモテたけりゃ、とりあえずその頭をどうにかしなきゃよ」

 「はぁ…
 で、でも…
 俺、び、美容院とか…
 ちょっと…」

 「いいか?
 人生何事も諦めたらそこで試合終了だぞ?
 ほら、早く来いっ」

逃げ腰の潮崎の首根っこをガッチリ掴むと三井はビルに入って行った。


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