あれから17年後


 「おーっ 流川
 もう来てたかぁ」

彩子がカウンターに近付く。

 「ウス、…お先に」

片手でジョッキを掲げ合図した。

 「やぁ流川、久し振り
 元気だったか?」

彩子の後ろに立つ声の主はどこから見ても典型的な日本のサラリーマン。

 「……木暮、さん?」

 「アハハ、そーだよ ひょっとして判らなかったのか?
 まぁ無理もないか…
 お前が渡米して以来初めてかな?会うのは」

眼鏡のフレームのせいなのか…
木暮公延は実年齢よりも上に見えた。
そして、かなり肉がついていた。

 「変わってないなぁ、羨ましいよ
 まるであの頃のままだ」

 「……そーすか?」

 「俺はご覧の通り…
 今じゃバスケもやってないし
 すっかりメタボ体型だ」

 「………」

 「へぇ~、髪 染めたり 髭とか生やしたりしてねーんだな」

木暮の横でゆっくりとサングラスを外したのは宮城リョータ。

 「あっちじゃ、そーゆうのが流行ってんだろ?」

この人こそ全く変わっていない。
黒いサングラスと独特の髪型に何か強いポリシーを感じる。

 「初めて会った時からスゲェ奴だとは思ってたけどよ
 まさかここまでになるとはな
 なぁ、ヤス」

 「ああ…
 流川、お前は俺達湘北バスケ部の誇りだよ」

さすがにこれほど面と向かって言われると目のやり場に困る。

だが安田靖春はお構い無しにキラキラの視線を送り続けている。

 「彩子さん、座敷 取ってありますから」

会話の切れ目を見計らい、魚住が声を掛けた。

 「ありがとう
 じゃ、奥 使わせてもらうわ」

背筋をピンと伸ばしてスタスタと座敷に向かう彩子の後ろを
4人の男達がゾロゾロと続いた。

 「やぁ、それにしても驚いたよ 電話もらった時は」

 「ごめんなさい、木暮先輩
 コイツが帰国してるの隠してるから」

チラリと横目で睨む。

 「別に、オレは…」

 「次からは前もってちゃんと連絡しなさいよっ」

 「…ウス」

 「こりゃおもしれーや
 NBAのスタープレイヤーもアヤちゃんの前じゃ形無しか」

宮城が腹を抱えている。

 「まぁまぁ、いいじゃないか
 こうしてまた懐かしい顔に会えたんだし」

若干ふくよかな木暮の笑顔は今も皆の心のオアシスだ。

魚住の妻が中ジョッキを4つ抱えてやってくる。

とりあえず乾杯。

宮城が「カァーッ」と喜びの声を上げた。

 「アヤちゃん、そーいや今日はあと誰が来んだ?」

口の周りに泡を残した宮城が続けて訊ねる。

 「わからないわ
 とにかく連絡のつく人、全員に声掛けたから」

 「そっかぁ
 みんな来れるといいなぁ
 最近忙しくて全然集まれてなかったしな」

 「そうね…」

初めてIH出場を果し
強豪、山王工業との死闘を制したという同じ記憶を持つ者達は
17年経った今でも何か特別な絆で繋がっているのかもしれない。

果たして自分にもその絆があるのか…。

答えはきっと、この妙な居心地の良さなんだろう。

今夜、3杯目のジョッキがかなり心を軽くさせていた。

 「結婚してねーんですか?宮城さん」

いきなり琴線に触れてしまった。

 「て、てめー
 ……ケンカ売ってんのか」

途端に宮城の顔色が変わる。

 「や、…率直な質問
 ほら、木暮さんも安田さんもオレも…」

と言って、左の薬指を指す。

 「あぁ、そーだよ独身だよ
 わりーかよ独身で」

一気に場の空気が悪くなった。

 「流川、その話題はもー少しあとの方が良かったかもな」

木暮は小声でそう囁いた後
絶妙なフォローで宮城の機嫌を立て直す。

 「お前やっぱり変わってないな」

安田が苦笑しながら話し掛けて来た。

 「リョータはさ…
 あの頃からずっと彩子さん一筋なんだよ」

 「あの頃?
 ……じゃあ、宮城さん
 高校の頃からずっと先輩を?」

 「あれ?知らなかった?
 ……キミってホントに空気読めないんだね
 今も昔も…ハハハ」

 「………」

 「リョータのヤツ
 もう何度も彩子さんにプロポーズしてるんだ」

 「っ!?」

 「でもさ、彩子さん 今の仕事が本当に好きで
 全身全霊を掛けてるらしくて…
 だから、とても結婚なんて考えられないそうだ」

 「…へぇ」

確かに彩子の仕事振りを見ればそれも頷けるかもしれない。

 「だけどさ……
 リョータはそれでも待ち続けるって言ってるよ
 彩子さん以上の女性はいないんだってさ」

 「なんか……スゲェな、それ」

 「うん……すごいよ、リョータは」

改めて、向かい側に座って談笑している男女の顔を見比べる。

この2人はいったいどんな思いで
17年間という長い月日を過ごして来たのだろう。

果たして自分は
何の進展もないままに1人の人間をこれ程長い間
愛し続ける事が出来るのだろうか。

渡米して1年半…
ただがむしゃらに夢だけを追い続ける中、
ふと気付くと日本に居るアイツの事を考えていた。

アイツが欲しくて堪らない夜が続き
当時まだ大学生だったアイツを
攫うようにアメリカに連れて来てしまった。

知らない場所で言葉すら満足に話せないはずなのに
それでもアイツは一生懸命尽くしてくれた。

オレはそれで充分満たされていたが
アイツはどんな気持ちだったんだろう…。

日本でやり残した事、
勉強だってもっと続けたかったかもしれない。
それなのに、文句1つ言わずについて来てくれた。

もしもあの時、今の先輩のように突っぱねられていたら
ひょっとしてそこで
オレ達は終わっていたんじゃないか…。

そう思うと、彩子に対する宮城の愛の深さや心の広さに
心底感服せざるを得なかった。

 「……宮城さん」

 「あ?なんだ、流川
 まだなんか言いてーのかよ」

 「オレ……
 宮城さんの事、見直した」

 「はぁ~~??
 なに言ってだよ、気持ちわりぃなぁ
 もう、酔っぱらっちまったのか?」

怪訝な顔をする宮城を見て、彩子がケラケラ笑っている。

これも1つの愛の形なのかもしれない。



その時座敷に、
ビジネススーツをビシッと着こなした三井寿が現れた。


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